エピローグ

第28話 第二王子ゼネリオ

    ~~革命から二年と半年後~~


「おい小僧、最近ここに遊びに来すぎじゃあねえか? 仕事は?」

「おやおや、あんなつまらないお仕事に縛り付けられるほど、僕は安い男じゃあないのさ」


 眼帯の男性。色々あったけど今は引退して余生を満喫している人間。名をキドヤという。

 僕は彼の元に遊びに来ていた。もとい、サボりにきていた。

 カウンターにへばりついてキドヤに絡む。


「だって聞いてくれたまえよ。政治に関しては大体ガーレイドの方が優秀でさ。僕の方が立場が上なのが辛くなってくるくらいだよ。というか僕要らないかも」

「必要とされるように努力すればいいだけだろ」

「簡単に言ってくれるねえ」


 カラカラとグラスを回していたら顔なじみの客たちが何人かやってきた。


「ほら仕事の邪魔だ。さっさとどっか行きな」

「仮にも第二王子に対する態度じゃあないんじゃあない?」

「ハッ! 俺にとっちゃあお前はいつまで経っても生意気な小僧だよ」





 王宮に戻ってみれば、ガーレイドとニアオが連れ立って歩いている。どちらも忙しそうに予定を確認しているようだ。僕の前を歩いていく。


「農地の魔法的な肥沃化による収穫力の向上についてですが——」

「問題は貴族たちの理解を得られるかどうかですよね。全会一致でなければ——」


 なんだか難しい話をしていた。ニアオは姉妹の誰よりも昇進したしご満悦、ウキウキで仕事に取り組んでいる。毎日が充実しているようで何よりだ。

 ガーレイドも、本人は反対したのだが、僕の権力の元で行政官に取り立てた。なんだかんだ真面目にやってくれている。彼がこうやって仕事に汗を流す日々がやってきただなんて……それだけでボクの頑張ったかいもあったというものだろう。


 ——幻覚を見せた事実は墓まで持っていくけどね。

 ——ねー。






 お父様とお母様は先祖代々続く墓地に埋葬された。北に広がる丘にそれはある。

 二人に祈りを捧げてから、爽やかな風が草を揺らす中で、遠く王都を見やった。


「先生」と呟けば、僕の隣にイェナ先生の〝幻覚分身ミラージュ〟が現れた。ふわりと、世界から溶け出してきたかのように。


「なぁに?」

「先生は、お母様と確執があったんですよね」

「それを聞いてどうするの? 私がドレシアちゃんを殺した件の是非を裁判したいの?」

「……いや、愚問でしたね」

「それはそうよ。なんてったって私、死んでるんだもの。裁きようがないわ」

「開き直らないでくださいよ……」

「うふふふふ。それにしても、ここってやっぱり何度見てもいい景色よね。私もここに埋まりたかったなあ。もう。王宮の地下深くに埋めるだなんて、酷いわよ」


 僕は先生の手を取った。確かにそこにある。ここにいる。


「はあ……まさかこんな事態になるだなんて、思ってもいませんでしたよ」

「ね。私だってびっくりだわ。人生、何があるか分からないものね」









 あの日、あの地下の大空間で。僕はツェーリと合流した。二人とも、困惑した様子だった。なんなら先生も困惑した様子だった。

 三人とも、首を傾げて。


「ツェーリ? 先生の本体は殺したんだよね」

「はい。確実に爆殺した……はず、なんですが」

「私だって死んだ実感があるわ。じゃなきゃあ、あんなにみっともなく泣かないもの」


 三人とも——その場で椅子に座り続けていた〝幻覚分身ミラージュ〟の身体に目をやった。


「でも先生、〝幻覚分身ミラージュ〟は消えてませんよ」

「本人が死んだのに〝幻覚分身ミラージュ〟が消えないとなると、ゼネリオ様、これは私たちの勝ち筋はありません」

「そうなんだよね。というかそんなことありえないけどね、どこから魔力が供給されてるのか分からないし。そうなんだけどな、ねえ先生?」


 先生の〝幻覚分身ミラージュ〟は腕を組んで唸っていた。


「ツェーリさん、実は私、なんでか、ゼネリオちゃんに攻撃できないのよね」


 訳が分からない状況だった。困って尋ねる。


「な、何か心当たりはないんですか先生。先生の状況を理解しないと、僕らもここを離れるに離れられないんですよ」


 先生は足を組んでひとしきり悩むと、遂にポンと手を着いた。


「もしかしたら私、ゼネリオちゃんの脳内に移動しちゃったのかもしれないわ」

「「は?」」


 意気揚々と語る。


「ほらだって、そもそも〝幻覚〟の魔法は相手の脳に情報を送り込むってプロセスがあるでしょう? 相手の脳を錯覚させるから〝幻覚〟を見せられるわけで」

「だから?」

「それで多分、死にたくない死にたくないって強く思っているうちに、目の前にいたゼネリオちゃんの頭の中に、自分の情報の全てを送り込んじゃったのかも」


 言っていることの理屈は理解できるのだが、しかし魔法的な常識をもってしても非常に理解に苦しむ説明だった。やむなく頭を抱える。


 ——僕の頭の中に、先生がいる?


「貴方本人の目の前にいたのは私でしたが」

「でも私が最期にていたのはゼネリオちゃんだし、最後に幻覚で攻撃した相手もゼネリオちゃんだったのよね」

「つ、つまり現在、先生の〝幻覚分身ミラージュ〟に魔力を提供しているのは、僕ってことですか?」

「多分そうね。だからこそ、宿主であるゼネリオちゃんにだけは絶対に攻撃できない。それはこの〝幻覚分身ミラージュ〟の死に直結しているから」


「使い魔のようなもの……なのでしょうか」

「驚きすぎて正しい驚きのアクションをアウトプットできていない実感があるな。先生これ、僕の脳に負担とかあるんじゃあないですか?」

「もしあったとしても私は出て行かないわよ。人間の脳の可能性を信じましょう?」

「いやそもそもおかしいでしょう先生。死んだじゃないですか僕に負けて。潔く死にましょうよ。人間は死んだら死ぬのが道理なんですよ」


「大賢者といえば不死身みたいなところあるし、これで私も晴れて正式に大賢者の仲間入りってところかしら。なるほどこれが私の不死身の形だったのね」

「僕に寄生する形が!? それで先生は満足なんですか!?」

「今のところ、好きに出たり消えたりできそうな実感があるし、確かにかなり不便ではあるでしょうけれど、蘇りに不死身の対価と思えば納得できるわね」


 先生は宣言通り、周囲の色々な場所に現れたり消えたりを繰り返した。


「納得しないでくださいよ! この魔力泥棒! 出てっていただけますか?!」

「出ていきたくても出ていけないのよね……。私自身、どうやって脳内の情報を移行させたか分かっていないんだもの」

「な——なっ——!」


 遂に僕は理解した。これが意味するところは——。


「え。じゃあ僕これから一生先生、の幻影と一緒に生きて行かなきゃならないんですか?」

「多分そうね。よろしくゼネリオちゃん」


 僕が頭を抱えていたところ、ツェーリが控え目に挙手する。


「魔力が供給されているのならば、貴方は〝幻覚〟が使えるのですか?」

「ん? 使えそうね。ここに関して言えば魔法が発動できないから、確認できないけれど」

「魔法が使えないはずなのに〝幻覚分身ミラージュ〟は健在なんですね」


「今の〝幻覚分身〟は魔法とは違う現象なのかもしれないわ。魔法陣も無く現れることが出来るわけだし」

「なるほど? つまり今、僕の頭の中には魔法史をひっくり返せるイノベーションの可能性がある訳ですね。怖くなってきました。自分の脳が解剖されたりしやしないか」

「つまり、ゼネリオ様は大賢者イェナの〝幻覚〟が使えるということでしょうか」


 僕と先生は目を見合わせた。


「……使えるんですか? 僕の指示で?」

「ゼネリオちゃんの命令は聞かなきゃあならないでしょうね。なにせ宿主なんだから」

「そ、それは……」


 ツェーリは僕ら二人を並べて見るようにして、こうのたまったのである。


「だとしたら、ゼネリオ様はいつか、史上最強の魔法使いになられるでしょう」





**





 先生が生存していると知られると不都合が多かったため、公的には僕とツェーリがとどめを刺したことになっている。大賢者の冠名〝希望〟も空位になった。しかし先生は確かにここに生きている。僕の隣に立っているのだ。

 これを知っているのは、本当にほんの一部の数人だけである。


「まさか、先生との関係がこんなにも長くなるとは、思ってもいませんでした」

「そうね。こんなにピッタリ引っ付いた師匠と弟子も珍しいわ」

「引っ付くどころか内側ですよ」


 ふと、丘の下方から迫ってくる人影に気付いた。ずんずんと足音が聞こえてきそうな、怒りの形相である。


「あ、ベルだ」

「あら、なんで見つかったのかしら」

「なんででしょうね、先生、何かしました?」

「道中で出店の商品をつまみ食いしちゃったかも」

「絶対そこから足が着いてるじゃないですかあ……」


 ベルは逃げようもなく真っ直ぐこちらに歩いてくる。


「ああ、あれはもう疑いようもなく僕が見えていますね」

「私、怒られたくないから引っ込むわね。じゃ」


 先生の〝幻覚分身(ミラージュ)〟は勝手に姿を消してしまった。


「肝心な時に頼りにならないな……」


 叔母と甥。微妙な距離だ。他人ではないが、家族というわけでもない。


 人間の関係性なんて、そういうものなのかもしれない。血と水の二つで分けられるものじゃない。もっとグラデーションのあるものなのだろう。元はといえば同じ生き物から進化してきたわけだし、人間みんな家族といえば家族みたいなものだ。きっと血だとか水だとかは、僕たちがそうと認識しているほどに、強く囚われる価値のあるものではないのかもしれない。


 ベルに関して言えば、彼女には三人の母親がいた。血の繋がった母親が一人、血の繋がらない母親が二人。けれどきっと彼女は、みなを同様に愛しているだろう。血も水も関係ないはずだ。


 ——でも最後はここに納まったんだよね……血からは逃れられないってことなのかな? それとも選択肢の一つに過ぎないのか……うーむ……。


 ベルはにこにこと笑顔らしい笑顔を浮かべていた。当然、怒りの笑顔である。


「やあ、ベル。こんなにいい天気——」


 僕の挨拶も無視して、我らが国王ベルガーリャは僕の右腕を強く握った。


「ゼン? こんなところで何してんの? 仕事は山ほどあるんだけど?」

「——お、お散歩、とかかな?」

「それはまあ随分と優雅なことで。この国の現状分かってそう言ってんなら呑気もほどほどにしなよ」


 僕はずるずるとベルに引きずられていった。


「ほらベル、言ったでしょ? この血はちょっと高貴に過ぎるんだよ」

「ねー参考になったよ今思い知ってるよほら同じ血が流れてるんだからおんなじ仕事するよ」

「そんなあ……。あの、ちょっとその、腕が痛いのですけれど。もうちょっと容赦してくれてもいいんじゃあない? 傷が付いちゃうよ」


 ベルはこれを聞いて、にやりと笑った。


「お姉ちゃんだからね。弟をガサツに扱っていい権利があんの」

「どこかで聞いたようなセリフだな……」

「というか、キリエが見に来てるんだよ。ゼンのこと探してるよ」

「それは……なるほどね、理解したよ」


 僕はしぶしぶ、ベルと並んで歩き始めた。ベルはにやにやと覗いてくる。


「キリエには弱いねえ」

「まあ、キリエにはカッコいい僕を期待されているからね」

「そんで、期待を裏切りたくないんでしょ? まったく」

「というより、そもそも僕はカッコいいけれどね」

「ええー? どうかな? うーん」

「どうだいお嬢さん、こんな僕とお茶でも」

「はいはい後でね」


 僕たちは王都へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Hide Reign 〜三人の王子を巡る継承争いのお話〜 うつみ乱世 @ut_rns

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ