A千所為 SS集
雪乃瀬 茸
愛情の反対は……
仕事からの帰路の途中、ふと目に入った花屋。先週までは真っ赤なカーネーションが全面に押し出され、その色で染められていたのに今のとなっては他の色とりどりな名も分からぬ花ばかりに戻り普段と変わらぬ姿を取り戻している。
先週が世間の言う『母の日』だと言うのは分かっていた。自分が授業を教えている生徒達もやれ贈り物がどうだとか、やれ代わりにご飯を作る予定だ等と楽しげに話してくれていたし、何処に行ってもその3文字は主張している。逆に避けて日常を過ごすことなどかなり難しいのではないだろうか。
そんな他人の言うささやかで小さな記念日も自分にとっては特に変わりのない日常の1つでしかなかった。もしかしたら花1つぐらい贈るべきだ等と糾弾されてしまうかもしれない。感謝一つもしない親不孝者とでも言われてしまうだろうか。
もしそうだとしても贈る相手はもうこの世に居ないし、何よりきっと自分の母親はただ赤いだけで他の何にもならない花如きではこちらを見ることすらしなかっただろう。
あの人は『母親』と言うよりは『女』という言葉の方が似合ってたように思える。クラブやBARに入り浸り、酒や男に塗れる夜の街を生きる人、そんな印象が強かった。
派手で賑やかなものが好きだったあの人はとても金遣いが荒かった。当時まだ共に過ごしていた夫の給料では満足出来ず高利貸しに手を出す始末。そこから膨れ上がった借金が原因で離婚になるも浪費癖は治るはずもなく、僕自身が労働力としてその高利貸しに身を売られることになってしまった。もしかしたら最初からその気で僕が父親の方に行くのを拒んだのかもしれない。本当にそうなのか聞くことはもう出来ないが……
それから数年、長年の“遊び”がたたってか病気に罹ってからは存外呆気なくこの世から去ってしまった。それこそ花が散るのと同じように。
そんなあの人を母親と思える姿は頭の中に残る記憶からは見つけることが出来ない。本当に小さい頃は、ただ純粋に愛情を注いでくれていた、在り来りな母親という姿を見せていたかもしれない。
それでも煙草や酒、香水だかはたまた違うものかの甘ったるい、センシュアルな香りが色濃くそれらの姿を隠し、僕に見せてくれない。結局のところ残るのは僕には無関心で父親以外の男を青眼で見る姿だけ。
花屋が目に入った時、墓参りぐらいには行くべきかと考えが浮かんだ。喜ばれなくても仏花で侘しい墓石を彩るぐらいはして、あわよくば墓前で今までの小言言うぐらい許されないかと……。
そんな考えが少し巡った後、辞めようと思考の端に捨てた。墓前で小言言ったところで何も返ってくることはない。受け取られなかった言葉が最終的に自分に刺さって空虚感を生み出すのだけだと予想出来た。
そう、行かなくていい。一瞬店の方に向いていた足は帰路の方に向いている。その場を離れた。
恨み1つも言えないし僕の愛情を捧げて良い人でもない。
ただただ無関心を……あの人に見せることの無かった反抗期な僕を。──それが貴方のとった行動の報いなんですよ。つけはちゃんと払わないといけないんですよ。
これで考えるのは最後にしよう。地獄か天国にいるかは知らないけど二度とその周りに花など振らせてやるものか。
A千所為 SS集 雪乃瀬 茸 @yukinose-kinoko
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