最終回
「恋人! 恋人ねー! 私の憧れの先輩はよく分かんない女に奪われて普通の人になっちゃいました、ちゃんちゃん……って、そんなの認めないぞ私は!」
自室のベッドの上で枕を抱えて、さっきからずっとごろんごろんしながら叫んでいる。
「私は一生、恋人なんて作らないからなー! 文学と心中してやるっ!」
「ちょっと、アヤコ。夜なのにうるさいわよ」
閉じたドアの向こうから、母の眠そうな声が聞こえた。
「ごめんなさいっ!」
叫ぶことができないので、代わりにその辺にあった要らない紙をびりびりに裂く。丸めてゴミ箱に向かって投げると、手先が狂って本棚の方に飛んで行った。半分だけ差していた本を道連れにして、床に落ちる。私はふんっと鼻息荒く立ち上がって、本を手に取った。それは、ヒトミ先輩が五年前に出した同人誌だった。紺一色の表紙が星空みたいにキラキラ光っている。本文も高級な紙を使っているので、手触りがとても良い。お気に入りのページに貼っている付箋を指先で触っていると、うるっと涙が浮かんできた。
「すんごい才能ある人に限って、どうしてどんどん創作から脚を洗っちゃうんだろう。私みたいな誰にも求められてない人間が小説にしがみついたって何の意味もないのに」
うわーん、と子どもみたいに泣いていると、床に放り出していたスマホが鳴った。開いてみると、大学文芸サークルの同期であるいーちゃんからメッセージが来ていた。
「明日、ランチ行ける? 私も話したい」
私は涙もふかず、返信する。
「心の友よー!」
「へー、ヒトミ先輩、プロデビューするんだ。しかも、恋人までできて」
そう言うと、いーちゃんはストローをくわえた。
「プロとして書き続けるんなら、創作から離れたことにはならんでしょ」
「違うの! 自分の好きなことを忖度なく書きなぐる同人と、商業は全然違うんだからっ。もう先輩のエロが見れないと思うと私……」
まためそめそする私を、いーちゃんは呆れたように見た。
「アヤちゃんはホントに、ヒトミ先輩のファンだったんだねー」
「そうなの。大好きだったの」
ぐすん、と鼻をすする。いーちゃんが、ぽんぽんと肩を叩いてくれた。
「まあ、でもさ、私はアヤちゃんに才能ないとは思わないよ。世間に広く認められるかと、良い創作をしてるかは別だからさ。少なくとも、私はアヤちゃんの小説好きだよ」
「ありがと」
ああ、私は良い友達を持ったなぁ。
小説を通していーちゃんと出会えたというだけで、本当は私は報われているのかもしれない。超の付く幸せ者なのかもしれない。
これからも、誰かと出会うために小説を書き続けるのだろう。
朝、いつものように車で出勤していると、いつかと同じ横断歩道をヒトミ先輩と恋人さんが手を繋いで歩いていた。楽しそうに笑い合っている二人をながめながら、私は呟く。
「どうか、末永くお幸せに」
Never cry、同人作家。お前の
【おわり】
まがいものの夢を見てる 紫陽花 雨希 @6pp1e
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