第5話 恋人だなんて嘘ですよね
その日、私は地元で開催された小規模な同人イベントにサークル参加していた。公民館の一室で行われており、出店サークル数は30しかない。たくさん売ることは目的としておらず、地域ぐるみの文化活動の一環だ。コミケには絶対来ないような年配の方たちが俳句の話で盛り上がっていたり、幼稚園児が会場内を走り回ったりしている。私は普段よりもちょっと性癖を抑えた本を書き下ろして来ていた。表紙も、いつものように知り合いのR-18絵描きさんには頼まず、無難なフリー素材で作った。サークル名やペンネームまで変えて、田舎の文学好きに完璧に擬態していた。それなのに――
全てが無茶苦茶になった。
「アヤヲちゃん、久しぶりですね! 今回の本は大人しめなの」
「ヒトミ先輩! その名前で呼ばないでください! 私の名前はアヤコです!」
思わず語気を強めた私の隣で、売り子をしてくれている祖母が
「まあまあ、アヤコの先輩さんなんですか? ゆっくりなさっていって」
と朗らかに笑っている。
基本的に空気を全く読まないヒトミ先輩も、さすがにしまったたというように頭をかいた。
「はい、アヤコちゃんとは大学のサークルが一緒だったんです。私のことをすごく慕ってくれて、かわいくて」
「まあまあ、まあまあ」
顔を真っ赤にしている私をよそに、祖母とヒトミ先輩は地元出身の有名作家の話で盛り上がっている。
「実は私も、出店しているんです」
ヒトミ先輩が、会場の端っこを指差した。そこには、数日前に一緒に歩いていた謎の女が、気まずそうにそわそわしながら座っていた。チャンスを逃さまいと、私は身を乗り出す。
「あの人は誰なんですか?」
「恋人です」
「へあっ?」
先輩は人差し指を唇に当てて、にっこりと幸せそうに笑った。
イベントが終わった後、私とヒトミ先輩は二人きりで焼き肉屋に向かった。恋人さん(?)は明日仕事があるからと帰っていった。
掘りごたつのテーブルは障子で囲まれているため、他の客に邪魔されることはない。それでも、知り合いにうっかり話を聞かれたら困るので、私は低い声で切り出した。
「先輩はどうして、こんなド田舎に?」
「恋人を追いかけて来てしまったんです。さっきはごめんなさいね」
「まあ、私の普段の作風とかに触れなかったんで許します。アヤヲ、ってペンネームだけじゃたどり着けないから。それはそれとして! 先輩はこんな田舎でくすぶってて良い人じゃありません! 公民館主催のイベントなんか出るような人じゃないんです。コミケで千冊売るんです」
ひそめた声に怒気がにじむ。先輩は口に手の甲を当てて、くすくす笑った。
「私、もうエロ同人はやめたんです」
「プロデビューしたからですか?」
先輩が目を丸くする。
「知ってたの? でも、違いますよ。私はもう……」
恋人ができたので、と彼女は幸せそうに笑った。
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