第二章
第4話 地球を百周廻る
ヒトミ先輩が小説家としてプロデビューしたと聞いた時、私の頭の中を様々な懸念が駆け巡った。ましてや、小学校高学年から高校生を対象としたYA(ヤングアダルト)のレーベルから発売されるなんて、地球を百周廻っても信じられない。ペンネームを変えている上に、SNSのアカウントも分けているみたいなので、このことは私たち内輪の人間以外には漏らさない方が良いだろう。ついったぁに投稿したくてたまらない気持ちをなんとか抑え込んだ。リアルの誰かに話そう。大学文芸サークルのOBであるいーちゃんなら聞いてくれるだろうし、とても驚くと思う。
だって、ヒトミ先輩は、男性向けエロ同人界隈ではめちゃくちゃ有名な小説書きだったのだから。あ、今はもう「小説書き」なんて呼び方をしなくても良いか。ヒトミ先輩は、まぎれもなく小説家だ。
私立文系大学を卒業後、私は故郷の町の公務員になった。町役場の窓口業務をしており、給料は少ないがそれなりに自由な時間がある。だから、学生時代からの趣味である同人活動を続けることができている。同人と言うと、ファン活動としての二次創作、それも漫画やイラストを思い浮かべる人が多いと思う。私のは真逆だ。一次創作、つまりオリジナルの小説を書いている。活動を始めてすぐの頃は、絵を描ける人に強いコンプレックスを抱いていた。やっぱり、インターネットでも同人誌即売会でも、二次創作や漫画の方がたくさん見てもらえる。漫画よりも小説が劣っているという風潮も、ある所にはある(実はけっこう根強い偏見だったりする)。イベントに出ても一冊も売れない日々が続き、私はかなり腐っていた。
そんな私の前に現れたのが、ヒトミ先輩だった。
先輩は文章のみ、しかもオリジナルでコミケの壁サークルに上り詰めた。
目からうろこが落ちた。
素晴らしい小説を書く人は、私の周りにはたくさんいる。手作りのコピー本に心を打たれることがあるし、他の誰にも読まれていないネット小説が一生忘れられない宝物になることがある。人生を変える言葉に出会うことが、確かにある。
けれど、そういう小説の多くは、人の目にほとんど触れることなく埋もれてゆく。それが普通であり、私たちの運命なのだと思っていた。
だから、大学の先輩という身近な人のすごさに、私の世界は塗り替えられた。
まあ、私自身は相変わらずどの付くピコ手なのだけれど。(そして、絵を描ける同人作家の人たちにも苦労がたくさんあることを知った)
朝、衝撃的なニュースに頭をくらくらさせたまま車で出勤していた私は、ぼんやりと左折しようとした。横断歩道に人がいるのに気付いて、慌ててブレーキを踏む。
「えっ、あれ?」
ヒトミ先輩が、いた。こんなド田舎にいるはずのない女が、見知らぬ女と仲良さげに並んで歩いていた。
先輩は東京の大手企業に就職したと聞いていたのに。それよりも、あの女は誰?
いーちゃんに話すことが、また一つ増えた。
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