第5話

 蹂躙である。


「ブチっとな」


 人が簡単に潰されていく。


「なんなんだ、なんなんだこの化け物は!」


 武装した者たちが散り散りになり逃げまどっている。その中に雰囲気の違う一団が混じっている。


「さて、こ奴らかの。気配も消さずわらわの縄張りに踏み込んだ馬鹿者は」


 おそらくこいつらはどこかの兵隊だろう、とリドラビオークは考えた。同じような鎧、同じような武器、そして紋章の入った旗を掲げた一団を見て、リドラビオークはそこにいる者たちの大半が騎士団か何かだとそう判断した。


 そして、その中にいる雰囲気の違う四人。そいつらが気配の張本人だとリドラビオークは見抜いた。


「お手並み拝見といこうかのう」


 リドラビオークは触手を振り回す。ブチブチと人間が潰れていく。


 リドラビオークは口から黒い雷撃を吐き出す。人間があっという間に真っ黒に焦げて炭の塊になっていく。


 そんな光景を見て残された者たちは恐れおののき怯えていた。戦うことも逃げることもできず、青い顔をして震えていた。


 抵抗する者たちもいた。だが、まったく通用しない。リドラビオークにとっては彼らの攻撃などそよ風に撫でられるよりも弱弱しいものだった。


 そんな兵士たちの数は300人程度。さて、どれだけ生かしておくか、と考えながらリドラビオークは人間を潰していく。


「つまらぬのう。手応えがまるでない」


 リドラビオークは攻撃しながら大きなあくびをする。相手が弱すぎて退屈してきたのだ。


 そんなリドラビオークの頭の中に声が響く。念話だ。言葉ではなく頭の中に直接ネロが語りかけてきたのだ。


(……見覚えのある奴が)


 いる。とネロはリドラビオークに伝えたかった。だが、その前に叩き潰してしまった。


(なんじゃ?)

(……いや、見覚えのある奴がいたんだが。もう死んだ)

(そうか。さて、そろそろお主の出番じゃ)


 遠くで兵隊たちが蹂躙されているのを観察していたネロはリドラビオークの指示に従い戦いの場に姿を現す。


「な、何者だ!」


 突然現れたネロに驚いた男が声を上げた。声を上げたのはその場にいる兵隊たちの隊長だったが、ネロはそんなことなど知らなかった。


「退け。ここは俺が引き受ける」


 ネロはリドラビオークに対峙する。そのネロの背中に隊長が何かを叫んでいるが、そんなものは無視だ。


 言葉を無視してネロはリドラビオークに殴りかかった。もちろん本気ではない。


「……嘘だ、冗談だろ」


 ネロはリドラビオークと殴り合いを演じる。そして、頃合いを見て戦うフリをしながらリドラビオークと共にその場を去った。


「助かった、のか……?」


 隊長もその場にいた隊の生き残りも、ネロとリドラビオークが去って行った方向を呆然と眺めていた。


 生き残った者は11名。隊長らしき男はその生き残りを引き連れて撤退していった。


 それからしばらくしてネロたちがその場に戻って来た。


 その場にはそこかしこに死体が転がっている。潰れた物、黒焦げになった物、逃げまどう兵士たちの下敷きになり踏み殺された物もあった。


 そんな死体を見てもネロは全く動じなかった。心がピクリとも動かなかった。これに似たような物をいくつも見て来たし、いくつも喰らってきたからだ。


「で、先ほど言っておったが」

「ああ、見たことある奴がいた。俺がこの世界に来る前に集められていた、この試験の受験者の一人だ」


 さて、どれだったか、とネロはそいつの死体を探す。すると潰れた死体の中に他とは違う装備をした男らしき死体を見つけた。


「たぶん、これだな」

 

 その死体はリドラビオークの攻撃でぐしゃぐしゃに潰れた肉片になっていた。


「よかったではないか。面倒が一つ片付いた」

「まあ、そうだな……」

 

 ネロは潰れた死体を見下ろす。


「こいつも、巻き込まれただけなんだよな」


 ネロはここに来る前、神の前に集められた男女の姿を思い出す。彼や彼女は神に口々に質問していた。おそらく何も知らないまま集められ、ネロと同じようにこの世界に転移させられたのだろう。


 そして、死んだ。神の勝手で呼び出され、神の勝手で放り出され、知らない世界で潰れて死んだ。


 哀れ。哀れである。ネロはその哀れな男の死体を見下ろしながら静かに男の冥福を祈っていた。


「さて、では逃げた者たちを追いかけるかの」

「殺すのか?」

「いいや。恩を売る」


 リドラビオークは自分の考えた計画に従い自分のタコの足を先を切り落とす。


「これを持って奴らのところに行くのじゃ」

「その足は、お前を倒した証拠だな?」

「その通り。察しがいいのはいいことじゃ」


 リドラビオークが切り落とした足を持参して逃げていった兵士たちと合流する。そうすればネロは彼らを救い化け物を倒した恩人になることができる。


「それで、お前は?」

「後から追いかける」

「追いかけるって、その姿じゃ目立つだろうし、お前の計画もダメになるだろ」

「問題ない。ちょうどいい物が転がっておる」


 リドラビオークは何やら触手をゆらゆらと動かす。すると空中に魔法陣の様なものが浮かび上がり、地面に転がる死体がウゾウゾと動き出し、その肉片が集まって人の形を成し始めた。


 その肉の塊は女性の姿をしていた。その肉塊の中にリドラビオークが入り込んでいく。


 五十階建てのビルほどもあるリドラビオークの巨体が少し背の高い成人女性ほどの肉の塊の中に入り込んでいく。そして、巨体のすべてが入り込むと地面に横たわっていた肉塊の目がカッと見開かれ、勢いよく立ち上がった。


「ほれ、これなら誰がどう見ても人間じゃ」


 声はリドラビオークの物だった。だがその姿は確かに人間の成人女性だ。赤褐色の長い髪をした金色の目を持つ白い肌の裸の成人女性だ。しかもスタイルがかなりいい。


 ネロはじっくりと姿を変えた怪物を眺める。


「どうじゃ? 興奮するか?」

「いいや、全然」


 そう全然だ。魅力的な全裸の女性が目の前にいるのに全く反応しないのだ。


「なんじゃ、つまらんのう」


 本当につまらなそうにそう言うと、リドラビオークは指をパチンとならす。するとその体に黒いモヤがかかり、そのモヤが晴れると彼女は真っ黒い衣服を身に着けていた。


 それは胸と背中がざっくりと開いたかなり肌の露出の多いドレスだった。胸はみぞおちのあたりまで大きく開いており、背中などは腰のあたりまで布がない。スカートには深いスリットとが刻まれており、すらっと長い脚が太ももまで見えていた。


 長い髪も頭の高いところで黒い布で一つにまとめている。そのおかげできめ細かい肌艶の美しい背中があらわになり、お尻の割れ目の始まりが見えている。


「似合っておるか?」

「痴女にしか見えない」

「ふん、このセンスがわからぬとはセンスがないのう」


 リドラビオークは呆れたようにため息をつくと、今度は逆にネロのことをじっくりと眺め始めた。


「主もどうにかせぬとほとんど裸じゃ。そのままでは人の前には出られぬな」

 

 確かにそうだな、とネロは自分の体を眺める。そして、あることに気が付く。


「なんだ、この、アザ? は」


 ネロは自分の体を確認する。その体にはいつの間にか稲妻のような黒い紋様が全身に表れていたのだ。


「災いの獣を喰らった影響じゃろうな。自分では見えぬが瞳の色もわらわと同じになっておる」


 そうなのか、とネロは自分の目元を触る。鏡も自分の顔を映す何かもないので確認しようがないが、どうやらネロの瞳は金色に変わっているらしい。


 しかし、髪の色は変わっていない。長く伸びた髪を確認したが、その色はこの世界に来た時と同じ黒だ。


「服はわらわがどうにかしよう」

「……ちゃんとしたヤツにしてくれよ」


 リドラビオークはパチンと指を弾く。すると今度はネロの体が黒いモヤに覆われていった。


 

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黒狼の血 甘栗ののね @nononem

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