第4話
何者かが荒野に侵入したことをネロは感じ取った。
「気配も消さず力も隠さずとは、余程自信があるかただの馬鹿者か。はてさて、どちらかのう」
リドラビオークも感じ取っていた。そして笑っていた。
「さて、どうする? 今の主なら問題にもならぬと思うが?」
どうする、とは殺すかどうかと言うことだろう。ネロはそのことを少し考えて、こう言った。
「敵なら殺す」
「敵か。おそらく敵にもならぬと思うぞ?」
リドラビオークは気配を探る。かなり離れたところにいるようだか、その気配ははっきりとわかる。
強い。相手はかなりの実力者だろう。しかしこちらの相手にもならないだろう。強いがその程度。
「今更あのような者を相手にしても時間の無駄じゃ。ま、それでもやると言うなら反対はせぬが」
ネロは考える。自分はどうしたいのか、何をしたいのか。
「相手は、人間か?」
「うむ、この気配はそうじゃろう」
「……なら、やめておく。俺はあのクソ神をぶん殴りたいだけで、人殺しがしたいわけじゃない」
魔物を殺したのは襲って来たからだ。襲ってきたから返り討ちにしただけだ。
そう、ネロは別に殺しが好きなわけじゃない。必要なら殺すが、そうでなければ避けた方が面倒なことにならないだろう。
「それを聞いて安心した。殺戮衝動に支配されてはおらぬようじゃな」
リドラビオークには何か考えがあるようで、ドラゴンの牙を見せてニヤニヤ笑っている。
「ネロよ、ここを離れる時が来たようじゃ」
「離れる? 離れてどうするんだ」
「世界を救う」
まったく意味がわからなかった。ネロはその異形の化け物が考えていることがさっぱりわからなかった。
「前に言っておったな。お主は殺されるためにはこの地に連れてこられたと」
そうだ。わけのわからない理由で知らない場所に飛ばされて死にそうになったのだ。
「これは神が仕掛けた神候補選抜試験。合格の条件はお主を殺すこと」
その通りだ。そんなふざけた理由で殺されそうになっているんだ。
「お主を殺した者は神候補として招き入れられる。それ以外に生き残った者はもとの世界に戻れる。期限は一年。その間に目標を達成できなければ、全員消滅」
なぜそんなことを改めて確認してどうするのか、とネロは口を挟もうとしたが、それより先にリドラビオークはそれを触手で制し、こう言った。
「神候補に相応しくない行いは許されない。そう言っておったのだろう?」
確かにそんなことを言っていた。それを思い出したネロはハッと気がついた。
「世界を救った救世主。それを殺そうとする人間は、さて、善か悪か」
なるほど、と合点がいく。つまりは正義の味方になれと言うことだ。自分が正義となることで相手を悪に仕立て上げる、そう言うことだろう。
「弱きを助け強きをくじく、悪を滅ぼし人々を救う。そうすることでこの試験の参加者から命を狙われる確率は少なくなる。少なくとも、正義の味方を倒すことが神候補として正しいのかと迷いを生ませることは可能じゃ」
屁理屈、詭弁。本当に性格の悪い作戦だ。自分を殺しに来る相手に嫌がらせをするためだけに救世主になると言うのだからまったくもって悪辣である。
ただ、面白いと思った。ネロはリドラビオークの計画に乗った。
「そのためには力がいる。あらゆる悪を滅ぼすための圧倒的な力がな」
そうだ。そもそも神をぶん殴ってやろうと言うのだから並大抵の力では話にならない。圧倒的な、他の追随を許さない絶対的な力がいる。
「そうすれば神も姿を現すじゃろう。神に匹敵する力を持つ敵が現れたのなら放っておくわけがない」
「……いい。すごく、いいよ」
最高だ。神に匹敵する力を得ることで神に危機感を抱かせ、神を引きずり出す。そして、ぶん殴る。
はっきり言って穴だらけの計画だ。けれど、ネロは面白いと思った。頭がおかしくて最高じゃないか、とそう思ったのだ。
「あのクソの思い通りになってたまるかよ」
楽しくなってきた。自分をこの世界に放り出したあの神の鼻を明かしてやる。徹底的に嫌がらせしてやる。
殺されてたまるか。絶対に生き残ってやる。
「絶対に、死んでたまるか」
こうしてネロはこの世界で正義の味方になることに決めた。神に対する嫌がらせのために、悪い奴らをボッコボコにすると決めたのだ。
「そうとなればさっそく人助けじゃな」
そう言うとリドラビオークは雄叫びを上げた。
「適当に相手をしておく。頃合いを見てわらわと戦うフリをするのじゃぞ」
リドラビオークが飛んでいく。どこへ行ったのかと言うと、彼らのところだ。
彼ら。そうこの荒野に入って来た何者かたちのところだ。
「打ち合わせぐらいさせろって!」
ネロも後を追いかける。リドラビオークがやろうとしていることをなんとなく察したネロは今後のことを考えながら走った。
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