第3話

 神住まぬ果ての荒野。そこは神に見放された不毛の地。


 そこにはかつて神に牙をむき世界を食い殺そうとした化け物たちが封じられている。


 その果ての荒野に一番近い町がある。最初に異変に気が付いたのはその地に駐屯している『聖騎士団』だった。


 オーレンベレル聖騎士団。果ての荒野を監視する五つの騎士団のひとつだ。


 騎士団の仕事は町の警備と果ての荒野の監視、そして荒野から現れる魔物の討伐である。その魔物の出現が一カ月ほど前から増え始め、その魔物のたちの様子もどこかおかしかった。


 まるで怯えているようだ、と騎士団の誰かが言った。何かから逃げているみたいだ、と騎士団の誰かが言った。


 荒野で何かが起きている。その調査のために騎士団は調査隊を編成し荒野の中へと入った。


 そして、見つけてしまった。


 荒野に足を踏み入れた調査隊は山のように巨大な魔物の死体に遭遇した。五つの魚のような青い尾を持つ翼の生えた白銀の獅子。その姿を見た騎士団はすぐにそれが伝説の中で語られる災いの獣の一体だとわかった。


 ただ、信じられなかった。自分の目を、目の前の状況を、災いの獣が死んでいるという現実を目の前にして調査隊は我が目を疑った。


 調査隊は一旦町に戻った。そして、部隊を増員し、再び荒野に足を踏み入れた。


 そして、また見つけてしまった。


 調査隊はバラバラになっている魔物を発見した。それは四つの蛇の頭と大樹の枝のように太い角の生え頭部を持つ鹿の化け物だ。その魔物もやはり巨大で肉片の一つ一つが巨岩と錯覚するほど大きく、その流れ出た血の量は渇いた大地に赤い湖を作り出すほどだった。


 そして蛇の頭を持つ鹿の魔物も災いの獣の一体だった。


 何かとんでもないことが起きている。調査隊は再び町へと戻り、さらに大部隊を率いて荒野に踏み込んだ。


 そして、またも見つけてしまった。


 調査隊は天を貫くほどの岩の巨人を発見した。赤茶色の巨人が胸に大穴を空けて立ったまま息絶えていたのだ。


 その巨人も災いの獣の一体だった。また災いの獣が死んでいた。


 何が起きているのか誰にも理解できなかった。しかし、あることだけは理解することができた。


 神に牙をむき世界を喰らおうとした災いの獣を殺すことのできる『何か』が果ての荒野にいる。それだけは事実だと理解したのだ。


 それと同時に、災いの獣を封じている者が倒されたと言うことも。


 荒野に封じられている災いの獣は五体。その三体の封印が解かれ、殺された。


 すでに騎士団は一体目の災いの獣の死体を見つけたときに、そのことを上に報告していた。その情報は各国に共有され、大陸の国々の上層部は大混乱に陥った。


 二体目、三体目と死体が増えていくとほどに深刻さは増してゆき、各国はすぐに対応できるように臨戦態勢を整えていった。


 そして、さらに調査が進み、五体目の死体を調査隊は見つけた。騎士団が異変に気が付いてから二ヶ月が経過していた。


 すべての災いの獣が死んだ。何かに殺された。しかし、その姿はいまだに確認されていない。


 不気味だった。何かが起きているはずなのにそれがなんなのかわからない。


 恐怖と不安だけが積み重なっていった。人々は恐れおののき、脅え震えていた。


 そんな時だった。


「ったく、面倒なこと押し付けやがってよ」


 果ての荒野にほど近い町に一人の男が現れた。


「ま、仕方ねえか。俺は勇者だからな」


 男は数人の仲間を引き連れ、町に現れた。


「さっさと解決して、あいつを探すとするか」


 男の名前は『釜瀬健かませけん』。異世界からこの地にやってきた転移者。その姿は見るからにチンピラと言った風貌で、頭を金髪に染めているが毛の根元は色が抜けてしまいプリンのような頭をしており、顔つきも目つきも悪い。その顔には軽薄そうな薄ら笑いを浮かべており、そのまとう雰囲気には勇者と名乗ってはいるが威厳も風貌も勇敢さも輝きも何も見当たらなかった。


 そして、この男が黒男改めネロを殺すためにこの世界に転移させられた者の一人だ。異世界に転移させられた六人の一人である。


 そんな健とそのパーティーらしき一団が荒野の異変を解決するために現れた。そして彼らも調査隊に加わり、荒野へと足を踏み入れた。


「勇者様、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 聖騎士団の調査部隊を率いる隊長が健に声をかける。その顔は不安そうで明らかに顔色が悪かった。


「災いの獣が目覚めたのです。それが何を意味するか」

「ああ? うるせえな。大丈夫だって言ってんだろ。俺は勇者だぞ」


 健は隊長を睨みつける。自分の不機嫌を隠すことなく鬱陶しそうな視線を隊長に向ける。


「俺はな神様から力を与えられてんだ。そいつがあれば化け物だろうが獣だろうが一発でぶっ殺せるさ」


 そう言って健は笑った。その姿を見た隊長はさらに不安を募らせた。


 完全に舐め切っている。危機感などまるでない。


「さあ、さっさと片付けて酒でも飲もうや。おい、隊長さんよ。良い酒用意しとけよ」


 何もわかっていない。馬鹿としか言いようがない。


「これが本当に勇者なのか……?」


 世界に異変が起き、別の世界から勇者が現れた。神から特別な力を授けられた勇者が舞い降りたのだ。


 隊長は健を見つめる。健は自分の側を歩くスタイルのいい魔法使いに気持ちの悪い下心丸出しの下品な笑顔を浮かべながらその肩に手をまわし、魔法使いの体をべたべたと触っていた。

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