雪の季節に炎は燃えて

@Mrkyu

第1話

始まりは11月頃、真冬がすぐそこまで迫っていた頃だ。いつもの通学路、バスの中でその人を見つけた。


違う学校だから、朝の時間帯しか会えない。

何から何まで完璧な彼を私はしばらく遠くから見つめることしかできなかった。

その日から落ち着かない日々がしばらく続いた。


のぼせたような頭、締め付けられるような胸、溢れる涙と溜息が私を苦しめた。

そんな苦しみもあの人がバスに乗ってきた時にはいつもスッと収まった。

その時に恋煩いと気がついた。


寒波が過ぎ去り、春一番が吹こうとしていた頃にも、恋の病は私の身を蝕み続けた。

あまりに甘く苦しい不調は耐え難く、それから逃れたかった。


「あの人と話せたら…」


ある日、いつものようにバスに揺られていてると目の前の座席に座っている彼の手から参考書がこぼれ落ちた。

隣に立っていた私は考える間もなく、床に横たわった参考書を拾い上げた。

同じ高さの目線で手渡す。


「ありがとう」

笑顔とくれた言葉に頬を染めて応えた。

「いいえ…」


そこから彼と言葉を交わす事が

できるようになった。

時間が許す限り、あらゆる事を話した。

笑った出来事、好きなアーティスト、

美味しかったスイーツ…


憧れていた人と笑顔で言葉を交わす日々は私の心を満たしてくれた。

今まで億劫だった朝は1日の励みになり、

恋煩いの苦しみもいくらか楽になった。

しかし、幸せな日々というのは

そう長く続いてくれないものだ…


「転校する事になったんだ…」そう告げられたのは奇しくも11月だった。

「…そ……そうなんだ…」動揺を感じさせないように言ったつもりだったが、

言葉が詰まってしまった。


「ギリギリになってごめん…」

「うぅん………いつ引っ越すの?」

「クリスマスの朝、だから冬休み前日で

このバスも乗り納めなんだ…」

「……そうなんだ…」

乗降口からの冷たい風が吹き込んだ。


引っ越しを聞かされた後、

1週間は何も頭に入らなかった。

あの人との別れという事実が

頭の中を延々と往復したせいだ。

悲しみ、怒り、疑問、諦め、

いくつもの感情が頭を通り過ぎていった。


それでも彼に会う時はいつものように

笑顔を絶やさなかった。

とても苦しかったけど…


また、日を増すごとに胸が酷く痛む。

最後の通学が5日後に迫った頃、

やっと決心がついた。


「ちゃんと伝えないと…ダメ…だよね…」


遂にその日がやって来た。

玄関に腰掛け、靴紐をしっかりと結ぶ。

いつもと変わらないはずなのに

空気が張り詰めているのを感じた。


バスに揺られながらあの人を待つ。

乗降口の辺りに目を向ける。

バス停を一つずつ越えるたび胸の高鳴りが増し、呼吸が深くなっていく。

遂にその時が来た。


「!、おはよう」、「おはよう」

いつもと変わらない挨拶を交わす。

2人の時間は短くて長い、特に今日は尚のこと。

朝日が笑顔を照らし、

寂しさを忘れさせてくれる。

もうすぐ彼は降りてしまうけど…


「…もうそろそろ…だね…」

「…うん……」


急いで鞄の中を探り、彼の前に差し出す。

「…これ!…受け取ってほしいな…」

「!…これは?」

「…お守り…手作りしてみたんだけど…」


彼の両手がそっと私の手を包み込んでくれた。

繊細でそれでも逞しいその感覚にドキッと

しながら、お守りをその手の中に置いた。


「…ありがとう!…大切にするよ!」

優しい笑顔が一瞬の幸せを呼んだ。


乗降口が開き、冷たい風を運んでくる。

「…いままでありがとう…」

「…こちらこそ、ありがとう…」


決心した言葉を贈るならこれで最後…

「………あ…」

前方に向かって歩き出した彼の背中を見つめる。

早く、言わなきゃ‼︎


「あ……あぁ……」

降車口を彼が降りていく、それなのに言葉が出てこない…

扉が閉まり、車窓に彼の背中が見える。


「……愛してる…」

それを見つめながら、1人呟いた。


その日の帰り道、俯いて帰る。

なんで言えなかったんだろう…

こんな後悔するなら…

自分の不甲斐なさに視界が滲む。


ふと、その時視界に花びらのようなものが舞い降りてきたのが見えた。


「雪だ…」

ちらつく雪が星の代わりに夜空を彩った。

冷たいはずのそれは胸の炎を激しく燃やした。


涙が溢れて止まらない。

あの人との儚げな夢が目に浮かぶようで


end

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