永久に願いを～ABSOLUTE WISH～

第１話 運命のイタズラ(１)

　いつも通りの朝。いつも通りの１日が始まるはずだった――

　あたしらは、学校に行こうと通学路（つうがくろ）を歩いていた。

「陽菜（ヒナ）！」

　突如（とつじょ）として現れた黒い歪（ひず）み。妹の陽菜乃（ヒナノ）が飲み込（こ）まれた――あたしも咄嗟（とっさ）にその中へと飛び込（こ）む。

「陽菜（ヒナ）ー！！」

　暗い空間。光もなくただ闇（やみ）が広がる中、彼女の名を叫（さけ）ぶ。

　無重力（むじゅうりょく）空間に放り出されたように彷徨（さまよ）って――――光が見えたと思ったらスゴい力で引き寄（よ）せられる。

　木々の生える森の中、空中に現れたのだろう黒い歪（ひず）みから放（ほお）り出された。

　幸（さいわ）い高さもなかった。あたしは普通（ふつう）に地面に着地する。

（そんなこと、どうでもいい……！ 陽菜（ヒナ）は――！）

　あたしは自身に備（そな）わった力で陽菜（ヒナ）の気配（けはい）を探す。森の中。広い森の面積（めんせき）から更（さら）にその外側（そとがわ）へ。

（陽菜（ヒナ）――！）

　あたしは柄（がら）にもなく焦（あせ）る。近くどころか、範囲（はんい）を広げても見つからない。範囲を広げていて解（わか）るのは、この場所が広大であることだけ。

　だからあたしは理解する。――ここは、ホントに断絶（だんぜつ）された世界『メソポタミア』なのだと。

　メソポタミア。なんでそう呼ばれているのか、それはさすがに知らない。

　けど、生きて帰ってきた人による情報によって、黒い歪（ひず）みの先には古代（こだい）文明が広がっていて、そここそ、上は宇宙（うちゅう）まで繋（つな）がる黒い空間に覆（おお）われて断絶（だんぜつ）された世界、メソポタミアだろうと謂（い）われていた。

　大昔から、上は宇宙（うちゅう）まで広がる黒い空間に覆（おお）われた場所があったと云（い）う。その場所は、未だに中の見えない場所として存在しているらしい。変わらず、黒い空間に覆（おお）われながら。

　生きて帰れるかも判（わか）らない世界、メソポタミア。だから、決（けっ）して黒い歪（ひず）みに飲み込（こ）まれてはならない。それが世の中の当たり前の認識（にんしき）だった。

　――知ってる。自（みずか）ら黒い歪（ひず）みに飛び込（こ）んだあたしが異常（いじょう）だなんてことは。

　けど、後悔（こうかい）はない。きっと母さんも許してくれる。

　だって、喪（うしな）うなんて、あたしにとってあってはならないことなんだから。もう２度と。

（喪（うしな）ったのは父さんだけで充分（じゅうぶん））

　そうだわ。もう２度と、家族を喪（うしな）わない。絶対、あたしが護（まも）ってみせる。

　だから、異常（いじょう）だろうと関係ない。あたしは陽菜（ヒナ）を見つけて、彼女を危険（きけん）から護（まも）る。そんなこと、考える間もなく心に決めていた。

「娘（むすめ）――名は？」

　それは、日本語だった。この断絶（だんぜつ）された世界に、日本語が通じるヤツがいるとは思わなかった。

　焦（あせ）っていたあたしは、その言葉に答えることなく走り出そうとした――――けど、距離のあった気配（けはい）は一瞬で間（ま）を詰（つ）めていて。あたしの腕（うで）を掴（つか）む。

（空間（くうかん）魔法（まほう）――！）

　瞬間（しゅんかん）移動（いどう）かは判断（はんだん）できないけど、ソイツはたしかに空間魔法を使った。

　時空（じくう）魔法（まほう）は時（とき）魔法と空間魔法に分かれ、時空魔法は最上位（さいじょうい）魔法の１つとされていて。とうぜん、空間魔法も上位魔法だったんだ。

「離（はな）してもらえますか」

「ここがどこか、理解（りかい）していないようだな」

　あたしが腕（うで）を離すように口にすると、同時にそう返ってくる。男の濃（こ）い赤色の双眸（そうぼう）があたしを捉（とら）えた。

「……この世界の住人、ですね。その格好（カッコウ）」

「……そうさな。その言いよう、理解はしていたか」

　あたしが言葉を発すると、古風（こふう）な喋（しゃべ）りでそう反応する男。

「して、娘（むすめ）。ここがどこか解（わか）っているというならば、元の世に戻るのが至難（しなん）の業（わざ）であるのも理解できよう？」

　まるで古文に出そうな接続語（せつぞくご）で、男はそう口にする。

「もう１度言います。腕（うで）を離（はな）してもらえますか」

「話を逸（そ）らすな」

「わたしは急いでいます。それを邪魔（ジャマ）するなら、いくら初対面（しょたいめん）と言えども許（ゆる）さない」

　そう口にすれば、男の口角（くちかど）が上がる。

「ほう？ 面白（おもしろ）いではないか。どうすると言うのだ」

　それは圧（あつ）だった。圧倒的（あっとうてき）な力を解放（かいほう）したオーラ。

　男から発せられる圧（あつ）があたしを襲（おそ）った。――けど、あたしの脳（のう）は焦（あせ）るどころか冷（ひ）えていく。今のあたしは、いつもよりももっと、冷（さ）めた目をしているだろう。

「ぬ！」

　あたしは自身に備（そな）わった力を使って、女とは思えない力で男の指が外れるように捻（ひね）った。そしてそのまま男を投げ飛ばす――と同時にあたしは、常人（じょうじん）じゃない速さで走った――

（逃（に）がしたか――まあ良（よ）い。元の世に戻るというなら、いずれ見（まみ）える運命（うんめい）よ）

　そう。男の思惑（おもわく）なんて、あたしは知らないんだ――