あの日見た空と、空に輝く君

ナナシリア

あの日見た空と、空に輝く君

「空、綺麗だね」


 君の方が綺麗だよ、と言いたくなる気持ちを抑えつける。


「ああ、綺麗だ」


 彼女の言う通り、その空はあまりにも綺麗だった。


 青から群青に移り変わるグラデーションが、僕らの心を揺らす。


「もう、この空も見られないんだな」


「……いや、まだ治るかもしれないでしょ」


 彼女は、死んでしまう。


 たいへん珍しい病気で、まだ治療法も完全には確立されていない。


 だが、彼女が生きているうちに治療法が見つかるかもしれない。


「無理だよ」


「いや、そんな。まだ体調だって悪くないのに」


「君には隠してたけど、わたし――」


 これまでの仕草から、心の底では悟っていた。


 でも、実際に言葉にされるのが怖くて。


 僕は手で彼女の口を塞いだ。


「……言わないで」


 震える声で、止める。


 彼女の目から、涙がこぼれる。


 僕もきっと泣いているんだろう。


 空は、いつしか群青に変わってしまった。


 それが僕を責め立てているみたいに思える。


 でも、仕方のないことだ。


 僕はそれ相応のことをしてしまった。


 僕は静かに彼女の口元から手を放す。


「……ごめん」


 彼女は首を横に振った。


 僕は、なにも言えない。


 彼女も、なにも言わない。


 沈黙は苦ではなかった。


 無駄だとも思わない。


 ただ、こうしていたら彼女が空に消えてしまいそう。


 僕は彼女の手を握る。


 想像していたよりも、か細い。


 ひとりでに折れてしまいそうだ。たとえ、僕が触らなくても。


 いつまでも、こうしていたい。




「今日の空は、あの時より綺麗だよ」


 一人寂しくつぶやく。


 そうでもしないと壊れてしまいそうだ。


 だから、掠れた声で。


「君は、そこにいるのかな」


 君は、僕が空を見続けることを望まないかもしれない。


 だけど、僕はそうしていないと僕でいられない。君がいなくても。


 空は笑わなかった。


 もしかしたら、怒ってるかも。


 確かめるすべもないし、確かめようとも思わないけど。


 深く息を吸う。


 吐く。


 空のにおいが伝わってくるみたいだ。


 青空は、あの日のように群青に変わっていく。


 群青、群青、群青。


 少しずつ深くなる空が憎らしい。


「いや、きっと、そこに君はいない」


 僕は気づく。


 空よりもずっと身近に、彼女はいる。


 ちくり。


 胸が痛む。


 可哀想だと、人は言うだろう。


 僕は幸せだ。


 もし嗤われたら、胸を張って言おう。


 彼女は、「わたしのことはいいから」と言った。


 彼女の願いは叶いそうにない。

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あの日見た空と、空に輝く君 ナナシリア @nanasi20090127

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