第7話 あとがき


こちらは野村萬斎主演「陰陽師」が劇場公開の頃、安倍晴明について一時期猛烈にはまり史実を元に書いた作品になります。

すべて話を作ってから書き出し、5日間で留まることもなく一気に仕上げた作品です。資料を集めて片っ端から読破するのに1年もかけたし書いた当初はかなり疲れたのを覚えています。(時間かけ過ぎ)

さて。今回の話を作るに至り、元となる説話があるのでこの場を借りて紹介しようと思います。



『安倍晴明物語』より―


晴明は、陰陽の道を極めるために、留守番として妻の梨花と道満を残し、帝の命令で唐に渡る。

迫道上人に3年3月の間弟子入りし、結果金烏玉兎集を相伝することができた。

やがて晴明は日本へ帰ってきたが、不在の間道満は梨花に横恋慕をはじめていた。

梨花をくどき、隠されていた金烏玉兎集を手にすると、道満はすばやく書き写しておく。

そうして、道満は何食わぬ顔で、出先から戻ってきた晴明に夢の中で金烏玉兎集を相伝できた、と語る。

否定する晴明に、どちらが間違っているのか命を賭けてみようと持ち出され、

「酒と女にくれぐれも気をつけよ」と師にたしなめられていたのもすっかり忘れていた晴明は

この賭けにのってしまう。

道満は書き写した金烏玉兎集を証拠に差出して、晴明を殺害。

そして妻梨花と不義の関係を結ぶ。


そのころ、唐で迫道上人が晴明の異変に気づき、泰山府君の法を執り行った所、晴明に死相が出たのでただちに日本へ渡った。

そしてすでに晴明が死んでいることを知ると墓へ行き、

全ての骨を集め「生活続命(しょうかつぞくみょう)の法」で晴明を蘇生させる。

晴明は涙を流して感謝した。(ここでも泣かされている・・・)


やがて道満の元へ迫道が赴く。迫道は晴明は生きていると語り、そんなはずはない、もし生きているならば首をやる、と言う道満の前に晴明を呼び寄せる。

晴明は道満、及び梨花を倒し、金烏玉兎集を焼却した。後にこの金烏玉兎集はあらたに書きおこされている。

ちなみに道満に殺害されたとき、晴明はかなり酒に酔っていて物事の状況判断ができないくらいだったとあります。

実はこの人、アルコール中毒の気が・・・?(笑)

だから酒と女に気をつけろと言ったじゃないか!!と、この後師にこっぴどく叱られたのが目に見えるような人間味あふれる話しでお気に入りです♪


晴明に関しての伝説には、いろいろとばらつきがありまして。

狐の子として描かれているものやいわゆる超人、霊能力者、神に近い存在、という感じのものなど。

晴明の死後、このような伝説はつくられたらしいです。


幼少の頃より鬼を見ることが出来た、と師の賀茂忠行も語っていて、

確かに霊能力者として優れた人ではあったみたいですが、神のごとく完璧な人というのはあまり書いていておもしろくないし、

大体骨になった上で生き返るはずないじゃないか!

そんな非科学的なこと今更通じるか、と思いましてじゃ本当の所はどうだったんだ?・・・という点からあのような話が出来上がっていったというわけなのでした。


ちまたにあふれる晴明の物語は、どれも通常の人間とかけ離れた才能を持つ、人並みはずれたスーパースターといった感じのものが多いですが。

あくまでも、伝説化された姿ではなく、実在していた当時の本当の晴明に近い姿を過程して描きたかったかな。



安倍晴明自身についての詳細。


父親は安倍益材。又は保名。大膳大夫を務めたいわゆる官職についていた人で、晴明も同じような今でいう国家公務員としての道を選んだわけです。

母は葛葉。白狐を父が助け、その恩に報いる為狐は女に化けやがて夫婦になった、

という伝説が残っています。話しの中にも書いたのですが実際には白拍子であっただろうということです。

ちなみに、父母とも美男美女だったらしく、幼き頃より晴明も利発そうな、美しい顔立ちであったとか。

陰陽師というのは、主に夜半の仕事が中心なので、日に焼けることは少なかったことでしょう。

人々が白狐の子という噂を信じたのも、あまりに肌の色が白く際立って美しい顔立ちだったからかも知れませんね?



陰陽師という職業とは。


今でいうなれば、呪術師、占い師、天文学者、といった所でしょうか。京都文化博物館での展示物に巨大な星座早見盤のようなものがあり、星の動きから時間や暦を作成、吉凶を判じていた模様。



晴明の実際の性格とは?


『宇治拾遺物語』より―


ある日華やかに、若き蔵人の少将が内裏へ向かっていたが、その時、空からカラスが少将に糞をかけた。

晴明はそのカラスが式神であり、少将に呪いがかかり今夜限りの命であると告げると少将は震えだしてしまう。

晴明は「貴殿のような、まさにこれから花開かんがばかりの華やかさをたたえた若き少将がこのようなことで命を落すとは、大変いたましい」と思い、少将の為に祈祷を申し出ると、一晩抱きかかえて護身の法をほどこし加持しつづけたので少将は命を落さずにすんだ。


後に少将を呪詛した者が分かった。同じ屋敷に住む妻の姉妹の夫であり、舅が少将のほうばかりをかわいがることからの嫉妬によるものだった。この者に頼まれ呪詛をした陰陽師は晴明の力の前に、逆に戻ってきた呪詛に打たれて死んでしまったのだった。

いわゆる呪詛返しであった。


ひたすらクールで冴えた切れ者、というのがよく言われている晴明のイメージですが。

この話しからは意外にも皆が思っている以上に優しい人という気がします。

仏教とか、とかく宗教全般には癒しの要素が強いと思われますが、

晴明の仕事の内容も癒しというものの内であると感じます。よって困っている人、弱い立場の人には優しかったのでは?

と思い、作中では出来るだけ優しい言葉使いをさせてみました。


晴明には本当に友がおらなんだ?


とにかく孤独。当時何しろ回りの人は晴明を「化生の者」とかなり真剣に信じていたようです。

まあ、それだけ術者として大変優れていた、とも言えるのでしょうが。

そして女の影も恐ろしい程に無い。(家庭が一番?又は色事なんてくだらないと思っていたとか?)

ただ奥さんと子供がいたのは確かなようで、晴明の死後子の吉平や子孫達が、同じように

優れた陰陽師として朝廷に従事したと言われています。



藤原頼忠について。


藤原頼忠という人物は、温厚でのんびり屋、あまり出世欲が無かったらしい。

(親戚である藤原兼道と兼家は、兄弟でありながらも勢力争いでいがみ合っていて、年中すさまじい戦いを繰り広げていたのに・・・。)

この人と晴明が特に交流があったかどうかは不明ですが、晴明とは歳が近く(3歳下)晴明自身藤原家とは深い関わりを持っていたことは事実なので、登場させてみました。

ふたりとも内裏を出入りしていたわけだし、

清涼殿の回廊ですれ違うことくらいはあったのではないでしょうか。


同じように歳が近い人で源博雅がいますね。この人が登場するともう夢枕獏さんの「陰陽師」そのものに話が転がっていってしまいそうです。

夢枕獏先生の話に出てくる晴明は、からっとした明るさとか

したたかさ、厚かましさが漂っていて(笑)これはこれですごく好きなんだけど、史実を追っていけばいくほどどう考えてもそんなに明るい人には思えないです。

どうしてあんなに明るい晴明を描けたんだろう・・・。




蘆屋道満はライバルだったのか?


たいがいにおいて、蘆屋道満は民間の陰陽師として優れてはいるけれども、晴明の邪魔をしたり道長に呪術をしかけたりと悪いやつとして登場してきます。

が、それとは別に晴明の師として陰陽寮の頭として出仕していたという話もあったりしてよく分かりません。実在していたかどうかは不明。播磨出身で、今も兵庫県に道満の塚が残っているとか。



晴明の師について。


賀茂忠行は、晴明を大変優れた弟子として扱ったようですがやはり自分の息子の方がかわいかったのか、後継者に保憲を選んでしまいます。で、何とか陰陽師として身を立てていく為に晴明は更に保憲にも弟子入りしたのです。

保憲は心が広い人だったらしい。大変熱心かつ努力家だった晴明を大事に扱った上、高く評価し、息子の光栄(みつよし)と晴明のふたりに陰陽道を分け与えます。

光栄には暦道を、晴明には天文道を継承させたのですね。

しかし二分したことで陰陽道が賀茂家と安部家(土御門家)に分かれてしまい、やがて安部家は賀茂家を凌ぐほどに力を増してゆくのです。


大体大雑把に紹介しましたが。最後に一言。

史実をある程度追って書いてはいますが、それだけを重要視して書いてはいないので。読んでいて楽しいほうがいいから、あえていい加減に書いてたりもしています。

言葉使いも、宮尾登美子の平家物語みたく流暢に書けたらいいんだろうけれど、とうていそれは無理。



それにしても私の描く晴明は辛気臭い。しっかりしているようで頼りないし。

世間では、若い頃から万能な晴明像があふれているようです。でも史実によると、実際に能力を発揮しているのはあくまでも晩年、になってから

なんですよね。若いうちは、あまり活躍したという記録がない。だもので、失敗もあったはずだと勝手に推測しています。

それと今回の話しの中で、晴明は職場でのセクハラにあってますな。(笑)

「君、彼女いるの?」と幾度聞かれたことか・・・。

しかし当時目立つ陰陽師だったことは確か。たぶん仲間内からのいやがらせや因縁つけられたことは数知れず、だったのでは?


晴明の場合は、あくまでも朝廷に仕える身なので若い頃なんかは特に仕事を選ぶことなんて

許されなかったことでしょう。

しかし、権力を増してからは、けっこう嫌なことは断っていたみたいで(さんざんいびられて図太くなったのか)

もうすこしまじめに仕事をしろ、とお上から注意された上に反省文をかかされた事実があるらしい。(笑)

あと、作中ではあえて食事のシーンを出来るだけ入れないようにしていました。なぜかと言うと、実際の晴明自身も食が細かったらしいので。

ただ、好みの食べ物はあったらしく、主に唐菓子や果物を好んで食したらしい。お菓子にフルーツって、・・・何かかわいい・・・。





この辺参考にしてみました。


陰陽師列伝(学習研究社)/志村有弘

安倍晴明陰陽師伝奇文学集成(勉誠出版)/澁澤龍彦、小松左京他

日本の歴史シリーズ 道長と宮廷社会(講談社)/大津透

日本の古典57 完訳 雨月物語 春雨物語(小学館)/上田 秋成

陰陽師「安倍晴明」とっておき99の秘話(安倍晴明研究会)/南原順

晴明。(ソノラマノベルス)/加門七海

陰陽師シリーズ~飛天の巻、付喪神の巻、竜笛の巻、生成り姫(文春文庫)/夢枕獏

平成講釈 安倍晴明伝(中公文庫)/夢枕獏

平家物語 青龍の巻~朱雀の巻(朝日新聞社)/宮尾登美子

安倍晴明と陰陽道展/2003年8月京都文化博物館にて


他いろいろあるけどめんどくさいので省略

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