11話 盗賊の討伐報酬

「もしかして、歩けないんですか?」


「まさか。私は誇り高きニクロスの王女よ? 腰を抜かして歩けなくなるなんて無様、ありえないわ」


 腕を組み顎を上げ尊大な態度を取りながらも、脚はプルプル震えている。

 どう見ても虚勢だった。


「そうですか」


「ええ、そうよ。でも、リオンがどうしてもと言うのであれば王女である私を負ぶる栄誉を与えてあげなくもないわ」


 普通に“歩けないから負ぶって”って言えば良いだけのことが、どうしてこんなにも偉そうなのだろう? いや、王女様だから事実として偉いのか。


 恥をかかせて恨まれても後が怖いし、俺は片膝を着いて恭しく頭を下げた。


「その栄誉、謹んでお受けいたします」


「光栄に思いなさい。私の婚約者にだって、こんな栄誉許したことないんだから」


「それは、その……大丈夫なんですかね?」


「大丈夫よ。平民に負ぶられたくらいで、私の肌は穢れたりしないわ」


 そう言うショコラ様をそのまま背負って、立ち上がった。


 軽っ。女の子って、こんなに軽いものなのだろうか? 思いっきり重心を後ろに傾けられたから立ち上がれないと思ったけど、軽々と立ち上がれてしまった。


 いや、そんなわけないか。

 ショコラ様の身長は140cm程度だから、常識的に考えて体重は30kg以上ないとおかしい。


 そりゃ、食いたいものだけ食べてむっちりボディが完成しつつある俺よりは軽いだろうけど、運動不足の俺が軽々と持ち上げられるような重さではない。


 アルテミス様の加護には、俺を少し力持ちにするという効果もだるのだろうか?


 王女様相手に「重くて背負えません」なんて言おうものなら、不敬罪で打ち首ルートまっしぐらだったから正直とても助かった。


 ショコラ様を背負って、森を出るために歩き始める。


「リオン」


「はい、なんでしょうか?」


「貴方はパン屋の息子で偶に冒険者をやっていると言っていたけど、この森に来たのは何かの依頼のついでだったのかしら?」


「あー、えっと……」


 食い道楽のお告げで、紅茶が手に入るって聞いて来たからショコラ様を助けたこと自体はついでと言えばついでだけど……


「その、この辺りに盗賊が出るという噂を聞いたので、退治にと……」


「盗賊退治なら、首は持って帰らないの?」


「首、ですか?」


「騎士団に引き渡せば、幾らかの報酬が貰えるはずよ」


 盗賊の、生首をカットしてお持ち帰り……。想像しただけでグロすぎる。却下だ。


「報酬は既に、十分なものを頂いておりますから」


「なっ。……それって、こうして私を負ぶってることにそう思ってるってこと?」


「え? あ、いや……まあ、そうですね。平民の身分でこのような栄誉に預かれたことは一生の思い出になりますね」


「違うのね。……リオンは私にとって命の恩人なのだから、そんな畏まって気を遣わなくったって良いわ」


「報酬なら、むっちりとした妙齢の女性を負ぶりたかったです」


「急に振り切って来たわね。そこはもう少し気を遣いなさい?」


「すみません……」


「それで、本当の所の十分な報酬って何?」


「ロイヤルティーの茶葉ですね」


「茶葉? それなりに高価な代物ではあるだろうけど……。真っ当なルートで換金するのは難しいんじゃないかしら?」


「当然、自分で消費するんですよ。……あっ」


「どうしたの?」


 食い道楽のクエスト報酬として書かれていたから当たり前のように懐に入れてたけど、ロイヤルティーは王家御用達の茶葉。そしてショコラ様は、王女殿下。

 冷静に考えたら、これ、ショコラ様のものだった可能性が高いよな……。


「いや、あの……この茶葉ショコラ様のですよね? 俺が貰ったらダメですかね?」


 一応、冒険者ギルドの規則だと盗賊から得た盗品は原則討伐者が貰って良いことになってるけど(そもそも盗賊に襲われた時点で殺されてる可能性が低くない元の所有者を探すのが無駄コストってのと、返還の義務があったとしたら盗賊のせいで紛失してるのか討伐者がくすねてるせいで帰って来ないのかが解らなくてトラブルの原因になるとかの理由でそういうことになってるらしい)……目の前に元の持ち主がいる状態なら、返した方が良いかもしれない。


 相手は王女様だし、それが禍根になって後で裁かれるとかの方が怖い。


「命を助けて貰ったんだから、茶葉くらいでとやかく言ったりしないわ。でも、平民が紅茶の淹れ方なんて解るの?」


「あ、いや……」


 前世は紅茶が趣味だったからそりゃ淹れ方くらいは知ってるけど、今世で紅茶を飲んだことがない俺が知っているのはおかしいよな……。


「その、王家御用達の“ロイヤルティー”という美味い飲み物があるということを噂に聞いていただけで、紅茶なんて高級品を飲んだことはないですね」


「そう。なら、あんまり期待しない方が良いわよ。遠い異国の地から仕入れてるから珍しがってるだけで、味自体は渋いしそんなに美味しいものではないわよ」


「そ、そうなんですね」


 ショコラ様は、紅茶がお好きではないようだった。


 まあ見た目12歳くらいの子供だしな。前世の俺もそれくらいの年の頃はコーヒーとかお茶の美味さは全然理解できなかった。大人っぽくて格好良いから我慢して飲むけど、苦くてまずい汁って思ってた記憶がある。


 ただまあ、それがある日突然美味く感じるようになるんだけど。



 ところで、アルテミス様はどちらに行ったんだろうか?


 盗賊のたむろするアジトの前の岩陰で隠れていた時までは一緒にいたはずなんだけど……。


「(アルテミス様ー? アルテミス様ー?)」


 心の中で呼びかけてみるけど、返事もない。

 もう、森を抜けるまで歩いてるんだけど。……そう言えばアルテミス様は人ごみには絶対に着いてこないけど、ショコラ様がいるから人見知りでもしてるのだろうか?


 その可能性、あるな。


 えっ、じゃあ俺、このままショコラ様を背負って歩いて帰らなきゃいけないの?


 アルテミス様に跨ったから短時間で到着したけど、距離的には人が歩いて半日掛かるくらい。日はまだ高いから、日没までには帰れそうだけど……シンプルに運動が嫌いな俺としては、長い距離を歩くだけでとても億劫だ。


 ぐぅぅぅ。腹の虫が鳴り響く。


 振り向くと、ショコラ様が顔を真っ赤に染めていた。……盗賊に囚われてたから、しばらくまともな食事も摂れてないだろうし腹も減るか。

 そう言えば、俺も少し小腹が空いて来た。


「いったんそこの木陰で休憩しましょうか」

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異世界でも食い道楽に生きていく! 破滅 @rito0112

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