第2話 姫の恋人候補
「あ、そこ……足元、気をつけてください。穴があいてて、落ちると大変なことになります」
先を歩くゾンビのゾンさんの淡々とした言葉に、俺は足を止めた。
落ちると、大変なことになります。
……いったい何度目だよ、その台詞……
俺は手にしたランプで足もとを照らしながら、思いっきりため息を吐いた。
姫様、とゾンさん達から呼ばれているドラゴンから依頼されていた、ダンジョン内の修繕も何箇所か終わらせている。
暗くてジメッとしていて、広いダンジョン。
その内側の状態は、なかなかにボロかった。
手を添えてちょっと体重をかけただけで、ボロリと崩れる壁。突如抜け落ちる地面。
その先に広がる光景は……いろんなパターンがあったけど、どの場面にも共通していたことが一つだけある。
バラバラになった白骨が、たくさんコンニチワしていた。
……いや、お会いしたくなかったですけど……
問題は、他にもあった。
それはまるでトラップのようにそこら中に落ちている……いや、存在している爆ぜ岩達だ。
爆ぜ岩達は、機嫌さえ損ねなければ、とても可愛い見た目をしている。
小さな黒い双眸はつぶらで、純粋ささえ感じるほどだ。
が、しかし。間違って踏んだり蹴飛ばしたり、修繕の材料に使おうとした途端、ぎょろりと鬼のような形相に変わる。
「覚悟はできてるんだろうなぁ、小僧?」
えー、これ、もちろん非常にドスの効いたお声です。
「すみませんでした! 覚悟なんか一ミリもできてませぇえん!」
俺は爆ぜ岩を丁寧に地面に置き、額をこすりつけて土下座した。
えー……これ、十回くらいやったんだよね。
でも、その内に俺が姫さんの恋人候補だって噂が知れ渡ったみたいでさ。
「ちっ、気をつけな」
「まあ、がんばりや」
「あんたも大変やな」
と、今ではだいぶ当たりが柔らかくなった。
本当にやりやすくなって助かったよ。ほっ。
俺はランプを地面に置き、背負っていた道具袋から修繕に必要な道具を取り出し始めた。
「なあ、ドラゴンってさ、この世界に姫さんしかいないわけじゃないんだろ?」
俺は手を動かしながら、そばにいるゾンさんに訊ねる。
「人は人と結ばれる。犬だって犬と結ばれる。猫や鳥とは交わらない。なのに、ドラゴンである姫さんは人間をパートナーにと望んでる。おかしくない?」
ドラゴンと人間の体格差は、例えるなら人間と蟻のようなものなのではないだろうか。
俺は、蟻を恋愛対象にしたいと思ったことはない。
「確かに、この世界に姫様以外のドラゴンは存在していますし、姫様は何度かその方達とお見合いしているんですよ」
「なるほど……それがうまくいかなかったわけだ」
「姫様は、面食いですから」
面食いねぇ……あ、そういや思い出した。
俺、姫さんから三十点って言われたんだった。
「姫さんは、あのブラシさんみたいな人が好みだったんだろうな……色白で彫りが深くてさぁ」
「私は、人間は見た目より中身が大事だと思っています。カルチャさんは適応力が高いです。恋人候補の人間を何十人も見てきた私が言うんですから、間違いありません。だから自信を持ってください、ねっ!」
にこっ。ずるっ。
「あ、いけない、目玉が……」
ゾンさんよ……せっかくのお褒めの言葉、ありがたいとは思うけど。
俺さ、故郷の村に婚約者がいるんだよな。
幼なじみの子でさ、とびっきりの美人じゃないけどいつもにこにこしてる、俺にとっては女神様みたいな子なんだ。
ああ、会いたいな……今頃どうしてるだろ……他の男に言い寄られたりしてないかな……
「俺は、好きな人から好きって言われてるだけで、腹いっぱい幸せなんだ」
「え、なんですか?」
「いや、なんでもない……さ、あとは乾けばおしまいだ。注意の張り紙して……と」
だから俺は、姫さんから三十点と言われようが零点と言われようが、どうでもいいのさ。
このダンジョンから、脱出さえできればな。
そのドラゴン、恋愛経験不足中です 鹿嶋 雲丹 @uni888
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