ブラック企業ノッブ

@oka2258

ノッブ組幹部会議と反省会

「何だ、この営業成績は!

お前達、ふざけているのか!」


ここはアミューズメント興業ノッブの社長室にして、裏では広域暴力団ノッブ組の組長室。


父の代に尾張ではそこそこ勢力を築いた小田組を、父の死後、若くして継いだ伸長は、たわけの二代目という世評を覆して、精強な側近を従え、自ら陣頭指揮を取って組内の内紛を抑え、他の組を潰して尾張を平定。


侵略してきた強大な今河組の組長芳基を、その油断をついてヒットマンを使ってタマを取り、一躍全国に名前を売った。


表では営利企業として、裏では賭博・売春・麻薬・詐欺など非合法に稼ぎ、その金で勢力を拡大して進出するというやり方で遂には首都京都まで侵略の手を伸ばした伸長だが、彼に反感を持つ勢力に包囲され、苦境に立たされていた。


幹部社員が俯く中、社長兼組長の小田伸長の甲高い怒声が響く。


「ようやく尾張の業界を制覇して、美濃もサイトー会を潰してうちの店の対抗馬はなくなった。

それから首都京都に出店して全国に名を轟かせ、北陸まで進出したのに、それからは旧勢力のミヨシ屋の逆襲、北陸からアサクラ亭が近江のアーザイと同盟して攻めてくる。

一度は潰したロッカクもしぶとく生き残って抵抗していやがる。

おまけにあのエセ坊主の宗教法人エーザンが儲かりそうだと向こうに付いた。

アイツラに幾つ事務所を潰されたか知ってるだろう!


ここで踏ん張らなければ、我が社は倒産し、儂らは蜂の巣となって海の底じゃ!

分かっているのか!

芝多、どうだ!」


「厳しい情勢は我々もよくわかっております」

名指しされた武闘派幹部の芝多が弱々しく言う。


「わかっていて成果が上がらないのは無能なのかやる気がないのかどっちだ?

おい、答えろ!」


社長の声が響く中、誰も下を向いて返事もできない。


「社長、そうは言いますが、我々も必死で頑張っております。

我々社員も必死でやっております。そうでなければこの厳しい状況の中、我が社は既に立ちいかなかったと思いますので、お怒りはその当たりにして…」


怒りをぶつけられて下を向いて耐える幹部社員を見かねたのか、先代から仕える長老であり、専務の作間が涙をためて諫言する。


同じく長老格で内政を司る常務の囃子も同様に言う。

「社長の叱責で我々もよくわかりました。

これまで以上に頑張り、次こそは満足のいく成果を上げますので…」


「作間、言うに事欠いて、社員が頑張っているだと!

危ない店の陣頭指揮をして、相手方の事務所を潰し、東奔西走して一番頑張っているのは誰だ?

俺だろう。

それくらい働いてから物を言え!


囃子、その言葉忘れるなよ。

お前達、次の営業成績はもう少し見えるものを持って来い!」


足音も荒々しく社長は秘書である毛利蘭子を連れて、立ち去った。


「はあ~」

何人もの社員から溜息が洩れる。


「作間専務、囃子常務、ありがとうございました」

中卒のアルバイトから幹部にまでのし上がった、如才のない樹下東吉が礼を言う。


「いやいや、古手として当然のこと。

それにしても今日の社長の怒りはすごかったな。

みな、次回はこのままでは不味いぞ」


作間が言うと、フッと笑う男がいる。


「明地、お前何か策があるのか?」

途中入社ながらもその明晰な頭脳で急速な昇進を遂げている明地光夫に、先程の叱責された芝多克則が尋ねる。


「無論です。

私の担当区域の近江坂本では来月からホストクラブと売春組織と貸金を連携させて、若者向けにキャンペーンを行います。

併せて対抗組織アザイへ殴り込みもかけます」


「アザイも地場に根づいて手ごわいのう。

一度はアザイ・アサクラの連合軍を穴川で撃ち破ったのだが、しぶとい。

まずは奴らに拠点を与えているエーザンを潰せねばな。


まあ、明日から頑張るとして今日は気晴らしに外で軽く飲まんか?

ワシはこのまま戻って働く気が起きんぞ」


これも長く務める幹部社員の庭永英の提案に一同は頷き、揃って外に出た。


ここは色々な店が入り交じる激戦区京都。

ノッブの幹部達となれば迂闊な場所には入れない。

京都に詳しい待永寿栄の案内で襤褸そうなバラック建ての店に入る。


「ここなら敵のヒットマンも、社長の目も及びませんからな」

待永の言葉に一同はホッとする。


「爺さん、酒を持ってきてくれ」

爺さんと婆さんの二人だけでやっている店の奥に、さっそく東吉は声をかけて自ら酒を運ぶ。


「それにしてもうちの組長、いや社長はキツイのう。

尾張と美濃で止まってくれていれば、ここまで酷使もされなかったのだが。

明地、お前が暗殺された畿内知事の弟の葦加賀一門なぞ連れてきて、京都行きを勧めるからじゃ。

クソッ」


先程叱責された芝多が嘆く。


「吉秋様が無事に畿内知事を継いだおかげで、その権威を後ろ盾に物事もうまく進んだと思いますが。


しかし、私もまさかここまでブラック企業とは驚きです。

表では関連会社を経営させられ、裏稼業も任された上に武装までやらされるとは。

いくら出世させてもらっても身体が持ちません。

これならアサクラで閑職にいた方がよかったかもしれません」


明地は伸長に気に入られて外様出身でも今や一番の出世頭。

その分仕事も多く、教養あるインテリぶりを活かして、表では芸能プロダクションや出版関係の社長、裏では怪しい密貿易を行い、荒稼ぎをしている上に、あちこちの紛争にも駆り出されている。


芝多は、土建会社の経営に武闘派として荒仕事になれば最前線に出さされ、始終負傷している。


「まあ、仕事がしんどいのはみんな同じよ。

しかし、この前の越前からの撤退は危なかった。

アザイが裏切って挟み撃ちに遭うところを、明地や東吉は最後まで残ってよう防いだ。

金稼ぎしか能が無いと思ったが、見直したぞ」


作間は酒を呷りながら言う。

彼は事業全体の統率と飲食店やバーなどの経営を任され、それなりに稼いでいるが、伸長からは働きが足りないと思われているようだ。


「いやいや、儂なんぞは学歴もなく出世のためには身体を張るしかありませんからなぁ」


如才なく東吉は作間に酒を注ぎ、他にも杯の空いた者に酒を勧める。

この男は風俗店の経営から賭博、詐欺まで幅広く非合法活動に従事して、グループ一番の稼ぎ手である。


「しかしだ。

こんなに働かされているのに、給与が全然少ないと思わんか。

これだけ勢力圏も広がって相当金回りも良くなっているだろう。

何故儂らに回ってこない!

俺は敵の事務所を潰して組長のタマを取ったが、与えられたのは社長の着けていた腕時計だけだぞ」


酔いが回ったのか、そう管を巻き出したのは真栄田である。

この男は荒仕事専門に見えて、意外と金に細かく、貸金関係に使われている。


「それならまだいいでしょう。

私はよくわからない茶碗を一つです。

良い茶碗だぞと勿体をつけられましたが、それよりも現金か権益を貰いたかった」


嘆くのは食料品を扱う庭。この男、温厚に見えて争いごとも得手である。


「茶碗はいいものですよ。

私は多少の権益よりも茶碗がいいですな」


これは流れ者から拾われた多岐川数正。

諜報活動や破壊工作の担当だ。


「皆さん、この東吉よりよろしかろう。

私は美濃の敵勢力の真ん中に一夜で事務所を立ち上げましたが、褒美はと言うと、よくやった、更に励めのお言葉一つです」


剽げた東吉の言葉に一同から笑いが起こる。

それが収まったところで長老格からまとめが入った。


「仕方がない。

今、社長は稼いだ金で人を雇い、新規投資して更に勢力を拡大しているのじゃ。

天下を取れば、幹部の儂らもたっぷりと報酬をもらえるはず。

それまで辛抱して働こうぞ」


これは常務の囃子である。

彼は経理や総務を担当し、表裏とも巨大グループとなったノッブ組の運営を、社長の無理難題に応えながらなんとか回している。


「将来はともかく、近いところではエーザンの対策が問題です。

宗教法人は世論や警察の目もあり、なかなか手を出しにくいですが、あそこを叩かねばアサクラ・アザイ連合は安泰なまま。

社長はどうされるつもりですかね」


途中入社組の待永が尋ねる。

この男は大和や京都に既に持っていた地盤を手土産にグループに幹部として入ってきた。

何度も組織を変える油断のならない男だが、その一方で頭も切れ、文化的な素養もあり、人脈も多彩で社長に気に入られている。


「さあな。

社長の考えは儂らにはわからん。

突然に指示が来るから、それまでは与えられた仕事を120%こなすことだ。

いいか、社長の指示通りでなく、それを超える働きが必要だからな」


長年仕えてきた作間が投げやり気味に言い、会はお開きとなる。


ノッブ組に託した己の明日を掴むためには、社長の意に沿うように成果を出すしかない。


社長の叱責を思うと、酔いも醒め、皆、明日からの仕事の段取りで頭が一杯になった。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------書店で『居酒屋のぶ』というタイトルを見て、信長が転生して居酒屋の店長になったのか、さぞやブラック企業だろうなと思って手に取ると全然違ったお話でした。


でも、その想像が面白かったのでちょっと書いてみました。

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