無職義務

5,000

 

夏。

世間の普通の人間は日の光に晒されながら世界を謳歌しているころだろうが俺は違う。今日も日差しを締め切った暗い部屋でブルーライトを拝んでいる。俺は俗に云うニートというやつだ。苦学の末、某有名会社の内定を獲得したは良いものの学生時代のコミュニケーションを投げ売ってきた俺が社会の落ちこぼれと気づくのにそう時間はかからなかった。学生は学業の成績で居場所を作り出せる。しかし成績さえも出せない俺の居場所などどこにもなかった。俺は会社を辞め、ヒキニートになるまでそう時間はかからなかった。親のすねをかじり、ソシャゲのランク上げにいそしみ、飽きたらSNSを荒らす。そんな日々がどれほど続いただろうか。この生活を抜け出す勇気はない。が、いつかは親も死ぬ。そうなったとき俺はどうなるのだろう。柄にもなく「将来について」なんて青臭いことを考えてみたが、当然結論は出ず、出すつもりもなく、今日もただただ自堕落にSNSを開いた。

いつものようにSNSを荒らしていると、ふとトレンドに「無職義務成立」という言葉を見つけた。この国はついに無職に対して牙をむいたのか、と陰鬱な気分になったが、少し気になったので検索してみることにした。

「政府が昨年行った、”選択制労働義務”の憲法改正、並びにそれに改正に準ずる法律が本日より施行されます。今回の改正では、労働能力があるにも関わらず、労働に準じていない20歳以上の国民(ただし学生は除く)に対し、”労働の義務、または特別義務の選択”を求めています。

特別義務とは

壱、本義務は労働の義務を履行しない国民に対し課される義務である。

弐、本義務対象者には労働の義務は課さない。

参、本義務は社会的価値があると判断された国民が不慮の事態により死亡する場合に、代替して本義務対象者が死亡するものである。

肆、本義務対象者には毎月30万円を支給するものとする。

この4つが大まかな内容であり、これに準じた各法律も本日より施行開始とのことです。これに対し政府は....」

読み終わった俺は呆然とした。この憲法改正はとどのつまり「働かないのなら価値ある人間のために死ね」ということだ。だがその代わりに毎月30万の支給が得られる。ひと月30万もらえるのならそこらのサラリーマンや公務員の初任給よりも普通に多い。死を肩代わりする代わりに、生活の補償は国がしてくれるということだ。労働の義務を果たさないもののための義務。つまり”無職義務”ということか。

こんなものは悩むまでもない。俺はもちろん”特別義務”を選択することにした。そもそも誰かの代わりだろうと、代わりでなかろうと人がいつ死ぬかはわからない。状況が変わらないのに働く理由なんてない。ただで飯を食いながら半永久的に働かずにすごせるのならそんなに素晴らしいことはないだろう。

俺は申請の方法などを細かく調べ書類を作り、数年ぶりに部屋の外に出た。意気揚々と役所に向かい、申請を済ませた。

「特別義務は申請直後からに用されます。そのため30万円は本日お振込みいたします。来月以降の支給は同日に行われることになります。本日は7日ですので今後のお振込みはすべて毎月7日に行われるという形になりますね」

役所の姉ちゃんが丁寧に対応してくれた。

「そしてこれが最後のご確認になりますが、特別義務適応者は今後労働の義務に変更することはできません。同意されるようでしたらこちらの書類に朱印とサインをお願いします。」

そもそも変えようなんて思わない。二度と働かなくていい。降って湧いた幸福を自ら手放すなんてありえないだろう。

何の迷いもなくサインし、俺は晴れて「特別義務対象者」通称”無職義務持ち”になった。

その日から俺の悠々自適な生活が始まった。今までは親から無職であることに文句を言われていたが、家に家賃兼食事代として5万を入れるようになってからは何も言われなくなった。俺は今までやっていたソシャゲにますます力を入れ、いつしかソシャゲの有名Topプレイヤーになっていた。

ある日、いつものようにソシャゲにいそしんでいると、SNSにDMが届いた。有名になってからはこんな事ざらにあったが、なんとソシャゲの公式アカウントから「公式イベントにゲストとして参加してほしい」という依頼だった。

俺は興奮した。ついに公式に認められるほどの有名強者になったのか。もちろん二つ返事で了承した俺は、イベントのためキャラの調整を重ねた。当日のイベントでは俺は運営側の人間との対戦を行い、勝てば限定スキンが与えられるというものだ。

そして当日。会場には多くの人間が集まっていた。俺は緊張しながらもステージの対戦テーブルに立ち、これから行われるであろう熱き戦いに期待を膨らませていた。「絶対に勝つ」そう意気込んだその時、

観客席がざわつきだした。気になって観客席のほうを見てみると、最前列の男が倒れている。周りの人間が声をかけるが男に反応はない。しばらくして救急車が到着したのか救急隊員らしき人たちが男を担架に乗せて連れて行った。イベントに多少の遅れは出たものの、その後のイベントは滞りなく進んだ。俺は無事勝利し、限定スキンを手に入れた。

イベント終了後、俺はふとスタッフの人間に声をかけた。

「そういえばあの倒れた男の人大丈夫ですかね」

するとスタッフの人は笑いながらこう返した。

「あぁ、あの人はもう死んでますよ」

不謹慎にも程がないか?と思ったがそれ以上になぜそんなことが分かるのか気になった。

「おっしゃっている意味がよくわかりませんが...」

「あぁすいません。アイツは僕の知り合いなんですけど無職義務持ちなんですよ。いやー働きもせず税金食いつぶしていつ人のためになるのかと思ってましたけどやっと死にました。」

背筋が寒くなった。もちろん自分も無職義務持ちだから、ということもある。だがそれ以上に周りの人間から「早く死ね」と思われていると考えると。

「俺らの税金がただ食いされてると思ってましたけど、アイツも誰かの命になったんですよね~。最期に誰かのためになれてよかったと思いますよ。今までさんざん迷惑かけてきたんだから。あ、そういえば無職義務持ちって死んだ後も臓器とか全部取られるらしいですよ。まぁアイツにまともな臓器があるとは...」

その日はうまく寝付けなかった。限定スキンが手に入ったというのにそのことも素直に喜べなかった。

「いつ死ぬかはわからない」

そう言ってみたものの実際目の当たりにしてしまえばこうも違うのか。


その日から俺は寂しさを紛らわすように病的なまでに通話をするようになった。有名強者になってからはSNSでのつながりも増え、通話相手を確保するのも学生時代に比べればはるかに簡単だった。知り合いの予定が合わずとも配信をすれば多くの人間が覗きに来る。自分が生きている、求められているという実感が欲しかった。

通話や配信をするようになってから1年ほどが経ったある日、SNSで仲良くなった女の子と会うことになった。無職義務持ちになる前は女の子と話をするなんてことは天地がひっくり返ってもあり得なかったが、人と話す機会が増え、必然的にコミュニケーション能力も上がっていた。

待ち合わせしたカフェに一足早く着いた俺はそわそわと髪を確認したり、身なりを整えたり、落ち着きのない行動を繰り返した。なんせ初めてのデートだ。緊張しないわけがない。

そわそわとしていると目の前から声がかかった。

「すいません。私...」

顔を上げるとそこにはアイドルのようにかわいらしい子がいた。

「え、あ、どうも...」

しどろもどろにあいさつを交わし、お互いに少し頬を染めながら会話した。

カフェで軽食を済ませ、決めていたデートコースを二人でゆっくり回った。時間がたつにつれ、二人の緊張はほぐれ、距離も縮まっていった。

あっという間に時間が過ぎ、すっかり夜も更けた。

「あの...こんな楽しいの久しぶりでした」

「僕もだよ。今日はありがとう」

お互いの連絡先を交換し、次に会う日を決めた。こんなにも幸福な気持ちは人生で初めてだった。

「じゃあ、また会いましょう!」

そう言って彼女は横断歩道に足を踏み入れた。


が、


彼女の体は信号無視で突っ込んできたトラックによって吹き飛んだ。

地面に打ちつけられる彼女の体。

飛び散る鮮血。

お互いの幸福は一台のトラックによって破壊された。

すぐに救急車を呼び、必死に彼女の手を握りながら神に祈った。

だが神は笑わなかった。いや、嘲笑った。あわただしい救急車の中で唯一彼女の生存を知らせていた規則的な音が、急に平坦な音になった。


彼女の心臓は、止まった。


救急隊員が必死に蘇生措置を試みる中、俺はただただ彼女の名前を呼んでいた。そうすれば振り向いてくれる気がして、そうすればまた笑ってくれる気がして。

必死の蘇生措置もむなしく、病院では「死亡」と、診断された。

俺は悲しみに打ちひしがれていた。

なぜ彼女がこんな目にあうのか彼女は無職義務持ちでもない。彼女が死んでいい理由なんてあるはずもな...

...

....

待てよ

俺は一つ思いだした。震える手で携帯の番号を押した。

コール音がなる。一回一回が果てしなく長く感じる。

三回ほどのコールでガチャリと音がした

「もしもし、こちら特別義務お問い合わせセンターです」

「おい、聞こえてるか?!彼女を!特別義務を使って彼女を生き返らせてくれ!」「落ち着いてください。何があったのか順序を追って説明してください」

電話先の女に俺は焦りながらも現状を伝えた

「つまり、その亡くなって彼女様のために特別義務対象者の義務を履行させてほしい、とのお問い合わせでしょうか?」

「そうだ、彼女を救ってくれ!」

これが頼みの綱だった。死んだ人間の死を肩代わりする、これがこの義務の本質のはずだ。ならば彼女を生き返らせれるは...

「申し訳ありませんがそれはできません」

…は?

「本義務は”社会的価値があると判断された国民”に対して特別義務対象者が命の肩代わりをする、というものです。残念ながら彼女様に適応されておりません。適応されていれば死亡したその瞬間にその死が肩代わりされます。」

「なら俺の義務を使わせろ!俺は特別義務対象者だ!俺の命を彼女に...」

「それもできません。この義務はあくまで”国民の義務”です。あなたの個人的意思で行使されうるものではございません」

その言葉を最後に電話は切れた。ツー、ツー、というむなしい音だけが待合室に響き渡る。

どれほどそうしていただろうか。俺はいつの間にか屋上へと歩みを進めていた。

彼女がいない世界で生きる意味なんてない

彼女がいない世界で俺が求められることなんてない


ならば自分で終わらせよう。

屋上の扉を開ける。夜風が涙を伝った頬を撫でる。



さようなら



今行くよ



俺は夜空に身を投げ出した。急降下する体と裏腹に心は高揚していた。

強い衝撃とともに、俺は意識を失った

...

...

...

...

...

...

...

...おい...

誰だ...?俺は死んだのか...?

...おい兄ちゃん...

ここは地獄なのか?それとも天国か?

...おい兄ちゃん起きろ...

近くに彼女はいないのか...?というかあんたは誰だ...?

「おい兄ちゃん起きろ!酔っぱらってんのか知らねぇがこんなところで寝てたら風邪ひくぞ!」

男の怒鳴り声で俺は飛び起きた。

「ったく、人に迷惑かけんなよ」

男はそう言って立ち去って行った。

少し痛む頭を押さえながら頭を上げたそこにはふざけた光景が広がっていた

俺が飛び降りたはずの病院、それが目の前に広がっている。あの高さで頭から落ちて助かるわけがない。だが俺は生きている。

どうなっている。

混乱する俺の耳にふと電光掲示板に映し出された総理の演説が流れ込んできた。


「特別義務対象者の中には、いつ迎えるか分からない死への恐怖から自ら命を絶とうとする方が多くいらっしゃいます。しかし特別義務対象者が自殺してしまうと、彼らが義務を果たす機会がなくなってしまいます。この問題は法制定前から議論されてきた問題点であります。そのためこの法では彼らが自殺した場合にその他の特別義務対象者が死亡するようにすることで義務の履行がなされるように...」

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無職義務 5,000 @yoiniyo

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