予期せぬ驚き

「どうして、、どうしてお前が”転送魔法”を、、、、?」


ワゾルフはもはや動揺を隠すこともしないで、そう言った。

それほどにも私の行動は驚かせてしまったのか。


ただ、今の私はそんなことを気にしている場合じゃない。

絶対に動かさなくちゃいけない、“椅子”があるんだ。


私はワゾルフを振り向きもせずに、胸に抱えた小壺のふたを開ける。

中を覗くと、その白い水面が揺れているのが見えた。


私は小壺を口に運び、ゆっくり傾ける。


濃厚なのどごしを感じる。

そう、私はさっき習得できた“幻蛍リュシオル”という魔法を使って市場まで行き、一瞬の間で“この飲み物”を手に入れて、帰ってきたのだ。


私の目的はこの牛乳だった。


ふぅ、起きてからまだなんにも飲んでなかったから、生き返った~。


一気に半分近くは飲み干してしまったことにやや後悔するも、それ以上に

体に流れてくる潤いの牛乳に私は満足する。


そう、私は、食べるクロワッサンの数が増えるにつれ、そののどの渇きに困っていた。

それに、この酒場で、お母さんとお父さんと一緒に少しでも長く一緒にいるために、この魔法を習得できたことはこれ以上ないほど好都合だった。これで、酒場からワゾルフの領地までの毎日の移動だって、全く無理とは言えなくなったんじゃないかな。


私のエネルギーの源はお母さんとお父さんの作る料理だ。

そもそも、それなしに、どんな魔法を身につけるための鍛錬も私には乗り越えられるとは思えなかったし。


喉の渇きも癒え、私はいよいよクロワッサンを平らげにかかることにした。


ううん、美味しい、、。


こんな至福な味とももうそろそろお別れしないといけないと思うと

名残惜しかった。


私はバスケットに残った二つのクロワッサンを見て、そんな気持ちになった。


自分の言葉はお構いなしにクロワッサンを食べ続ける私に、

すっかり動転した調子のワゾルフがしきりに私に話しかけてくる。


「お、おい、お前どこでそんな“高等魔法”を、、?ありえない、その年で習得している奴なんて見たことも聞いたこともない、、!」


私はそんなワゾルフを無視して、クロワッサンに集中する。

次、いつ食べられるかもわからないこの“王宮クロワッサン”を

味わいそびれないように一生懸命にその味を脳裏に焼き付けるつもりだ。


「お前、いったい何者なんだ?!」


さらにワゾルフはヒートアップする。


うるさいなぁ。

ちょっと待ってなよ、いまお望みどおりに椅子引いて見せるから。


私はとうとう残り一つとなったクロワッサンを口にする。


ワゾルフはまったく反応がない私をよそに、パニックになったようにまくし立てる。


「あぁわかった!そうだ、やっぱりお前は“堕落貴族”の子だ!そうに違いない!どういうわけかお前は捨てられ、この酒場の夫婦に拾われたんだ!そうだ、ありえない!そうじゃないと説明がつかないんだ!」


あーうるさい。

食べ終わったよ。


うしろにパニクった男がやーやー言っていたせいで、せっかくの最後のひとつが満足に味わえなかった。


そこでやっと私はワゾルフに向かい合って言ってやった。


「今から椅子動かすから待っててください!」


するとワゾルフは私に見つめられてビクっとおびえた。

すっかり取り乱した顔をしている。


その顔のままワゾルフは震える声で言った。


「いい、、、もう、、、。とにかくお前には“魔法の話”をしよう。ついてきてくれ。お前にはぜひとも生き残ってもらわないといけない。」





(つづく)














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