椅子を動かせたら

私は、少し時間をおいて、再び“至福の時”を迎えていた。


口に頬張ったクロワッサンが軽快な音を立てて、さらに楽しい食感を演出してくれる。


はぁ~美味しすぎる!


バスケットの中にふと目をやる。あと何個残っているだろう。

四つ?五つ?どっちにせよ、そもそも数なんてどうでもよかった。

そんなこと気にならないくらいに、とにかく“王宮クロワッサン”が美味しかった。


クロワッサンを堪能している私をよそに、ワゾルフとお父さん達はなにやら話していた。


口火を切ったのはワゾルフだ。


「この子供はうちで預からしてもらう。調査隊の次回派遣はおそらく十日後。団長には、私たちが引き取る旨は伝えている。王城の牢獄に監禁する手もあったが、なるべく魔団以外の者たちの目に触れさせたくないのも事実だ。」


ワゾルフの言葉にお母さんが反応する。


「そんな、、、。せめて、この十日間くらいは一緒にいさせてくれないの、、、?」


いつもは明るく気丈にふるまっているお母さんもさっきからすっかり不安がっている。私は一瞬、お母さんを見る。明らかな不安感が顔に出ている。あんな取り乱しているお母さんを見るのは初めてだ。


「それは無理だ。その子供は魔法の制御がまるで出来ていない。全くの素人だな。

誰にも教わっていないというのもどうやら本当なのかもしれない。」


そう言ったワゾルフに今度はお父さんが言う。


「そうだ、だから言っているじゃないか!ゴチは突然魔法を使い出したんだ、、、。そもそも魔境ダンジョンなんて危険な場所で使いきれるかわからないっ!」


自然とお父さんの声量も大きくなっている。


「だからうちで預かるといっているんだ。もう“出発”まで十日しかない。

魔境ダンジョンのレベルによってはいきなり凶悪な魔物モンスターと戦わないといけないかもしれない。そんな時になんの鍛錬もしていない“ガキ”が戦おうとしても歯が立たない。」


「ガキ?」


お母さんが低い声を尖らせて言う。


「、、、その“子供”は自分の力を上手く使いこなし、仲間の兵士たちと上手く魔物モンスター達と交戦しなければならない。鍛錬は私の領地で行わせてもらおう。それも、ここからじゃかなり距離がある。毎日ここまで送迎、などやっている時間はない。」


ワゾルフは「ガキ」という言葉をすぐに訂正しては、さらにそう説明した。


「そ、そんな、、、。ゴチ、、。」


お母さんが今にも泣きわめきだしそうな声を出して言う。


お母さん、、、。私のことは心配しないで、、、

そんなことより私は、、、


「ああああ、、ああぁ。十日後にゴチは本当に旅立ってしまうというのか、、、?

それも、俺らの元にはもういられないって、、、?」


お父さんは早くも膝から崩れ落ち、“泣き崩れる”のうちの“崩れる”だけをやってのけている。


お父さん、、。お母さん、、、。

私、二人のいない人生なんて考えられない、、、

もっと言えば、“二人のつくるご飯”がない人生なんて、、、、


死んだほうがましだ、、、、、。



私は本気でそう思った。

そう思ったとたん、クロワッサンもうまく飲み込めない。私は口を動かすのも

ゆっくりと減速させ、止める。


決めた。私、、、絶対に動かしてやる、、、。

見てて、、私このクロワッサンを食べきって、絶対、“椅子”引いて見せるから、、、!

使う、一個前のクロワッサンのおかげで習得したこの魔法!


(“☒☒☒☒☒☒☒☒”!!)


私はその魔法を詠唱となえた。

視界が青くまぶしい光につつまれ、意識が飛ぶ。



確か、、あのへんに売ってたよな、、、。

あ、あれだ!




、、、良かった。事情を説明したら売ってもらえた、、、

お金、ちゃんと後で払いにこないとな。



よし、、魔力もまだ余ってるんだね、、?


ふうぅ、もう一度、、!


私は息を整え再びその魔法を詠唱となえた



(”☒☒☒☒☒☒☒☒”!)




青い光が徐々に立ち消え、視界が鮮明になる。

戻ってこれた。馴染み深き酒場マイホーム


私は覚えたてホヤホヤの魔法もどうやら無事に使えたみたいで安心した。

それも二回もだ。


戻ってきた地点もちゃんと”魔法”を使う前とぴったり同じ場所だった。

そして私は、自分が抱きかかえるものもしっかりと確認する。


私の胸には、茶色く小さな壺が抱えられていた。

私の目的はこの中に入っている”液体”なんだ。


やろうと思ったことがうまくいって、一人ほっと安堵する私に、

後ろから、ワゾルフが話しかける。


「お、おまえ今何を、、、。」


かなり驚いた声だった。

ふと私は我に返り、慌てて顔を上げる。


ヨーシャさんも、お父さんも、お母さんも驚いた顔をしている。

なにか言いたげながらも、なんと言っていいかわからないという顔だ。


そして私はぐるっと後ろを体ごと振り返り、ワゾルフを見た。

ワゾルフも三人と同様に、ただ驚いたように顔が固まっている。


あわあわと小刻みに唇を震えさせていたワゾルフは言った。


「どうして、、どうしてお前が”転送魔法”を、、、、?」
















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