第2話:恋慕
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センチメンタルな女は嫌いだ。悲劇のヒロインかよとつい突っ込んでしまうのは嫌悪の表れに他ならない。そして今、私はそんな悲劇のヒロインを気取ってパソコンに向かっている。
「藤島ー、内線2番ー!」
「はーい!」
隣の島から声をかけられて電話に出た。猛アタックし続けている企業からの折り返しだ。
「お電話変わりました、藤島です。お世話になっております。」
いつからだろう、声に気力がなくなってしまったのは。もう少しハキハキ話せていた気がするんだけどな。これも私が大人になった証拠なんだろうか。
「そうですか…。またご連絡させていただきますね。はい、失礼致します。」
受話器を下ろしながらつい鼻から溜め息が漏れた。インサイド営業なんて断られる方が多いのに、いちいちショックを受けてどうする。通話の履歴をメモに残しながら自分を叱咤する。企業相手とあって無碍にされないだけまだマシだ。これが個人相手だったらもっと酷かったかもしれない。
「元気ねぇじゃん。」
顔をそちらに向けずとも相手が誰か分かってしまって、分かりやすく顔を顰める。今は相手をする気分ではない。けれど向こうは私に用でもあるのかそこを動こうとしない。定時前、用事を持ってくるには遅すぎる時間だ。
「…何ですか。」
やっと少しだけ顔をそちらに向けると、机に寄りかかった紫田さんは苦笑した。
「お前目の下クマやばいぞ。」
「余計なお世話です。ってか何の用ですか。」
こちらは只今書き入れ時である。需要が高まる時期には競合と顧客戦争になる。そんな時には一刻も早く先方にアプローチする他ない。時間との戦いなのだ。
「いつも言ってるけど、根詰めすぎんなよ。」
そう言って何かで私の頭を叩き、それを机に置く。驚いて叩かれた場所を抑えながらそちらを見るとチョコレート菓子が置かれていた。
「差し入れ。」
「…どーも。」
「ふは、生意気ー。」
そう笑って紫田さんは自分の席に戻って行った。…わざわざこれを渡しに来てくれたんだろうか。わざわざ、私のために買って来てくれたんだろうか。ハッと我に返って頭を振る。いけない。紫田さんと寝て以来やたらとセンチメンタルになってしまう。私は鞄の中の携帯式シーシャを引っ掴むと勢い良く席を立った。
喫煙室に入ると先客がいた。何となく会釈を交わして離れた場所を陣取る。非喫煙者に分類されてしまう私にはこの密閉空間は臭くてたまらない。年季が入っている分尚更だ。顔を顰めたまま煙を吐き出すと部屋の中が白く染まる。
「うわ、甘い。」
そんな声にハッとして吸い込もうと口に含んだシーシャの先端から口を離した。勢い良くそちらを振り返ると先程会釈した男性社員がモロにやってしまったという顔をしていた。
「あ〜、ごめんね。嗅ぎ慣れない匂いでつい…。」
「いえ…。」
シーシャは煙草より遥かに香りが強い、仕方がない。私は慌ててシーシャの口を拭うとキャップをはめてポケットに仕舞う。部屋を出ようとその社員の横を通り過ぎようとすると、それを制止された。
「ごめんね。俺もう出るから、君残りなよ。」
困った顔で笑うと、彼は自分の吸っていた電子タバコを捨てて私の横を通り過ぎて出て行った。私は彼が立っていた場所に立つとそのままシーシャを少し吹かしてから席に戻った。
それから何度か喫煙室でその男性社員と会うようになり、やがて言葉を交わすようになった。
「ね、今度ご飯でも行こうよ。」
「え。」
「ゆっくり話してみたいなって。どう?」
「はぁ…。」
もしかしなくても、これは…デートのお誘いでしょうか?
次の更新予定
2024年6月28日 20:00
愛がないくせに独占欲の花を咲かせないで 弥生あやね @yayoi_ayane_96
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