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 堪らず身を捩るとあっさりと枕を奪われてしまう。咄嗟に顔を隠すと今度は体の方が無防備になってしまった。顔を隠すか体を隠すか。そんなのは一択だ。



「んぅっ…!」

「藤島はどこも敏感だな。」

「何、言って! んん!」



 必死に声を抑えるも鼻からくぐもった声が抜けてしまう。敏感も何も、普段人に触られないところを触られて無でいられるわけがない。ただその相手が紫田さんだっただけだ。別に紫田さんが特別なんじゃない。

 手の甲で必死に唇を塞いでキツく瞼を閉じる。あられもない声が漏れるのもそれを聞かれるのも堪らなく恥ずかしい。いつもと違う表情を見られるのも恥ずかしいし、紫田さんの手を見ることすら恥ずかしい。だから紫田さんの顔なんてとてもじゃないが見れない。

 そんな私の心中を知ってか知らずか、紫田さんは私の指に自分の指を絡めると優しく握り込んだ。余裕がない私は碌に抵抗もできなくて、されるがままに必死に塞いでいた唇を紫田さんの眼前に晒した。優しく唇を啄まれて吐息まで震えてしまう。狡い。そんなに優しくキスしないで。


 触れてくる手が心地良くてされるがままになってしまう。簡単に暴かれて翻弄されて、そして紫田さんに貫かれる。思わず手を伸ばして紫田さんの肩に触れた時に気付いた。私か触れたのはそれが初めてだったことに。伸びた爪で引っ掻いてしまわないよう指先を咄嗟に握り込んだ。



「んんぅ!」



 最初から激しく揺さぶられて興奮してしまう。こういう状況に興奮するのは男も女も一緒なのだ。あまりの激しさに口を塞いでいられなくて声が漏れる。



「は、あ! あっ、ぅん…!」



 何だか安心する。ずっとこのまま揺さぶられていたい。相変わらず瞼はキツく閉じたままだし、隠せなくなった代わりに顔を必死に逸らす。そこに通い合う心などなくても、身体が繋がっているという事実だけで十分心地良い。ああ、私ずっと寂しかったんだ。改めて実感して少しだけ涙が零れた。


 *


 何事もなかったかのようにホテルを出て、そのまま駅で解散した。朝ご飯を食べ損ねた胃が食べ物を要求しているが、何となくそんな気分にはなれなかった。もう昼ご飯の時間だ。

 朝っぱらからヤるだけヤって、少し草臥れた体で帰路に着く。食事すら一緒にしないのだ、もちろんピロートークもなしだ。あまりに欲に忠実で、いっそ事務的にすら思えてきて笑える。


 --ああ、虚しい。


 好きな人とじゃなくてもセックスってできるんだ。そんな太古の昔から分かりきったことを実感を伴って理解する。好きじゃなくてもある程度気持ち良いし、濡れるものなんだ。きっと皆こうして経験を重ねて大人になるんだ。車窓から流れる景色を眺めてそんな考えに耽る。移り変わる景色を眺めているとセンチメンタルになるのも、昔からのお決まりなんだろうか。つい俯瞰しながらも考えることは止められなかった。


 相手が彼氏のとき、決まって私はイっていた。それがどうだ、今回はその予兆すらなかった。『なくても意外と大丈夫』と評した好きは、私の場合ここでネックになるらしい。技術は気持ちの代わりになるんだろうか。

 そんな機械みたいなことを考えながら行為を振り返って、ジワジワと大切なことに気が付いてしまった。ほとんどキス、してない。触れるだけのキスだけだった。抱き合うことも、会話することも、名前を呼び合うことももちろんなかった。互いの気持ちのいいところを探すこともなく、私はただ固まったままで紫田さんはただ欲を満たす動きをしただけだった。そこに紫田さんからの気持ちがなかったことを実感しなくていい。そんなことで寂しくなったりなんてしなくていい。…そういえば私も、最中に一度も紫田さんの顔を見なかったな。シャツを脱ぎながらそんなことに気が付く。なんだ、私も同じじゃん。そう思いながら鏡に写る自分を見て驚いた。



「え…? これ…。」



 胸元に真っ赤なキスマークがついていた。一つじゃない。よく見れば背中にもそれは及んでいて、ついつい数えると7個もあった。付き合ってない女に、あんな風に抱いてしまえる女につけるキスマークに一体何の意味があるのだろうか。


 この人はどんなセックスをするんだろう。そんな高校生みたいな好奇心に負けた昨日の自分を恨む。これが大人だというのなら、私はまだ子どものままでいたかった。

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