3

 シャワーを済ませて部屋に戻ると、紫田さんはすでに眠りについていた。なんて虚しい。首にかけていたタオルで濡れたままの髪をギュッと握り込んだ。いや、寝ていてくれてよかった。きっと紫田さんのことだ、目を見ただけて泣いていたことなど看破しただろう。

 涼むついでにソファに座ってその寝顔を眺める。整った綺麗な顔だ。見事に寝息を立てていて、まるで意識されていないことを痛感してしまう。かといって起きて待っていてほしかったかと言えばそれも違うような気がする。…我が儘なものだ。いつの間にか汗が引いたことに気がついて髪を乾かしに洗面台へと戻った。

 髪を乾かして部屋に戻っても紫田さんは相変わらず寝息を立てていて、複雑な気持ちで布団に潜り込んでそのまま眠りに就いた。


 *


 目を覚ましても紫田さんは寝息を立てていて、何なら昨晩よりも穏やかな表情をしていた。スマホで時間を確認するも3時間程度しか経っていない。けれど何だか目が覚めてしまって二度寝は難しそうだ。ゴロゴロするのにも飽きてソファに移動して遠慮なくスマホをいじることにした。紫田さんが目を覚ましたのはそれから2時間程経ってからだった。

 トイレに行って部屋に戻ると紫田さんがベッドの上でスマホを見ていた。やっと起きたのか。そう思った瞬間、顔を上げた紫田さんと目が合った。



「おはようございます。」



 思ったより普通にできるもんだな。少し緊張しながら発した声はいつもと変わりなかった。



「…おはよ。」



 なんかボンヤリしてるな。不思議に思いながらベッドに腰掛けると紫田さんがポツリと言った。



「帰ったのかと思った。」

「あ〜…、まぁ、それも考えましたけど…。」



 私が起きた段階で始発電車は動き始めていた。紫田さんの寝顔を眺めながら起きた彼とのやり取りを少し想像したら、途端に面倒臭くなってしまってさっさと帰ろうかと思った。けれど逆の立場だったらと思うとそんなことは到底できなかった。ヤリ捨てだと思われるに違いない。…が、2時間暇だったのだからそんな考えに至ったことは許してほしい。紫田さんは「そっか」とだけ言うとスマホに視線を戻した。


 あれ、なんで私ベッドに戻って来たんだろう。ソファに戻ればよかったのに。この微妙な距離が心地悪い。…本音を言えば、やっと起きたんなら少しは構ってほしい。別にイチャイチャしたいわけじゃない。会話をしたいわけでもない。ただその体温を感じたいだけだ。…が、そんなことを言えるような女ならきっと昨日の段階で言っている。

 抱き締めてほしい? ぎゅーしてほしい? どちらもとても言えない。背中にくっつきに行くには、なぜかこちらを向いてスマホをいじっているから行きにくい。紫田さんに背中を向けたままあれこれ考えたものの、どれも私にはハードルが高かった。結局私は枕を抱き抱えると胡座をかく紫田さんの膝の上に勢い良く頭を乗せて言った。



「膝、貸してください。」



 必死に考えた苦肉の策だ。緊張と恥ずかしさで強張る体に気付かないフリをして顔を枕に押し付けて隠した。このまま少し微睡みたい。ただそれだけだった。



「甘えん坊?」



 頭の上からそう聞こえてきた。言い方に笑いは含まれていたが、甘さは含まれていなかった。馬鹿にされるに決まってる。私は無視を決め込んでただ枕を抱く腕に力を込めた。すると不意に耳をくすぐられた。



「ちょ!」



 驚いて思わず枕から顔を離してしまった。



「やめっ…。」



 するりと入り込んできた手が耳に加えて下顎や首筋、鎖骨周りを撫でる。くすぐったい。



「紫田、さ…!」

「藤島この辺弱いよね。」



 なんて言いながら緩やかに指を這わせる。ゾワゾワして力が抜けてしまう。



「ふ、ぅんっ…!」



 やだ、変な声出る。恥ずかしい。ギュッと目を瞑ってしまえば、そこからは完全に紫田さんのペースだった。

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