パラソルとサイダー

 数日後 昼


 志村と蘭野、そして周防は、この前と同様の公園の前で合流していた。


 「…成る程、『雷々々凛』か。ちょっと知らない子だな。それに『ロキ』…志村クンよく逃げ切れたね〜」


 蘭野は相も変わらず軽いノリで話を締め括った。


 「『よく逃げ切れたなね〜』じゃねえですよ!!鬼畜極まりない六感でしたからね!?」


 「ウン、すまんねそこは本当に」


 蘭野は良く手入れしている明るい茶色気味の髪を撫でる様に掻きながら謝り、そして「まあでも」と会話を延伸する。


 「お陰様で『ロキ』の性質がいくらか分かった。執拗に追撃してこない辺り、使用制限があるか何かで、長期戦には応えられない六感なのだろう。そして昼間に俺らを襲撃してこないと言うことは、夜間しか使えないとかそんな感じだろう…ロックンロールと言えば夜だからなあ」


 蘭野は立板にウォータースライダーと言った感じでスラスラと分析する。志村は「(最後のは思いっきり偏見じゃないだろうか…)」と思いつつ相変わらずの分析力の高さに感心した。

 

 「それでも、夜間に襲撃して来たらどうやって対処しますか?」


 志村はそこが気になって質問する事にした。


 「大丈夫ダイジョーブ、俺の『シャルル』なら問題ないか攻撃が入る可能性が高いし、仮に夜間での勝負がキツかったら。周防さんに頼んで逃げれるしね」


 周防は死んだ目をしながら頷いていた。志村にはそれが何となく


 「戦闘中に林檎食べるのは無理があるでしょう…」


 という表情に見えた。少し考えたら蘭野もそれを察したらしく、若干苦笑いをしながら話を進める。


 「…コヤちゃん帰って来てくれればな〜…大分楽なんだけども。」


 志村はそれに対して


 「他に頼れる方いないんですか?」


 と尋ねてみる、蘭野はまたも苦笑い気味に


 「そうポンポンといるものじゃ無いんだよー六感使える奴は。使える人は大体忙しい。まあ君は引き寄せちゃうからあんまりそんな気がしないだろうけど。勿論同じ人間なんで俺らも拳銃で撃たれたらやられるんだけど、被害が恐ろしい事になるしで…」


 (どんな世界でも働くって大変なんだな…)

志村はそう思った。


 そんな時、蘭野の携帯が鳴った。


 「シツレイ、ん?コヤちゃんからだ」


 もしかしてもう帰ってきてくれるのか?、3人の視線は期待に胸を躍らせて携帯に向かう。

 そして携帯には綺麗な海と自撮りの写真と共にこうあった。


 『美ら海ちゅらうみなう!』


 しかも凄い良い笑顔でピースしながらだった。さらに頭の上にいつもの海軍風帽子ではなく、麦わら帽子を被り、その上にサングラスを載っけていた。


 「「「七星〜〜〜〜ー!!!!」」」


 三人のツッコミの声が重なった。


 「なに(恐らく)仕事片付けた後ちゃっかり全力で観光楽しんでいるんですかあの人!!」


 「…そう言えばコヤちゃん、海大好きだったな…それにしても良い笑顔だね…可愛い」


 「…確かに可愛いですね、こんなに良い笑顔の七星さん見たことない…じゃないですよ!なんか凄い守りたい笑顔ですけど早く帰ってきてもらわないと」


 「いや、もう少し観光写真見たいからしばらく泳がせてみたい…」


 蘭野が半ばボケつつ、半ば本気で呟く。


 「それ文字通りの意味で使う人初めて見ました…」


 そうこうしているともう一枚写真が届いてくる。今度は橙色に染まったマンゴージュースを、パラソルがついたベンチの下で幸福を噛み締めるような笑顔で飲んでいる自撮りと共に。

 

 『マンゴージュースなう!』


 と書いてあった


 「「「荒夜〜〜〜ーーー!!!!」」」


 再び三人のツッコミが重なった。


 「…コヤちゃん、多分仕事のこと完全に忘れてるね…」


 ボケるのをやめ、蘭野は七星に帰京の催促を始める。


 「ナナホシ、モドレ。トウキョウ、タイヘン」


 こんな文を送信する。


 「…なんでモールス信号っぽい文章なんですか」


 既読がついて暫く無反応だったが、やがてもう一枚写真が届く。今度は文面は無かったのだが、90度に深々と帽子を外し、その白色に近い綺麗な髪がひっくり返っていた。そして砂浜に棒で文字を書いており。


 『ごめんなさい、すぐ帰ります…』


 と刻んである。


 「…なんか、申し訳なくなってきましたね…」


 志村がそういうと


 「うん…しかしあくまでも海を楽しんでいるようにも見える…」


 と、蘭野も返した。


 その頃、東京都、御茶ノ水


 とある楽器店があった。名前を『シックス・アンプス』という。


 その裏口から入り、エレベーターを使ったところで、紅髪のパンク少女、雷々々凛がノックをしていた。


 「


 太刀浜が扉越しに尋ねる。どうやら合言葉らしい。


 「


 そう言うと、「ガチャン」と扉が開き、二人が合流した。『シックス・アンプス』地下は薄暗く、配線が大量に絡んでおり、配線に包囲されるようにテーブルが置いてある。この配線群は蛸足になっており、楽器店上部のアンテナに繋がっている。どうやら、監視カメラのジャックや、『六感』使用者の脳波の感知など、色々出来るらしい。

潜水艦の艦内が強いていうなら近いのではないだろうか。


 「なあ、キーロック式とかでもいいはずなんだが、なんで今時合言葉式なんだ?禁酒法時代のバーじゃあるまいし」

 

 太刀浜は純粋な疑問を抱く気分で尋ねる。


 「まさしく、『ソレ』に憧れてんスよ。アタイらのボスは。オールドスタイルがお好きでねぇ…ま、それと単純にキーロックだと解除される可能性があるんでね、一周回ってこっちのが安全だね」


 雷々々は少々楽しそうに解説する。

彼女もこう言うのが好きではあるらしい。


 「ふ〜ん、まあ金さえくれれば俺はなんでもいいや」


 対照的に太刀浜は本当に興味なさげに返した。

 

 「どうしてそんなに金に拘るんだい?」


 今度は雷々々が単純な興味で尋ねる。

太刀浜は少々迷ったが、やがて口を開いて言った。


 「大した理由はないが…強いていうなら、『太刀浜家の再興』って事になるのかなあ?」


 「ほう?」


 こちらは興味を切らさなかった。太刀浜はそれを意外そうな目で見つつ、雷々々になら話しても良いかという感じで会話を続ける。


 「俺のナリからは想像つかんだろうけど、俺の家明治時代は華族に列せられる様な名家でさぁ、戦後になってからも色々やって稼いでたんだけど。

 悪行の限りを尽くして儲けててさ。俺の父の時に遂に焼きが回って捕まっちった。

 俺がほんの幼い時だから当時の雰囲気はわかんないんだけどどうも大事件になったらしくて、そんで印象のせいで俺はまともに就職できなくて。

 力だけはあったからこんなんなっちまった訳よ…全く苗字エルカリで売れないかねえ…」


 太刀浜は普段全く見せないような神妙な顔をしていた。雷々々は、しばらく考え込んでから少し笑って


 「…そうか、そんじゃ、今度の命令も、アタイらで完遂して金貰わねえとな、とがりクン」


 と言う。それを聴いて太刀浜も少しニヤッとした。

 

 「お前、随分気が効くじゃないか。

 気に入ったよ」


 「フフフ、そんじゃ敵同士になったら手加減して下さいね?」


 「前向きに考えてやんよ」


 そんな会話を重ねつつ、二人は本題に入った。

 

 「それで、アタイらで今夜乗り込めってさ」


 「その藤澤とやらを攫いに、ソイツの家にか?」


 「イェス」


 随分と急に指令が来たものだと、太刀浜は返す。


 「ボスももう少し後にするつもりだったらしいんだけどさ、内通の奴の情報で、七星荒夜面倒な奴が出張からカムバックするとか何とかでね、戦力が薄い今攫いに行けばベターなんスよ」


 「成る程ねえ」


 太刀浜は相変わらず仕事内容には興味が薄かった。が、「ところで」と付け足した後に雷々々に質問した。


 「攫ったところで味方してくれるとは思えない訳だが…なんだ?攫った後散々拷問でもするつもりなのか?」


 「………。」


 雷々々はそれを想像し、途端に無言になった。少し申し訳ないと思った太刀浜は、それを考えさせない為に、彼女の手を引っ張るように扉を再び開けて言った。


 「…行くか」


 「あいよ」


 

 

 

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シャーデンフロイデ 然る明朝体 @Damingdynasty

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