第19話  踏切

 踏切の直ぐ角に住んでいる小学校からの友人がおりました。

 小柄で真っ黒に日に焼けていて、勉強もスポーツもかなり苦手でしたが、遊びの天才で、次々と新しい遊びを考え出して来ます。

 

 ただ、その大半が危険を伴う遊びでしたので、たまに一緒に遊んでいると、大人達に見つかり、私も、とばっちりを受ける事もありました。

 彼の家はかなり古い家で、トタン板を屋根にも壁にも打ち付けてあり、真っ黒いペンキで一律に塗られた、小さな家でした。

 板塀で家の南側の道路側が塞がれ、敷地の西角に入口があり、引戸の玄関がありました。

 家の中は八畳ぐらいの一間しかなく、畳の上にビニールの敷物が敷いてありましたが、床が所々ブカブカとしておりました。

 玄関と北側の調理場は土間で、庭は無く、敷地ギリギリ迄建物でしたので、彼の自転車や冷蔵庫や色々な家財道具は玄関の土間に置いてありました。

 板塀と家は、人一人入るのが、やっとぐらいの隙間しかなく、ゴミやら雑誌やら、何だか滅茶苦茶に置いてありました。

 敷地の東側は直ぐにコンクリート製の壁で塞がっていて、その外側は鉄道が通っておりました。

 彼の家の東南の角が踏切になっているのでした。

 家の前の道は小さい道で車がすれ違う事は出来ません。

 車で彼の家の前を通って、踏切を渡ろうとすると、先にその道に入った方の車を優先して、通り過ぎるまで、対向車は彼の家の前の路地の空き地で待つ事が暗黙のルールになっておりました。

 小学生だった頃は、彼の家が溜まり場になっていた事もあり、よく遊びに行ったのですが、電車が通る度にガタガタ家が揺れるので、最初のうちはびっくりしました。

 夜も貨物列車が通るので、よく寝られるな。と思っておりました。


 そんなある日。多分小学校5年生位の晩秋の頃でした。彼が興奮して学校に来ました。「大変だったんだよ。」と、私達を見て、いきなり話しはじめました。

「今朝、まだ暗い時間にさ。電車が凄い音出して急停止したんだよ。で、踏切は鳴りっぱなし。そんなのは慣れてるから、父ちゃんも母ちゃんも俺も皆寝ていたんだけど、なんだか騒がしくなってさ。ガヤガヤ人が集まってんの。で、母ちゃんが、『煩いねぇ。なんだよ。』

とか言って玄関開けたら、鉄道の人とかいっぱいいて、そのうちにパトカーも来てさ。踏み切りで、近所の爺さんが轢かれたんだって。で、明るくなって、俺も家から出たら、電車が踏切で止まっててさ。踏切はずっと鳴りっぱなしで、鉄道の人とか警察官とか、人がいっぱいいるんだよ。ずっと見ていたら、少しづつ電車が動きだしてさ。その後が凄いんだよ。血が飛び散ってるっていうのかな。あちこちになんか凄いのがあって、警察官が探して集めてるんだよ。凄い臭いがしてさ。気持ち悪くなって、朝飯食えなかった。」

「すげーな。放課後見に行こうぜ。」と、悪ガキどもで話をして、放課後になりました。5人集まって彼の家に行きましたが、もう全て片付いていて、彼の言う凄い物は有りませんでした。

 ただ、踏切内のあちこちに、白のチョークで◯が書かれていて、その◯の中には、何かのシミが残っておりました。


 事故から1週間。そんな事は直ぐに忘れて、また遊びに夢中だった私達ですが、彼が、だんだんと元気が無くなって来ました。

「どうしたんだよ。最近元気ないじゃん。」と私が言いますと、

「頭が痛いんだよ。ずっと。」

「医者行けばいいじゃん。」

「俺んち、貧乏でさ。父ちゃんも母ちゃんも、死ぬぐらいにならなきゃ医者なんか行くんじゃない。って言うしさ。置き薬のケロリン飲んだから大丈夫だって言うんだけど、やっぱり頭痛くてさ。」

「頭の何処が痛いんだよ。そうだ。保健室で診て貰えばいいじゃん。」

「そうだな。付き合ってよ。」と言う話になり、二人で保健室に行きました。白衣を着た保健室の先生は、眼鏡をかけたおばさん先生で、キリッとした感じなのに、話すととても優しい先生でしたので、児童達には人気がありました。

「先生!頭痛いんだって。」と、私が保健室を開け様に言いました。

「え、誰が?」

「僕です。頭が1週間痛いんです。」と、彼が言ったら、先生の顔が深刻になり、

「どんな感じに痛いの?場所は?」と彼に色々聞いておりました。休み時間終わりのチャイムがなりました。

「あの、君、教室に戻って、担任の先生呼んできてくれる?」と、私が頼まれ、彼はベッドに寝かされました。教室に行って、担任の先生に経過を話すと、

「分かった。お前は皆と教室に居なさい。先生はちょっと出かけるから、変わりの先生に来てもらうまで、皆、自習しているように。」

と、ちょっと怖い担任のおじさん先生が出て行きました。

 しばらく友達とワイワイガヤガヤやっていたら、ガラッと教室が開いて、

「静かにしなさい。自習してなさいって言われなかったか?」と、背の高い教頭先生が入って来ました。

「ちょっとな。担任は用事が出来たから、私が授業をするからな。」厳しいと言われていた教頭先生が怖かったのか、皆静かに授業を受けました。

 放課後、帰ろうとしたら担任の先生が廊下を歩いて来ましたので、聞いてみました。「先生!彼の事で出かけたんでしょ。どうでした?」

「あ、お前か。お前には言っておかないといけないわな。ただし、皆には詳しい事は言うなよ。まあお前なら大丈夫か。」

「何がです?」

「あいつの家、医者嫌いだろ。他にも色々あってな。でも頭痛は色々心配だから、さっき本人と保健の先生と私で、彼奴の家に行って、病院に行く事を勧めたんだよ。お母さんだけったから、直ぐに同意して、先生の車で病院まで送って行ったんだ。まだ検査やってるのかな。帰りも車がないから迎えに来てくれ。って言われてさ。仕方がないからこれから行くんだよ。」

「先生!僕んち、病院近いから一緒に乗せて行ってよ。」

「うーん。そうだな。あいつは、お前と仲が良いし、顔見せれば安心するだろ。」と、先生の車で病院に向かいました。外来時間が終わり、誰も居なくなった待合室で先生と待っておりますと、彼と彼のお母さんが奥から出てきました。二人とも先生を見ると、軽く会釈をしてこちらに来ましたが、待合室にカウンターがある会計と書いてある所で、彼のお母さんは会計にいた人と何やら話しはじめました。

 彼は私達の所に来ました。先生が、

「どうだった?」と聞きましたら、

「なんだか色々お医者さんがやったけど、頭痛って直ぐに分からないのもあるからって、飲む薬を出すって。検査の結果は明後日だって。」と言うのです。

 まだ会計の人と彼のお母さんは、何か揉めていました。先生がそちらの話に入って、私達は待っていました。

 話が終わり、先生の車で、先に直ぐ近くの私が降り、彼と彼のお母さんは先生の車で送られて行きました。

 翌日は彼は休みでした。

 放課後、また彼の家に行ってみたら、なんだか様子が変です。なんだろうと、道に出ていた彼に聞いたら、

「今日学校休めと父ちゃんに言われて、一日中ゴロゴロしてたら、この季節に白い毛を生やした毛虫がさ。窓にくっついていると思ったのね。珍しいから採ってやるか。と、割り箸で掴んだら毛虫じゃないんだ。白い毛が生えた1センチ位の硬い奴が窓に貼り付けているんだ。で、母ちゃんに言ったら、それを見た母ちゃんがびっくりしてさ。警察呼んだんだ。で、さっきまでまた騒ぎ。」

「なんだったの?それ。」

「白髪の人の頭の皮が剥がれて、うちの窓に貼り付いていたんだって。多分この間の事故の人の一部じゃないか。って警察の人は言ってた。鑑識とか来たんだぜ。」と、なんだか得意げです。ここは得意げになるところかな?とは思ったのですが、まあ、気持ち悪いけど、本人が気にしないならいいか。と思っておりました。

 結局、彼の頭痛の原因は分からず、そのうちに治ったようです。

 見つかった頭皮は警察が回収し、その後どうなったのかは分からないそうです。  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

栃木怪談(ご当地怪談収集物ではございません。) 栃木妖怪研究所 @youkailabo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ