ミッシングリンク

nobuotto

第1話 ミッシングリンク

 国立人類学研究室は、廃棄された工場をそのまま使っていた。

 だだっ広い部屋の至るところに、無造作にテーブルと椅子が置かれ、遺物を収めたガラスケースの棚が無秩序に並んでいる。

「中村君は、まだか」

 研究室長の池田が、棚の間をすり抜ける様に早足で歩きながら、何度も中村の状況を確認する。

「はい、まだ探索中だそうです」

「残り時間は」

「15分が限界かと思います」

 ここ数年で一番の凪ではあったが、魔の海域の潮流は複雑で急な変化が起こりやすく、長時間の潜水はできない。

「他の探索隊は」

「はい、どこの国もまだです。なんら進展はありません」

  考え込んでいる池田に研究員ががまんできずに聞いた。

「教授、教授も中村が見えないのでしょうか」

「うーむ、見えん」

 先を見通すことでは並外れた能力を持つ教授でさえ何も見えないという言葉に、研究員達からため息がもれた。

「今回も空振りか」

 研究員全員がそう思い始めるのであった。

 今回失敗した場合、次の凪が来るのはひと月後である。

 国際学会の論文投稿の締切まで時間がない。

 歩き回っていた池田教授が、研究室の一番奥にある棚の前で立ちどまり話しかけた。

「世界が世界が私を待っているのです」

 その棚の中には、3年前に日本で発見された遺跡が収められていた。

 人類は一旦絶滅しかけ、そして復活した。その際に人類は大きく進化した。

 このことは、誰もが認める歴史的事実であったが、人類進化の過程を証明するものは何も見つかっていなかった。このミッシングリンクについて数百年も世界中の人類学者が調査研究を進めていたが何の収穫も得られていなかった。

 しかし、3年前に池田が魔の海峡で遭難した船に絡みついていた書籍を発見した。

 その書籍が人類進化のミッシングリングを解く鍵となることが 分かり、その書籍は「神の予言書」と呼ばれるようになった。

「神の予言書」は日本語で書かれていた。それだけでなく、魔の海峡の奥底には人類滅亡前の古代日本が沈んでいることが分かり、進化の起源は古代日本だと唱える池田の論文に世界中が騒然となった。

 それから池田説を実証する遺跡を世界中の研究者が血眼になって探索し始めた。

「神の予言書」を発見した日本人として、必ず自分が、必ず日本がミッシングリングを見つける。

 池田はそう決意していたし、世界中が池田の研究成果を待ってもいた。

 池田は、棚から持ってきた2冊の予言書を自分の目にあてた。

「見えた」

 池田の声と同時に「中村君からの報告です」と研究員の声が部屋中に響き、テーブルのモニターに中村が映し出された。

 満面の笑みの中村だが、げっそりとした日焼けした顔が、今回の調査の過酷さを物語っていた。

「教授、やりました」

 部屋中に歓声が湧き起こった。

「中村君、早く見せてくれ」

 中村がもっていた遺物が画面いっぱいに写し出された。

 遺物を覆った貝や藻で原型が分かりづらいが、それがメガネであることは明確であった。

 また、部屋中に歓声が起こった。

 「私が見つけたこの予言書通り、最初はひとつで、それから2つ、そして我々のような3つ、という進化の証拠ををとうとう見つけたのだな」

 モニター画面の中村が大きく答える。

「はい、教授。古代、そして現代をつなぐミッシングリングの一つであるメガネ、2つ目のメガネが発見されました」

 中村の声を打ち消すような盛大な歓声の中で池田は立ち上がり、勝ち誇った声で研究員達に言った。

「とうとう我々は人類進化のミッシングリンクを見つけたのだ」

 部屋中に拍手が響き渡った。研究員の誰もが、額から感動の涙を流していた。

「何もかもが、我々の先祖からの贈り物、この予言書のおかげだ」

 そして、池田は「ゲゲゲの鬼太郎」と「三つ目が通る」を高らかに掲げるのであった。

<了>

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