泉のせいで

高黄森哉

泉の精


「チタンの斧、っちゅうのがあるだろう。あれは駄目だね。錆びないっていうけれど、錆びたって鉄の斧は磨けば使えるんだ。耐久性があるっていうけど、切れ味は鉄の斧と変わらんよ。チタンの斧を使うなんて馬鹿だなあ」


 貧乏なきこりはそういうと、金持ちなきこりにちらりと目をやりました。隣で聞いていた、友人は、それはもっともだと思いました。


「それに鉄は安い。チタンはべらぼうに高い。これじゃあ良くないね。どうして、わざわざ、そんな高いものを買うのか。あれじゃあ、馬鹿だ」


 横の友人は、ずっとうなずいています。そして、口を開きました。


「確かに。まったく、金持ちの考えることはよくわからんよ。俺もきこりをするなら、鉄の斧を買うね。費用対効果が高そうだ」


 と、彼は言うものの、それを計算したことはありません。二人は、二人の持つ直感が正しい、という小さな世界でしか生きてこなかったのです。


「へっ。どうせ、つかわねえくせに。いくら耐久性が高かったって、そんな固い木材もねえ。くそっ。あんな手になじむ形状だって、削ればいいじゃねえか。その形に何万も払うのはバカ見てえだ」


 と友人に吐き捨て、彼はまた木をこり始めました。よっこらせ。手になじまない柄のため、彼は手を滑らせ、斧はくるくると湖へ放たれました。


「あっ。やっちまった」


 その時、信じられないようなことが起こりました。湖がごぼごぼと泡立ち、水面から女が浮上したのです。彼女は、チタンの斧と、鉄の斧を持っていました。


「私は水の精です。あなたの話を聞いていました。あなたが欲しいのは、この斧ですね」


 彼女は、鉄の斧を渡して、再び水の底に沈んでいきました。湖に落ちた鉄の斧は、たちまち錆びてしまいましたとさ。お終い。

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泉のせいで 高黄森哉 @kamikawa2001

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