第19話 コバエ票がたくさん入った件について

「アレク、見ろよこの新聞!」


 ケネトが満面の笑みで俺の部屋へ入り、新聞を手渡してきた。


【アリスン・コールリッジ公爵令嬢を巡って男たちの戦いが勃発!】


 学園新聞には扇情的なタイトルが載り、俺とマルセル・ヘスリングが睨みあっている写真が掲載されている。


 ちなみに写真を撮る魔道具は、10年ほど前から一気に普及した。以前は大手の報道、国の機関にしかなかったものだが、うちの父が小型で安価で購入できるカメラを開発したのだ。先日ケネトが持っていたのも最新式の小型カメラだ。


 その弊害で、こういう素人が作る新聞にまでドカドカと写真が掲載されるようになってしまった。こんなの盗み撮りじゃないか。


「見ろよ、緊急アンケート! アレクはコバエか否か! コバエで20票入ってるぞ」


「ケネト、なんでそんなに嬉しそうなんだ? そんなに俺がコバエになるのが嬉しいのか?」


 新聞を魔術で燃やし、フンッとベッドに横になった。


「他人をコバエ呼ばわりして喜ぶなんて、品性がない。こんなアンケートも最低だ」


「その最低アンケート煽ったの、おにぃだけどね」


 そうニヤニヤとケネトが言った瞬間、乱暴なノックと同時にドアが開いた。


「ごめんアレク! まさか俺の可愛い弟に対して、20人もコバエ票入れるなんて思わなくてさ」


 そう言って、兄貴が部屋にずかずかと入ってきた。


「兄貴、ノックしたらすぐにドアを開けるんじゃなくて、『どうぞ』って言われてから入るんだ。マナー講座で習っただろ」


 なんで基本的なことを説教しなきゃならないんだ。しかし兄貴は人の話を聞かない。


「本当にごめんな、アレク。誰なんだ、この20人は。叩っ斬ってやる」


「兄貴、剣を抜くのはダメだ。国際問題になる」


「何言ってるんだ。俺の弟に対して、コバエと侮辱するヤツを生かしておくわけにはいかない」


 兄は腰に帯びている剣を震える手で握りしめている。本気で新聞部に乗り込みそうな勢いだ。


「兄貴は人間の心理をわかってない。俺を悪く思う人は絶対に多い。むしろ好感を抱いている人よりも多いはずだ。20票はまだ少ないほうだ」


 すると兄貴が不安そうな表情を浮かべ、俺の肩を掴んでくる。痛い。なんで騎士科の連中は肩を掴むだけでこんなにバカ力なんだ。


「アレク、お前……まさか、苛められたりしてないよな?」


「は? 特にそんなことはないけど」


「じゃあなんでお前は20票が少ないなんて言うんだッ! 俺は言いだしっぺのマルセル以外入れるヤツなんていないって確信してたのに!」


 兄貴は人を羨んだり、妬んだり、そういう感情には無縁なんだろうか。


 少しメンタルが落ちた状態の時に、ちょっと顔がいいから、金持ってるから、地位が高いから、それだけで他人を疎ましく思って陥れたくなることはあると思うのだ。


「とにかく、俺は別に気にしてないからいいよ。ケネトが俺がコバエ呼ばわりされてるのを喜んでる以外は、ショックじゃないから」


 瞬間、兄貴がキッとケネトを睨みつける。


「ケネト……死にたいのか? アレクのどこがコバエなんだッ!」


「おにぃ、違うんだって!」


「何が違うんだ!? この野郎!」


 兄貴がケネトに殴りかかり、俺の部屋に騎士科の男二人が揉み合う衝撃が加わる。ほんと、いい加減にしてくれよ。


「喧嘩するならケネトの部屋でやってくれない?」


 うんざりしていたら、窓がガラッと急に開いた。サファリ、またお前か。


「アレク~。コバエ20票で落ち込んでるかと思って、たこ焼き取り寄せたよ~って、おにぃもいる。めっずらしー」


 兄貴はケネト、サファリのような親戚連中からは「おにぃ」と呼ばれている。お兄ちゃんキャラだからだろうか。


 暑苦しくてちょっとうざいけど、兄貴は基本、いいヤツだ。


 たこ焼きがやってきたので、兄貴も喧嘩をやめて大人しくなった。


 たこ焼きはカグヤ王国の名物だが、ヒイラギ皇国にもたこ焼き屋は存在する。兄貴もたこ焼きが大好物だ。


「けどさ、アレク。アレクってなんでそんなにアリスン先輩が好きなの? 確かにものすっごく可愛いくて優しいけどさ。でも胸は私の方が勝ってるよね?」


 サファリがやや不満そうに、自分の胸をもみもみしながらそう言う。


「お前はバカか。男が全て胸で惚れると思ったら大間違いだ。俺は笑顔が可愛い女の子が好きなの。胸はオプションみたいなもので、絶対条件じゃない」


 たこ焼きを頬張りながら反論した。すると兄貴が全女性を敵に回すようなことを言う。


「俺は……胸は大事だと思うけど。顔より先に胸に目が行くな」


 案の定、サファリからは「そこまで言い切るの、さいてー」って言われてるし。さらに兄貴は最低発言を繰り返す。一応ここには女であるサファリもいるのだが、この面子でサファリを女と認知しているものはいない。最低なボーイズトークが繰り広げられる。


「アレクに言い寄ってるケイシーだっけ? あれいいな。爆乳じゃないか。アレク、ヤッてみてどうだった?」


「一回もヤッてません。ケイシーだって、ヒイラギ皇国の貴族のご令嬢だ。ヤり捨てたりしたら大変なことになる。一回でもヤッたら責任取らなきゃいけなくなるぞ。兄貴もぜーったいに手を出すなよ!」


 ケイシーは別に俺じゃなくてもいいのだ。ちょっとスパダリ風味の王子であれば。兄貴なんて格好の餌食だ。


「もし、ケイシーがキャッツランド王太子妃になる……なんてことになったら、俺は国を捨てるから。おにぃ、そのつもりでいろよ」


 ケネトもものすっごく嫌そうに兄貴に進言する。兄貴は下半身に脳が支配されそうで危なっかしい。早く堅実で賢い彼女を見つけてほしいものだ。

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