第2話 葉桜
あれから2週間が経ち、再び蓮から桜を見に行こうと誘いが来た。もう4月は終わりかけている。大学の周りに生えている桜の木も、全部花を散らして緑になっている。
蓮のことは好きだし、二人でどこかに行くのは好きだから、文句はない。ただ、彼の考えていることが良くわからない。趣味趣向は人それぞれだから、理解ができないことがあるのは仕方がないというのもわかっている。ただ、前回の蓮の発言から察するに、彼は自分の考えを私に理解してほしかったのだろうと思う。
2週間前と同じようにロープウェイ・リフト乗り場に行く。今回も蓮が切符を買ってくれた。今回はロープウェイのゴンドラに乗るらしい。ゴンドラからは違う景色が見える気がするとのことだ。私にはあまり違う景色が見えるようには思えない。せいぜい桜の色が緑に変わったくらいだろう。
頂上に着いたら、案の定葉桜ばかりだった。散った後の緑の桜なんて、蓮以外の誰も気にはしないだろう。彼の完成を否定したいわけではないけど、やはり私には良さがわからないし、葉桜の写真を撮ってもみんなに「桜ないじゃん」と言われるだけだ。
「俺、桜が一番好きな木なんだよね。春はピンクで秋はスカーレット。夏は葉を茂らせて冬は雪の衣を身にまとう。何度見に来ても飽きさせないところがいい」
「そうなんだ……」
何かを言おうとしたが、不自然な間ができる前に出てきた言葉がこれだった。しまった。あまり関心がないように聞こえたかもしれない。
「悪い。一人で熱くなりすぎたわ」
気まずい沈黙が続く。蓮は相変わらず桜を見ていたが、なんだか集中できていなさそうで、あっちを観たりこっちを観たりしている。
このようなデートに誘ってくれなくなってしまったらどうしよう。それだけは防ぎたい。せっかくイケメンの彼氏ができたんだ。みすみす失うわけにはいかない。
蓮はロープウェイの駅をちらちらとみている。もしかしたら帰りたいのかもしれないと思った。でも、私からそれを提案する勇気もない。どうしようと迷っていると、蓮が口を開いた。
「ちょっと二人きりになれる場所に行こうか」
私は黙って蓮の後ろをついて歩いた。会話はない。それでも私のことを気にかけてはいるようで、私がちゃんとついてきているかどうかを確認するように、時折こちらを向く。
城山を下り、路面電車の線路がある大きなスクランブル交差点を渡ると、アーケード街に入る。人はいっぱいいるが、それぞれがせわしなく歩いており、誰も私たちのことは見ていない。いや、私が誰にも見られていないと思い込みたいだけなのかもしれない。
私たちはカラオケに来た。2階にある受付の機械で入室の手続きをし、3階の部屋に入る。隣の歌声は聞こえるのに、扉が閉まった瞬間空気がしんと静まり返った気がした。
「ねえ、もしかして俺のデート、あまり楽しくない?」
「そんなことないよ?」
「そんなことがありそうな顔してるけど?」
私は蓮の横にいられてちゃんと幸せだ。友達にもいい男を捕まえたと言われるし、こうして私の気持ちを心配してくれている。
「葉桜に魅力を感じないこと自体は問題じゃないし、もし興味がないなら誘った俺が間違っていた」
「そんなことはない。私は誘ってもらえてうれしかった」
私が口にしたこの気持ちは本物だ。しかし、蓮はやはり納得ができていなさそうな表情を見せる。どうしたら私のこの気持ちが伝わるのだろうか。
「嘘をつかなくてもいいよ。俺、叱るためにここに来たんじゃないから」
「ついていないよ。こんなに良くしてくれているのに、蓮に嘘をつく必要なんかないじゃん」
「じゃあ、自分に嘘をついてるんだ」
蓮の言っていることは、つまりこういう事だろう。私は本当は蓮のことが好きじゃないのに、蓮のことが好きだと自分に言い聞かせている。でも、そんなはずはない。私はちゃんと彼のことが好きだ。
どうしてこうもうまくコミュニケーションがうまくいかないのだろう。私はいったいどうしたらいいのか。全く分からない。
押し付けられた感動 ばーとる @Vertle555a
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