第10話「旧友との再会」

 息子であるアルクトスが困難に直面している頃。屋敷の一角にある湯浴みに浸かる一人の人影があった。


「奥様、お湯加減はいかがでしょうか?」


「ええ。丁度良いわ。んっ‥‥んん~!」


 湯に浸かり、温まったことで程よくほぐれた体を伸ばすようにステラは体を伸ばすと、光を受けた雫がその裸身を滑り落ちる。


「はあっ…。そういえば、あの子はまだ帰ってきてないのよね?」


「はい。とはいえお昼も近くなってきてますので、そろそろ戻られると思います」


 ステラの問いを仕切りの向こうで待機しているリーエルからの答えるのを聞きながらお湯から出ると、そのまま脱衣所へと向かって歩いていき、仕切りを通りすぎると待っていたリーエルがタオルでその体の水滴を慣れた手つきで綺麗に拭きとる。


「ありがとう」


「いえ」


 ステラは脱衣所へと歩き出し、それに付き従うように移動しながらリーエルは流れるような動きで、されど丁寧にステラの髪の水気を拭き取る。


「リーエルは凄いわよね。同じタオルなのにこうも余分な水気だけを拭き取れるんだから。私じゃ一生真似できそうにないわ」


「ふふっ。そうでございませんよ? それに、私がこのような事をせずともご自分で完璧に乾かされてしまうのでは?」


「そうかもしれないけど、貴女にしてもらう方が毛先も傷まないのよ」


「さようでございますか」


 そう言いながら、ステラが指を鳴らすと辺りの水気は発散し。互いに言葉を交わしながらもリーエルの動きは止まる事無く髪を完璧に乾かし終える間にステラも下着を身に着ける。


「じゃあ、お願いね」


「お任せください」


 そこからはリーエルの独壇場だった。ステラがする動作といえば一歩動く、または腕を動かすだけで、その動きに合わせリーエルは淀みなく深紅のドレスを着付けていきステラはほとんど動くことなく着終えてしまい、それは時間にして一分もかからない早業だった。


「うん。他の子も悪くはないけど、やっぱり着付けは貴女じゃないとね」


「ありがとうございます。ですが、出来るだけご自分でも着られてくださいませ」


「そうね。とはいっても貴女ほど綺麗に着付けが出来ないかもだけど」


「その際はお教えしますよ」


 そんな事を話しながらステラとリーエルは脱衣所を後にし、少し遅い朝食を摂るためにダイニングへと向かった。


「おはよう」


「あ、奥様。おはようございます!」


「お、おはよう、ございます」


 ステラがダイニングに入るとそこには2人のメイド達の姿があった。ハキハキと挨拶をした一人は薄焦げ茶色の尻尾に片耳が少し欠けている狐の獣人、ネーニャ。そして、何処かオドオドとした様子のもう一人はネーニャに抱き着いている一緒に居る事が多い人族の少女、レネイ。この二人はステラが冒険者をしていた時に非合法に奴隷を扱う商会を潰した時に助けた子達で、ネーニャは今年で16、レネイは8歳となる。


「あら、今日は二人が料理担当なの?」


「はい! 先輩方もお疲れでしょうから」


「だ、だから。私も、頑張るっ!」


「ふふ、そうだね~」


 鼻息を荒く意気込むレネイを見てネーニャは笑みを浮かべながらその頭を撫で、レネイは少し恥ずかしそうにしながらもネーニャにされるがままで。その光景は種族こそ違えどまるで本当の姉妹にすら見えた。


「ふふっ、相変わらず貴女達は仲が良いですね」


「リ、リーエルさん!?」


「あ、ばあばっ!」


「こら、レネイ。 奥様の前ですよ?」


 ステラの陰に隠れていてたリーエルが姿を現すとネーニャは驚きのあまり尻尾がピンッ!と伸び、一方のレネイはリーエルに甘えるように抱き着くさまは正反対だった。

 そして、抱き着いてきたレネイを受け止めたリーエルは注意するがその言葉と眼差しは優しいもので。

 しかし、ネーニャに視線を向けた時にはそれは職人のものへと変わる。


「料理番がネーニャ、貴女だというなら今日が試験の日としましょうか」


「い”っ!? い、いやっ!? その‥‥っ、いきなりっていうのは流石に‥‥」


 突然のリーエルの提案に慌てふためくネーニャだが。それを聞いたリーエルは笑顔でなおの事とばかりに畳みかける。


「何事も、予定通りとはいかないものです。一流のメイドたるもの、突然の事態に対する対応力を見るのにいい機会ですからね。しっかり励みなさい。いいですね?」


「‥‥はい」


「ネーニャ、頑張れ!」


「…うん!お姉ちゃん頑張る!」


 リーエルの言葉で垂れた尻尾がレネイの応援で一気に伸びる様はまさにネーニャの心情をそのまま投影したかのようで、そんな様子を見ながらステラはリーエルが引いてくれた椅子に座る。


「それじゃあ、今日はネーニャにお任せするわ。あんまり張り切りすぎないようにね?」


「はい! お任せください!」


「あっ、ま、待って~!」


 ネーニャは意気揚々と厨房へと向かい、レネイはステラとリーエルにそれぞれ頭を下げた後その背中を追ってその姿は厨房へと消えていくのを見送り。


「さて、ネーニャは何を作ってくれるのかしらね?」


「それは、あの子の腕次第でしょう」


 そう言い、ステラ達二人は互いに笑みを浮かべながら、ネーニャがどんな料理を出すのか楽しみに待つことにしたのだった。

 それからしばらくして。レネイの手によって二人の前に料理が運ばれてきた。その料理とその結果は‥‥。



 整地こそされているが、まだ何処か未完成な道を一台の馬車が走るが、その馬車は多少揺れることはあれば、それはあくまで気にすればわかる程度の揺れで。それは如何に道が整備されているかを如実に物語っていた。そして、メイドが御者台で御し駆ける馬車だが、かれこれノンストップで三十分以上は駆けている状況で。その車内では旅装束を身に纏いながらも、何処となく人が自然と近寄りがたい雰囲気を纏う一組の男女が乗っていた。


「‥‥僅か2日。魔法を使ったとはいえ独力でこれほどまで完成させているとは。相変わらずスーの所の者達はとんでもないな」


「そうですね。お忍びで会う為だけに王城直通の裏道を作ってあげる。と聞いたときは出来るのか疑問でしたけど。やっぱりあの人は凄いですね」


「ああ。それは俺も同意だよ。そして、スーの友人である事を素直に自慢したい所だ」


「あら、それは私も同じよ?」


「そうだね。それにしても、彼女に子供が生まれたというのだから、これはこの眼で見ないと信じられないだろ?」


 もうすぐ会えるであろう、旧友との再会。それを楽しみにしながら妻との会話に花を咲かせていると、やがて開けた道に出ると馬車はスピードを落として進んでいきやがてその道の先、一軒の館の前に馬車は問題なく止まり。


「お待たせいたしました」


「ああ、ご苦労」


 御者台より降りたメイドが開けたドアからまず男が先に降り、その後男の差し出した手を取って女性が馬車から降りると屋敷の玄関のドアが開き、中から深紅のドレスを見つけてたステラが出てきて馬車から降りたばかりの友人をその眼で見た。


「久しぶりね、二人とも。元気だったかしら?」


「ああ、卒業以来だ。久し振りだな、スー」


「貴女は変わらないわね。あの時のまんまね」


 互いに言葉を交わしながら互いの息災と久しぶりの再会を喜びながら、三人は屋敷の中へと入っていった。

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白き龍と七星の契約者 シウ @shiu2188

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