第9話 「再会」

 時間というものは、過ぎる時はあっという間に過ぎてしまうもので、白い龍と再会を約束した日になっていた。


「では、アーク様。奥様より伝言をお伝えします。「今日のお昼過ぎには来ると思うから、絶対にお昼前に帰ってきなさい」との事です」


「うん、分かった。ありがとうスーさん」


「いえ。お気を付けて行ってらっしゃいませ」


「ありがとう。行ってくるよ!」


 そう言い、俺は駆け出す。目的地は何時もの鍛錬の場所にしている山の頂。

 そこで、俺はもう一度、会わなければならない。白い龍、スサノヲが決めた俺の今は仮初の婚約者に会うために。

 とはいえ、今日は時間制限ありの中での再会。少しでも時間を確保する為には少しでも早く到着する必要があるので、普段は使わない無属性魔法、身体強化魔法フィジカルエンチャントを使い、一陣の風になり地を駆けて目的の場所へと急いだ。

 そして、その様子を屋敷の二階から見ている二つの人影があった。


「行ったみたいね」


「そのようです」


 そう言う二人の視線の先には、既にその姿は見えなくなったがその軌跡を証明するような土煙がわずかに残っていたが、それも風によって消えて。ステラはそのままベットに腰掛ける。


「突貫だったけど、大丈夫かしら?」


「はい。道の状態は問題なく、周囲の状況も把握済みです。裏街道はまだ8割ですが、使う分には問題はないかと。そして王宮に派遣したものからの返事でも、お知らせした裏道を使い来られるの事です」


「そう。なら、私は少し休むわ。仮にも国王夫妻だからね、警戒は怠らないようにね、リーエル?」


「はい」


 ステラの言葉にリーエルは頷くとそのまま寝室を退出し、ステラはその体をベットへと委ねる。ステラの指示のもと、公務と並行して手配していた事。それは王都から直通の裏街道の整備。そして街道の状態と護衛の選別と配置。そしてリーエルは現場へ、かなりの突貫とはいえ完成した街道の確認へと向かったので、この屋敷には護衛を兼ねたメイド数人とステラだけで今の屋敷は普段とは違い、かなり静かだった。


「ふ~、疲れた…」


 公務と並行しての裏街道の整備といった大仕事も終わりが見えたことで、休憩をしていたとはいえ溜まっていた疲れが気が緩んだ事で疲れが一気に顔を出す。


「取り敢えず、リーエルが帰ってくるまでは‥‥」


 そう言いながらベットに潜り込んだのを最後に限界が訪れたステラはそのまますぐに眠りについたのだった。久し振りの友人に会えることを楽しみにしながら。


 そんな母親とメイド達が行っていることなどつゆ知らず。俺は目的地である山の頂へと到着していた。朝が早い事もあり吹く風と空気は初冬のように冷たく、羽織ってきた外套を叩き揺らす。


「ふう、急いだお陰で結構早く着いたな」


 辺りには見覚えのある、開けた岩場。だというのに、今だけはまるで初めて来た場所のようにさえ感じられる。だが、そんな中でも居るという確信が俺にはあった。


「来たぞ‥‥‥。居るんだろ?」


『姿が見えないはずなのに、良く分かりましたね?』


 果たして、俺の直感は当たっていて。前回と同じで俺の声に応えるように声が聞こえてきた。


「まあ、直感だったけどな。居ると思ってな」


『そうですか‥‥。それで、確認は取れましたか?』


「ああ、スサノヲに直に聞いたからな」


 あの後、目が覚めた俺の手の中には夢の中で渡された鈴の付いた御守りがあって。それは夢ではなかったというありありと感じさせるもので。

 そして、その翌日は一日書庫に籠ってずっと考えた。スサノヲが見たという世界の滅び。何故それは起こるのか、何故スサノヲの息子が白い龍と一緒にいる。結婚していると仮定してだが、世界が滅びない可能性があるのか。

 正直、今の時点でそんな事を考えても仕方のない事だとは分かってはいた、だが考えずにはいられなかった。だが、年齢=彼女いないだった俺は、そこまで深く考えても仕方ないと思った。

 だからこそ、卑怯かもしれないがどっちでも良くなった。だからこそ、俺は白い龍に尋ねなければならなかった。


「一つだけ、聞いてもいいか?」


『なんでしょう?』


「アンタは、伴侶として決められた相手が俺でいいのか? 別に強制されている訳じゃないんだろ?」


『はい、強制ではありません』


「だったら、別に俺じゃなくても『いえ、私は貴方が良い。そう思っています』」


 俺の続きの言葉を遮るように、白い龍は自らの思いを告げる。だが、それを聞いて俺は大事なことを尋ねる。


「アンタは、スサノヲからこの世界の未来を聞いたのか?」


「‥‥はい、聞かされました」


「ならそのうえで聞くが、スサノヲから聞かされた未来の為、伴侶となるこの選択、これはこの世界の為の自己犠牲か?」


『‥‥‥』


「どうなんだ?」


 正直、伴侶というものがいまいちピンとこない俺が知りたいこと。それはこの白い龍が自己犠牲の為に俺の伴侶となる事を選んだのであれば、俺は断ろうと考えていた。

 別に善人ぶるつもりもないし、世界がどうのこうの言われても実感はない。正直、どうでもいい。最悪世界が滅びるのであれば、それまで全力で生きればいいだけとすら思っていて、これはこの世界を案じるスサノヲに対しては明確な裏切り行為だろう。

 だが、この場でそれは俺にとってどうでもよかった。俺が知りたいのは、自己犠牲故に選択かそうでないか。その方が重要だった。

 そんな俺の言葉に白い龍は少しの間沈黙が降りるが、その沈黙もまた白い龍によって破れる。


『‥‥確かに、最初はこの世界を破滅より救うためならば。という自己犠牲でした。スサノヲから聞かされた方法しかないのであれば、世界が救えるのであれば私は喜んでこの身を差し出すと』


「‥‥そうか」


 予想していた通りの内容に、それじゃあこの件はここで終わり。そう言おうと俺は口を開こうとした。だが、白い龍の言葉はそれで終わらなかった。


『ですが、その時に彼からこう言われたのです。「それじゃ意味がねぇ」と』


「…スサノヲに?」


 まさか、スサノヲが今のような状況を予想していたとは流石に考えにくく。それに意味がないという言葉の意味が分からず、俺は口にしようとした言葉を飲み込み白い龍の言葉に耳を傾ける。


『ええ。どういうことかと尋ねても、言った本人である彼自身も良く分からないと困った表情を浮かべて笑っていましたので理由は分かりませんでした』


「そんな事が…」


『ええ。その後、取り敢えずといった形でですが、私は伴侶なる事を決めました。ですがその時の私にはスサノヲが口にした言葉の意味が気になっていて、そこには既に自己犠牲でなろうという思いはなくなっていました。そして、そこから先、貴方に出会うまでずっと考えていました。ですが、その答えは未だに見つかっていません』


 そう言う白い龍の言葉に、嘘はないように思えた。何より気になるのはスサノヲが言った「意味がない」という言葉が差す意味。そのお陰で俺が拒否するという事態は避けられたがどうもそういった意味で言ったとは思えなかった。


『だからこそ、その言葉の意味を理解できない私は、伴侶というのは烏滸がましい。そう決断しました。ですので、ここからは貴方との交渉になるのですが良いでしょうか?』


「聞こう」


『では。貴方の伴侶ではなく、婚約者フィアンセにしていただけませんか?』


 今日、一番の提案が白い龍から出された。確かに、伴侶よりはいい。だが何故婚約者なのか、それが気になった。


「一応聞くが、なんで婚約者なんだ?」


『今の私は答えを知らない。でも、なんとなくですが貴方と一緒に居れば答えが見つかる。そんな気がするんです。だから自己犠牲と思われる伴侶ではなく、何時でも解消できる婚約者が良いのではと思いました』


 確かに、俺としても伴侶。夫婦となった場合、自己犠牲という言葉がどうしても頭を掠める事になる。だが婚約者、伴侶とは違い何時でも解消が出来る関係なら確かに俺もそこまで気にする必要もない。


「…なるほど。確かに今のアンタと俺、互いにとって良い提案だ。その提案なら、俺は受けようが、アンタは構わないか?」


『はい。私も構いません』


「なら、今から俺と白い龍アンタは婚約者だ」


 こうして、決まった俺と白い龍の婚約。正直今更ながら気持ちの問題、気にしすぎなどと言われるかもしれないが、それでも自己犠牲で伴侶(夫婦)になっても意味がないと思っている俺はこの選択に満足していた時だった。


『では、取り敢えず貴方のご家族に顔合わせに行きましょうか』


「いや、顔合わせも何も。アンタ今この場に」


 居ないんじゃ。そう言おうとしたと同時に、太陽を遮るようにして大きな影があたりを覆い。咄嗟に空を見上げた先には太陽の光を受けまるで処女雪のように輝く純白の鱗を持つ龍が、俺を見下ろしていて。

 更に言えば空に居るソレは急速に大きくなっていることに気付いた時には、それは俺のすぐ近くに降り立ち、辺り一帯に土煙が上がり視界はゼロになるが、風が吹いて土煙が払われていくとその姿も徐々にあらわとなる。


「ふむ‥‥。まあ、こんな感じかな」


 土煙が晴れた先に居たのは、太陽の光を受けまるで処女雪のように輝く純白の鱗は、真っ白な肌へと変わり。太く頑強な足に振るわれるだけで鉄を容易に切断できるであろう鋭い爪を持つ腕は触れれば折れてしまうかのような細腕に。

 そして頭部の角は光の角度によっては銀にも見える白髪へ、瞳は紅玉を思わせる鮮やかなピジョンブラッド、そして瞳は獣性を示すかのように盾に割れた黄金の瞳を持つ少女が、俺の前に姿を現した。


「お前…。それは【変身魔法メタモルフォーゼ】か?」


「へえ、変幻自在ガラテアを知ってますか」


「ああ、得意魔法に分類される魔法だろ?」


「はい、これは貴方達人が特異魔法と呼ぶ魔法の内の一つ、【変身魔法メタモルフォーゼ】です」


 目の前の元白い龍のである少女は、俺がその魔法を知っている事に少し驚きながらも肯定した。唐突だが、特異魔法について教えておこう。

 特異魔法は特異属性魔法とは違い、今では失われた、または特定の種族だけが使える特異性から分類される魔法の事で、特異属性魔法とはまた違った意味で特異な魔法だった。

 と、そんな状況で先程空を見上げた時の太陽の位置を思い出す。先程見えた太陽の位置は中天にはまだ少し早いくらいの位置ではあるが‥‥。


(‥‥ヤバい!)


 そこで俺は思い出した、今日はお昼前には家に帰らないといけないという事を。


(この状況、詰んだ?)


 だが、この白い龍が少女となった状況で家に連れて帰ればまた何が起きるかわからない。だが、急がなければ来客が来る。そしてそこに遅れれば母さんに迷惑をかける事になってしまう。故に俺は選択を迫られた、彼女こと白い龍を説得する為に遅刻するか、俺が問い詰められたり疲れたりするが間に合わせる。どちらを選ぶかを。


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