後編 汚いワタシの歌 純粋なアタナの慰め
♪~~~♪~~~♪~~~
伴奏が流れる。
ワタシは目を閉じて、歌い出す。
瞬間、何人もの顔が脳裏に浮かんだ。
夫が病気になって、ワタシがアーティストを引退した後に出会った人達。
ワタシの境遇を知って同情してきたヤツら。
アイツらに、ワタシの歌声を聞かせてやりたい。
これが不幸な歌声に聞こえるのか。
これが悲痛な叫びに聞こえるのか。
これが強がりだと決めつけるのか。
病気が悪化して、自分一人でトイレにも行けなくなって、オムツを履く必要が出てきた頃。
彼自身も言っていた。
【オレなんて、捨てられても仕方がない】
ガチで腹が立つ。
ヘソで沸いたアチアチのお茶を、頭からぶっかけてやりたい。
同情するなら、彼の病気を治してくれ。
彼の苦しみを和らげてくれ。
彼を、ワタシから奪わないで。
〝無責任な心配〟は〝見下し〟だ。
本当に心配しているなら、行動で示しているはずだ。
〝何気ない頑張って〟は〝呪い〟だ。
もうこれ以上、どう頑張っていいかはわからない。
頑張ってないように見えるのかな?
ワタシと夫は、まだまだ頑張らないといけないの?
【もう頑張らなくてもいいんですよ】
ふいに、夫の主治医の言葉が、フラッシュバックした。
その言葉を聞いた時、夫は泣いていた。
それから、主治医は現実の話をした。
【延命治療について、
後悔。
確かに、ワタシは後悔している。
あーすればよかった。
こーすればよかった。
もっと違う道があったのになぁ。
歌手の命である、この喉が枯れるまで、いくらでも挙げることができる。
でも、新しい人生なんていらない。
後悔はあっても、満足はしているから。
彼が難病にかかってからの生活。
彼は「ありがとう」と素直に口にするようになった。
不倫もしなくなった。
一緒にいる時間が増えた。
ワタシが『どれだけ夫のことを愛しているのか』深く知ることができた。
それが嬉しくて、幸せだった。
だからこそ、ワタシは卑怯者だ。
夫以上の、ダメでクズな人間だ。
【こんなに奥さんにつくしてもらえて、アナタは
夫の叔母に会って、愛おし気に言われた言葉だ。
その時、ワタシは頷いて、夫の肩に触れた。
夫も同じ気持ちだと、信じて。
だけど、夫は
【幸せなんかじゃないっ!】
ハッとした。
難病にかかって、幸せなわけがない。
本当の『幸せ者』は、健康な体を持っていて、誰の力を借りなくてもトイレに行くことができる。
夫が
でも支えているワタシは、
その事実は彼にとって、どれだけ残酷なことだろうか。
(でも、コレがワタシなんだよ)
好きな人に生きていてほしい。
ずっと一緒にいてほしい。
どれだけ大変でも。
苦労を掛けられても。
いくら汚くても、醜くても、この愛こそが、ワタシだ。
耳の穴をかっぽじって聞かせてやる。
この言葉が――ワタシの汚い幸せが、純粋なアナタの慰めになりますように。
サビのモールス信号。
一音。
一音。
一音。
息が苦しくなっていく。
頭が真っ白になっていく。
今すぐにでも泣き崩れてしまいそう。
初めて彼に出会った頃に、戻っていく。
中学3年生のワタシ。
恋に恋することと、周囲に噛みつくことしか知らなかった。
生意気なだけで、芯のない少女だった。
だけど、今は支えてくれるものがある。
歌っていると『生きているんだ』って強くじっかんする。
背後から聞こえるうつくしい音律が、背中をおしてくれる。
でも、もっともっと強いおもいが、胸いっぱいにひろがっている。
うたごえにのせて、せいいっぱいにつたえるんだ。
アナタを、あいしている。
だから、なかないで。
ヒョウキンなままでいて。
あのときみたいに、アナタからゴーインなキスをして。
ワタシからじゃ、さびしいよ。
でも、幸せだと、信じている。
トンク トンク トンク
アナタの心臓が、あたたかい信号を発する限り。
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ヰ世界情緒 #10 「シリウスの心臓」【オリジナルMV】
https://www.youtube.com/watch?v=UKZt1vq8bKI
ヰ世界情緒 #29「シリウスの心臓」【from TWO-MAN LIVE「Singularity Live」】
https://www.youtube.com/watch?v=AcOhHbutU5o
【短編】15年前 初めてだらけのカラオケで ほづみエイサク @urusod
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