永遠の相棒

平 遊

青の志

 吹きつける潮風に、思わず目を細める。

 雲ひとつない空。

 無性にヤツが恋しくなる。


「なんて、な。ガラにもねぇ。笑われるのがオチか」


 ひとり呟きながら俺は、肩に背負っていた荷物を傍らに置き、適当な岩の上に腰を下ろして、懐から1枚の写真を取り出した。


『ほら、これが水平線だ。空と海がピタリとくっついているように見えるだろ? 空と海なんて、実際はとんでもなく離れているのにな。同じ青だけど、同じじゃないし。な、これって俺らに似てないか? 同じようで、同じじゃない。どんなに離れていたって、見ようによってはピタリとくっついて』

『気持ち悪いこと言うなバカ。なんで俺がお前とピタリとくっついてなきゃいけねぇんだよ?』

『なんつーか、腐れ縁的な? なんだ? 不満か? もっとくっつくか?』

『だーっ! やめろってバカ! くっつくなっ! 殴るぞてめえっ!』


 懐かしい光景が脳裏によぎる。

 手にした写真は、俺が唯一背中を預ける事ができた相棒が、生まれ故郷の村で撮ったという写真。

 海に接していない国で生まれ育った俺は、当時まだ海なんて見た事もなくて、だから水平線というものも、この写真で見たのが初めてだった。


 素直に【美しい】と感じた。

 生まれ育った国が突然滅ぼされ、生き抜くために傭兵となり、多くの命を葬ってきたこの俺の心にも、まだ【美しい】と心を動かされるものがあったのかと、驚いたものだ。


『気に入ったか? じゃ、今度連れてってやる。一緒に見ようぜ、水平線』

『……あぁ』

『つーかそれ返せ』

『あ?』

『俺のお気に入りの1枚なんだよ、その水平線の写真』

『ふうん……じゃ、この場所に連れてってくれた時に返してやる』

『なんだそれ。ま、いいけど。大事にしてくれよ? 絶対失くすなよ?』


 そんな約束を交わしたあの相棒は、今はもう居ない。

 約束を果たす事なく、先に逝っちまった。俺を置いて。

 それから俺はひとりで、傭兵稼業を続けている。

 相棒を作る気は無い。

 俺の相棒を務める事ができるのは、ヤツだけだ。


「で? ここだな? この写真の場所は」


 手にした写真を、目の前の風景と重ね合わせる。それは見事に一致して、周りの景色に溶け込んだ。


「なるほどな。空と海がピタリとくっついている、か……」


 水平線。

 空の青と海の青。

 異なる青がひとすじの線を描いて合わさっている場所。

 ヤツも俺も、同じ志を抱いていた。

 青い志を。

 ヤツは、近隣諸国への圧政を強いている帝国の打倒という志。

 俺は、祖国を攻め滅ぼした帝国への復讐と祖国の再興という志。

 同じ、青。だけど、異なる青。

 たまにその違いで言い争う事もあったけど、最終的にはお互いを認め合い、助け合って俺達はやってきた。

 けれどもその青を胸に抱き、ヤツはひとり生き急ぐようにして空へと駆け上って行ってしまった。

 俺にはヤツを止めることも守る事も出来なかった――


「お前が連れて来てくれねぇから、勝手に来ちまったよ。なぁ、お前が空なら俺は海か? そんで、いつか俺達はまた一緒に同じ場所を目指せる日が……」


 そんな事、ある訳がない。

 分かっていながらも、願ってしまう。


 また、ヤツと一緒に、と。


「お前が約束を破ったんだから、これは返さねぇぞ? 心配すんな、大事にする。失くしたりしねぇからよ」


 写真を懐の奥深くにしまい、岩から立ち上がった俺は、傍らの荷物を肩に背負って再び歩き出す。


 水平線には、空と海が必要だ。

 どちらが欠けてもそれは、水平線にはなり得ない。

 空と海は永遠の相棒ということなのだろう。

 それはまるで、ヤツと俺のような。


「っとに、俺らみたいだなぁ、水平線ってやつぁ」


 村を出て少し歩いた所で背後に気配を感じ、振り向きざまに抜き身の剣で襲い来る敵を薙ぎ払う。


『お前の背中は俺が貰った!』

『誰がやるか! 預けるだけだっ!』

『俺の背中はお前にやるっ!』

『いらんっ! 預かるだけだっつーのっ!』


 ヤツと出会った頃の懐かしい会話。

 剣の汚れを拭き取りながら見上げた空は、ヤツの志を映したかのように青く澄み渡っている。

 ヤツと俺が水平線ならば、どんなに離れていたって、どこかでピタリとくっつくはず。

 どこまで行けば、その場所に辿り着けるだろうか。

 辿り着きたい、その場所まで。


「待ってろよ。必ず行くからな」


 胸当ての上から懐の写真に手を当てヤツに誓うと、俺は反帝国軍の拠点に向かって歩き出した。


【終】

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永遠の相棒 平 遊 @taira_yuu

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