最終話:幸せになるんです、二人で

 レイラとアルウィンのいる前でしっかりプロポーズしてください、というルアネの言葉により、フローリアへときちんとした告白、そしてプロポーズを繰り広げることになったシオンなのだが、フローリアがとてつもなく幸せそうなので良い、と判断した。フローリアに関してだけは激甘になってしまうのだが、それはそれで仕方ない。

 ミハエルでは決してさせられなかった、嬉しそうな微笑みを浮かべて幸せいっぱいです、という表情で笑うフローリア。

 そして、シオンもシオンで普段は見せない素を、フローリアの前でだけは思う存分見せられるということもあって、今後の生活は恐らく、いいや、間違いなく順風満帆だろうと思われる。


 卒業式の前に改めて婚約式を降り行い、卒業後に結婚式、という強行スケジュールなためか、ドレスの制作も急ピッチで行われることになった。


「早かったわよね、ここ数か月」

「はい、本当に」

「ねぇ、フローリア」

「はい」

「あっさり結婚決めちゃって良かったの?」

「今更仰います?」

「いや、マイナスな意味じゃなくて……」


 あはは、とシオンは苦笑いを浮かべつつフローリアの頭を撫でている。

 心地いい大きな掌と、温かさに猫のように目を細めているものの、先ほどの問いかけがフローリアは不満なようで、すぐに頬を膨らませた。


「では、どういう意味なのでしょうか? というか、結婚式は来週ですわ!」

「その……年齢的な、アレが」

「……見た目はシオン様、とってもお若いので問題ないかと存じますが」


 じ、とフローリアはシオンを至近距離で見つめる。

 シオンの年齢は、三十一歳。

 フローリアの年齢が、十八歳。


 歳の差を考えれば、シオンがうっかり年下好き(よく言えば)に思われかねないが、シオンの見た目はどう見ても二十代にしか見えない。

 フローリアと並んでも、仮にシオンのことを知らない人から見れば『あら素敵な恋人同士ね』であっさり済まされてしまうくらいには、見た目の問題はないのだが、たまにシオンがいきなり不安に思うらしい。

 思わずジト目でシオンを睨みながら、フローリアはずい、と改めて顔を近づけた。


「シオン様」

「はい」

「歳の差を感じないくらいにシオン様はお若いですし、わたくしシオン様より早死になんかいたしません」


 わぁ、アタシの嫁強い……とシオンがしみじみ感じていると、フローリアが安心させるようににっこりと笑いかけてきた。


「大丈夫です。わたくしの強さはシオン様が良く知っていらっしゃいます」

「そうね……何の心配もないっていうのに……アタシったら、駄目ねぇ」

「駄目な部分はわたくしがカバーいたしますわ」

「頼りにしてるわ、フローリア」


 近づいている顔をこれ幸いと、シオンは素早くフローリアの唇に己の唇をそっと重ねる。


「んむ」

「こぉら、色気のない」

「だ、って、……ん」


 ぐい、と抱き寄せられてあっという間に膝の上に乗せられてしまえば、もうフローリアに逃げ場はない。

 何度も角度を変えて繰り返される口付けに、フローリアはすっかりされるがままになってしまい、終わるころにはくたりとシオンにもたれかかった。


「……シオン様の、馬鹿」

「馬鹿で良いわ、アンタをこんなにも可愛がれる特権なんだから」

「もう……」


 ああ、何をしていても可愛い。

 こんな相手に巡り合えたことに感謝をすると、ミハエルのお馬鹿が勢い任せに婚約破棄をしてくれたことにまで行きつく。


 あの後、王宮は荒れに荒れた。

 主に王太后が荒れまくり、盛大なヒスを起こしたのだが、ジェラールはその現場を全てミハエルに見せた。


 ショック療法ともとれる行動だったのだが、自分の敬愛する祖母がこんなにも醜い一面を隠し持っていただなんて、とミハエルは予想通りショックを受けると同時に、失ったものの大きさと大切さに改めて気付かされることとなったのだが、当たり前のように遅い。


 だが、アリカもミハエルも、自分たちがやらかしたことは思ったよりも素直に受け止めた。

 更にアリカからこっそりと王妃に対して『ミハエルを王太子からおろしてはどうか』という提案までしたという。今後、自分が外交していくにあたり少しでも今よりはましな状況で……と思ったらしいのだが、そこは王妃の親馬鹿が悲しきことに発動してしまったようで、叶わなかった。

 知らせを聞いた家臣たちもがっくりと膝をついてまで悲しんだそうだが、もうこうなったら泥船にならないようにミハエルには一切かざらない言葉を容赦なくぶつけて、対人スキルの低さを目の当たりにさせていくように決意した、と、知らせが入った。


 知らせてくれたのは、他でもないセルジュだ。

 知らせを聞いたアルウィンもルアネも、そしてルアネからの手紙で諸々を知ったルイーズも、爆笑してちょっとの間呼吸困難に陥っていたくらい。

 シオンは呆れはて、レイラは天を仰ぎ、フローリアはどうでも良いと言わんばかりに読書をしていた、という何とも容赦ない反応である。


「ま、自業自得な彼らはそのまま泥船に乗ったままでいてもらいましょ」

「シオン様」

「んー?」

「わたくし、ちょっとだけ名前を変えようと思いまして」

「何でまたいきなり」

「だって……」


 フローリアはシオンの膝の上で、困ったような顔をしている。

 一体何がどうなって、とシオンはじっとフローリアの様子を伺っている。


「さすがにライラック、と呼ばれすぎると、今後に差し支えが……」

「えー」

「なので、フローリア・レネ・ライラック・シェリアスルーツ、と名乗れるようにお父様が国王陛下を脅し……じゃなかった、交渉しているのですが」

「今脅す、って言った?」

「気のせいですわ」

「そういうとこ好きだから、もっと全面的に出しなさい?」

「あら」

「んで、何でまた今更?」


 シオンからの『好き』という言葉がとても嬉しいらしいフローリアは、すぐにぱっと笑顔になる。

 そして、改名の経緯を問いかけられれば、続けて話し始めた。


「ちょっとその、さすがにライラックが浸透しすぎていて、ですね」

「あー……」

「公式の場で、通り名はよろしくないのではないかと思いまして」

「それはそうかもしれないわね」


 うんうん、と頷いているシオンを見て、フローリアもつられて頷いている。


「でしょう?」

「なら、どこかで発表する?」

「はい。できればわたくしの侯爵位継承のタイミングで……と考えておりまして」

「それがちょうどいいわね」


 賛同してくれたシオンに『ありがとうございます』とお礼を言って、フローリアはまたにこにこと微笑む。

 今までは問題なくとも、今回の一件で思い知らされたというか、『そろそろ見直しの時期なんだろうな』とシェリアスルーツ家一同は思ったのだ。

 別にそのままでも構わないのだが、公式の場や国外の要人を招いた際に本名で呼ばれないというのも、いささかよろしくないのでは、と話し合いの結果が出た。


 なお、これまでの当主はどうしていたのかといえば、うまいこと通り名と本名を使い分けていたし、アルウィンに至ってはライラックだけれど……見た目の大きな問題で『あいつが可憐なライラックとかありえん』という理由によって、本名の方が浸透している。

 もっと細かく言えば、アルウィンは見た目が見た目なだけに、『筋肉ムキムキなおっさんがライラックって……』となり、上記の『あいつが可憐なライラックとかありえん』に行きついた結果、本名で呼ばれることが多いという皮肉な結果になっているのだが、フローリアはそうではなくライラックが浸透しまくってしまった。


「それと、シオン様が当家に婿入り、という形で良かったのですか? 本当に?」

「ええ、公爵位は返上するわ。どうせ兄上がアタシを括りつけるためだけの公爵位なんだ、ってわかったらどうでも良くなっちゃって。アタシの持ってる領地は、シェリアスルーツ領と合併する形になるけど、それでいいと思うのよね」

「そう、ですが……」


 これまで築いていたシオンの領地の幸せを奪ってしまいかねないが、今以上に豊かに、平和に、そして幸せにしてあげなくては、とフローリアは改めて意気込んだ。

 少しだけしょぼんとしたものの、すぐに笑顔を浮かべるというあたり、切り替えの早さも天下一品。


「……シオン様が決めたことですもの。きっと後悔はないのだと、思いました」

「ええ、良いの。アタシはこれからアンタを、アンタの家族を笑顔にするために……守るべきものを少しだけ増やすっていうだけなんだから」

「……はい!」


 婚約破棄をされて、喜んでいただけなのに、結果的にフローリアは良い思いをしてしまった。

 これで良いのか、と自分が問いかけてくる一方で、『やっと幸せになれるのだから、悪役と罵られようが良いではないか』という自分もいる。


 ――だから、好きにした。


 その結果として、とても大切な人を手に入れられたのだから、心の底から『婚約破棄してくれてありがとう』なのだ。

 嫌みにしか聞こえないことだとしても、フローリアは心の底からそう思っている。


「……シオン様、これから……改めてよろしくお願いいたしますわ」

「こちらこそ、よろしくねフローリア」


 愛している、だなんて使わない。

 二人の間には、硬すぎるほど強固な絆が、確実に芽生えているのだから。

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オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する みなと @minatokikyo

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