第64話:今度こそ平和に
「全くもう、我が弟ながら頭が悪い! いいえ、何もかももう最悪よ!」
ぷりぷりと怒りながらルイーズはシェリアスルーツ家でまったりしているのだが、使用人の皆さまは慣れっこなので特に狼狽えたりしていない。
新人さんは『この人確か別の国の王妃様……!』ということは知っているようで、どうしてそんな身分の人がここに来ているんだ!?と絶賛混乱中。
「ルイーズ様、とりあえずは片付いておりますし、落ち着いてくださいませ」
「ルアネ、貴女は落ち着けるというの!?」
「まぁ……それなりには」
ルクレール王国の王妃と、かたや騎士団長の家ではあるものの単なる貴族夫人がどうしてそんなに親しげなんだ!?とやはり新人さんたちは狼狽えているが、慣れている面々がサポートしているのでどうにかなっている。
だが、ここにいる面々をよくよく考えてみると恐ろしい面々なのだ。
王弟・シオン。
ルクレール王国王妃・ルイーズ。
なお、ルアネはかつてルイーズの専属護衛騎士だったしアルウィンは現騎士団団長。
フローリアはシオンの婚約者、ということも併せて考えれば当然……!と、ここまで考えた入ったばかりの使用人も少なからずいるらしい。とはいえ、シオンにようやく慣れ始めた頃にまた新たな高位貴族どころではなく、王族として他国にいる人が『わたくし、こちらで少しお世話になるわ!』と言いながらやって来るだなんて想像はしていなかった。
使用人たちがこれ以上混乱しないように、とフローリアは苦笑いを浮かべてルアネとルイーズ、双方へと視線をやる。
「お母様、ルイーズ様。入ったばかりの使用人が困惑しておりますので、いつもの仲良しな会話は程々に」
「……あら」
「まぁ」
どことなく似ている反応をする二人を見て、フローリアは思わず笑う。
そして、思う。
――この二人の絆は、どこにいても切れることがないんだろうな、と。
「フローリア」
自分もこうありたい、とフローリアは声の主を見て思う。
「はい、シオン様」
「いらっしゃい」
おいで、と優しい声音でフローリアを呼ぶシオンの元に、呼ばれるまま移動した。
「ごめんなさいね、ミハエルの馬鹿がアンタに対して酷いことをしたうえに、ババアの癇癪にまで巻き込んじゃって……」
わぁ、めっちゃキラキラしたいい笑顔で口が悪い!と、メイド一同思った、という。フローリアが諌めるのかと思っていたら、フローリアはにっこり笑って緩く首を横に振った。
「いいえ、シオン様。ミハエル様に迷惑をかけられるだなんて日常茶飯事、王太后さまの無茶振りも大体いつものことですわ。皆様揃いも揃って、人に責任をなすりつけるのが大層お得意のようですし……でも、困ったものですわよねぇ……」
そこそこな毒をさらっと吐いたフローリアだが、まぁ、彼らは今後好きに生きていけば良いのでは、というくらいの気持ちしかない。
自分の国の王太子があんなので、苦労するのは王太子妃なのだが、この期に及んでも王太子の変更はされないようだ。
どこまでも己の息子可愛さが最後は残っているようだし、身内が何を言っても響かないのであれば、他国から散々にけなされてしまって、ボロボロになる他ないだろう。
フローリアの言葉を聞いて、一番安心し、笑っているのはシオンだった。
シオンはヴィルヘルミーナの子であるから、父に似ていないというだけの理由で冷遇されて、殺されかけたからさっくり縁を切ったが、フローリアはミハエルに言われてようやく、だった。
これからは尻拭いの役目をアリカが担うことになっているが、まぁどうぞ頑張ってくださいね、としか言えない。
ミハエルに対してなら、上手いこといえば簡単に煽れてしまうのだがこれ以上の関わりは持ちたくない。
シオンにとって、これから大切にするべきはフローリアが最優先。
そして、フローリアの家族も、自分に仕えてくれている使用人たちやラケルも、大切にしていく。そう決めた。
「フローリア、アンタがそう言ってくれると助かるわ。それと、アタシの心も守ってくれて……ありがとう」
「……いいえ、とんでもございません。わたくし、シオン様に何かありそうなら……えっと」
「フローリア?」
ぽ、と頬を赤らめて少し言葉に詰まったフローリアを、シオンは不思議そうに眺める。
ルアネとルイーズも、なんだなんだ、と興味深そうにチラ見している。
「その、シオン様が悪く言われたり、……雑に扱われるのが、本当に嫌で、つい、あの場で口からポロッと……」
「……フローリア……」
言った内容はそこそこ苛烈ではあったものの、それだけ、この短期間でフローリアがシオンを大切に想うようになった、という紛れもない事実。
じんわりと心が温かく、そして嬉しい気持ちが溢れてきたシオンは、改めてフローリアを抱きしめた。
「……ありがとう、優しい子ね……」
「シオン様がわたくしを大切にしてくれるから、わたくしだってシオン様を大切にしたいんです」
「やぁねぇ、そんなの当たり前よ」
ケラケラとシオンは明るく笑い、ぽんぽん、とフローリアの背を優しく叩いて一度体を離した。
「好きな子なんだもの、大切にしたいし甘やかしてあげたいって思うのは当然でしょう?」
「……」
「フローリア?」
ぴし、と固まってしまったフローリアの目の前でひらひらと手を振るシオン。
「おーい、フローリア。どうしたの?」
「あ、ええと、その、好き、って」
「……あれ?」
「ちょっとシオン、さっきから聞いていれば!」
「待って姉上! ちょっと何かおかしな誤解してない!?」
「フローリア、好かれて問題でも?」
いそいそとやってきたルアネに問いかけられ、顔を赤くしたフローリアはぽそぽそと話し始める。
「その、わたくしの、一方的な想いかと、思って、いて」
「……閣下」
「はい」
ルアネの低音に、思わずシオンは背筋を伸ばした。
「告白はなさいまして? うちの子に」
「え?」
「はいかいいえか、でお答えくださいまし」
「……」
したっけ、と思いながらシオンは記憶を必死に遡っていくが、ふと思い当たる。
可愛いとかアタシのお姫様とか、割と甘々な台詞を吐いたりしているのだが、『好き』って直接言ったっけ……?と遡ってみるが、ハッと気づく。
「してない……?」
「閣下、ちょっとここにお座り直しなさいまし」
「え」
「お早く」
ぺしぺしとルアネが移動した先のソファーを叩いているが、ルアネの目が本気である。
まずい、順番を間違えた、とシオンが思っているとルイーズから肩に手を置かれてしまう。
「ひっ!?」
「シオン、さっさと行きなさい。フローリアはわたくしがちゃぁんとケアしておきますからね」
「あの……アタシがフローリアをケア……」
「四の五のいわず、お行きなさい?」
ほら、早く、と急かされてルアネのところにそっと移動して座る。
座った瞬間、怒鳴り声ではなく淡々と話し始めるルアネの迫力にシオンが呑まれてしまい、すっかり小さくなって話を大人しく聞くことしかできなかった、とかなんとか。
二人が両想いであることは見ていて分かるものなのだが、双方の気持ちを吐露していないということがここに来てようやく発覚した、ということである。
ルアネ曰く、『男性がそういうのはリードするもの!』ということなのだが、フローリアのケアをしているルイーズはあっけらかんとしており『両想いなら別に良いのでは』というスタンス。
フローリアをよしよしと慰めながら、ルアネに聞こえないようにルイーズはフローリアに問いかけた。
「フローリア、シオンからの告白ってほしい?」
「え、ええと……」
「大丈夫よ、素直に言っちゃいなさい?」
「……わたくしの、片想いかと、思っておりまして」
「ん……?」
どこをどうしてそう思っていたのかこの子、とルイーズの頭の中でツッコミが追いつかない。
何かもうルアネに叱られている弟が可哀想だが、あんなにしゅんとしているイケメンを見ることもそうそうないか、と面白がって止めていないのだが、黙っておこう、と心にそっと誓った。
「フローリア、とりあえず告白とかお互いの気持ちに関しては大丈夫よ。しっかり両想いだから」
「は、はい」
「あとね……ちょっと耳を貸してくれる?」
「……?」
言われるがまま、フローリアはルイーズの方に体を近づけた。
「シオンがね、素を出すだなんてほとんどないの。わたくしやルアネは昔から知っているけれど……。だからね、自信を持ちなさい? あなたは、シオンにとっての唯一の人なんだから」
「……」
まさかそんなにも、とフローリアは更に顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。
「良いからさっさと改めてプロポーズなさいませ!」
「はい!」
直後、叱られたシオンがルアネの監修のもと、しっかりとプロポーズをしたのだが、幸いにもルイーズのおかげであっさりとプロポーズを受け入れたのだが、その場にいなかったアルウィンやレイラが不在だったためにリテイクを食らった、というちょっとした黒歴史となってしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます