第3話 救出

 風のように飛び出したカイン、ソフィーを見つけるのは早かった。さすがフレルが認めるだけの実力者である。フレルの見る目が確かかどうかはさておき。


 *


 コブリンが大群で移動したのが幸いして、村人が追い込んだと思われる場所からずっとその痕跡が残っていた。それこそ子供であっても見落とさないレベルで。


 カインの実力が確かなのか、疑問が浮かぶところである。その真偽は再び闇の中へ。


 とにかくその先でカインは一つの洞窟を発見した。


 入口にはご丁寧に見張りが二匹。カインはサクッとその二匹を始末した。二匹程度であればカインの敵ではない。


「さて、ここが正解だといいんだが……」


 周囲を警戒しつつ、洞窟の中を覗き込んだカイン。意外にも洞窟は深く暗く、奥までは見ることができない。


「ライト」


 カインが小声で唱えると、小さな光球がふわりと浮き上がる。


 魔術師でないカインでも、生活魔術くらいなら使うことができる。とは言え、今しがた使用した『ライト』の他には、種火を起こす『ファイア』と飲水を出す『ウォーター』くらいなものだが。


 視界を確保したカインはゆっくりと洞窟を進む。どうやらコブリンは出払っているようで、洞窟内はシンと静まり返っていた。


 やがて洞窟の最奥に辿り着いたカインは一人の女性を見つけた。ツタで身体をグルグル巻きにされ、地面に転がされている。


 そして──


「すぴー、すぴー……」


 なんとこの状況で呑気に眠っているではないか。


 この女、なかなかに豪胆なようだ。


 ただ衣服に乱れがないところを見るに、手遅れになる前に見つけることができたらしい。コブリンに手を付けられれば、衣服など破り捨てられてしまうのだ。


 それにしてもこの女性、フレルからの前情報があった通り、とんでもなく愛らしい顔をしている。カインもしばらく見惚れてしまうほど。まさに天使の寝顔であった。


 しかし今は悠長に寝顔を眺めている暇はない。いつコブリンが戻ってきてもおかしくはないのだ。


「お、おい、起きろ」


 カインが女の頬をペチペチと叩くと、身じろぎが返ってきて、瞼が開いていく。


「んん〜〜……。ふぇっ? あっ、おはよう、ございます?」


「うん、おはよう。それで、あんたがソフィーで間違いはないか?」


「えっと、ソフィーは私ですけどぉ……。って、えっ、えぇっ?! ここ、どこですかぁ?! こ、こんなところに連れ込んで何するつもりなんですかぁ?!」


 目覚めたソフィーは状況が呑み込めずに混乱し始めた。さらにソフィー、実は少々男性恐怖症なのである。突然現れたカインにビビっていたのだ。


「落ち着けっ! 何もしないから。ちなみにここに連れ込んだのはコブリンだ。俺はあんたを助けに来たんだよ」


「ふぇ……、コブリン?! ってことはぁ……、私、お母さんにされちゃうんですかぁ?!」


 ソフィーのクリンとした大きな瞳にじわりと涙が浮かぶ。コブリンに捕まったと聞かされれば大抵の女は同じ反応をするだろう。たとえそれが、今までぐーすか寝ていた女であろうと。


「そうならないように俺が来たんだって。頼むから大きな声を出さないでくれ」


「は、はいぃ……」


 少し落ち着かせたところで、カインは腰に刺していたナイフを抜いて、ソフィーを拘束していたツタを切っていく。


「あ、ありがとうございます……」


 身体が自由になると、ソフィーはカインにペコリと頭を下げた。寝起きではカインを暴漢扱いしていたソフィーだが、最低限の礼儀は持ち合わせているらしい。


「礼なら町に戻ってからにしてくれ。それより、身体は動くか?」


「えっと……、はい、大丈夫そうです」


 ペタペタと自分の身体を確認してソフィーはコクリと頷いた。


「なら、すぐここを出るぞ。やつらが戻ってきたら面倒くさいからな」


 カインはソフィーの手を取り立ち上がらせ、そのまま駆け出す。


 この時、ほんのりとソフィーが頬を染めていたことをカインは知らない。ライトの明かりだけではそこまでわからなかったのだ。


 ソフィー、男性恐怖症なくせに意外にも乙女であった。


 二人は手を繋いだまま走り、洞窟の出口に辿り着いた。


 後はこのまま町へと帰って、巣穴の場所を報告すれば仕事は終わりだ。カインがそう安堵した時──


「ギャ?!」


 巣穴に戻ってきた一匹のコブリンとばったり。そのコブリンは腕いっぱいになにかの果実を抱えていた。


 カインが洞窟へと踏み込んだ時、コブリン達は人間の女を捕まえたことを祝う宴のために食料を調達しに出かけていたのだ。コブリン、どうやらお楽しみは後に取っておくタイプらしい。


 そのおかげでソフィーが今まで無事だったのだ。当の本人は危機感もなく寝ていたわけだが。


「えっと、お疲れ様です」


 気が緩んだタイミングでの遭遇、カインはコブリンへと会釈をしてその場を乗り切ろうとした。ソフィーもポカンとしながらもそれに倣う。


 コブリンも動揺していたのだろう、うっかりカインへと会釈を返してきた。


 なんとも言えない沈黙が訪れる。


 そのまま静かに見つめ合うこと数秒、先に我を取り戻したのはコブリンだった。


「ギャーーーウ!!」


 空に向かって雄叫びを上げた。


 コブリンの言葉がわからないカインでも、これが何を意味しているのかはわかる。獲物が逃げたぞ、そういうことだ。


 その声が届いたのだろう。あちこちからガサガサという音、グキャグギャという鳴き声が聞こえ始める。


「……逃げるぞソフィー!!」


「ふ、ふえぇぇぇ〜〜〜〜〜!!」


 こうして、カイン・ソフィーとコブリン達の楽しい鬼ごっこが開始されたのだった。

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【悲報】パーティを組むことになった『せいじょ』さんがポンコツすぎる。 あすれい @resty

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