13 悪役令嬢、覚悟する。
戻ってきた場所は埃っぽい教室だった。
窓から見える景色からして、バグ空間に落ちる前にいた最上階の部屋らしい。
あたりを見回すが、レオの姿はない。
「やっぱり逃げられたわね……転生者同士、仲良くできる道もあったかもしれないのに……」
私はため息をつくと、床に横たわるニーナを見下ろした。
「ねえニーナ」
少し低い声で呼ぶと、ニーナはぎくりと肩を跳ね上げた。
「レオと話してる途中から、起きてるの気付いてるわよ」
「さすがクラウディアさま。素晴らしい観察眼です」
「誤魔化さないでちょうだい」
ニーナは「えへへ……」と笑うと、ゆっくりと体を起こした。
「いざとなった時に助太刀に入ろうかと思いまして」
「本当に? 少なくとも、逃がしたのは愚策だったんじゃないかしら」
「そう言わないでくださいよ! 僕だって大怪我だったんですからね!」
「そ、そうだったわね。ごめんなさい」
慌てて謝ると、ニーナは愛おしそうに目を細めた。
「ふふ、クラウディアさまとやっと二人きりになれました」
「それでよかったの?」
「今はまだ、相手の情報が足りません。泳がせたというやつですよ。――それにしても、裏魔法とは厄介ですね」
顎に手を当てて「うーむ」とうなるニーナを、私は睨みつけた。
「……ねぇあなた、全部知ってたんでしょ? アステルの襲撃の話も、レオが悪だくみしていたことも」
「ええ? なんのことですか?」
しらを切ったニーナは、にやりと笑った。主人公らしからぬ悪い笑みに、私は再びため息が出た。
「十年前、アステルで襲われた当事者だったんでしょう? どうして言わなかったの。言ってくれれば私だって何か対策を――」
「そんな必要はありません。僕は、クラウディアさまに安全な場所にいてほしい。それだけなんです」
「それは不公平じゃなくって?」
「いいんです。僕はクラウディアさまを守りたいから」
なんて自己中心的な振る舞いだろう。
「……なんだか、あなたのほうがよっぽど『悪役令嬢』に向いてる気がするわ」
「奇遇ですね、僕もそう思いますよ」
ニーナはふふ、と笑い声をこぼしたあと、真剣な表情になった。
「ですが……今回のように面倒なことになると分かったので、これからなにかあれば――できるだけお伝えするようにします」
「できるだけじゃない、絶対に伝えなさい」
「わ、分かりました。では、クラウディアさまからもお伝えいただけますか?」
「ええもちろん。報連相は基本よ?」
ニーナが小さく頷いたのを見て、私はふう、と息を吐いた。
謎はまだ残るが、これでひとまず一件落着だ。
私は急かすように、ニーナの背中を叩いた。
「さあ、まだ《宝探し》は終わってないわ。せっかくだもの、薬草見つけまくって荒稼ぎしない?」
「ふふ、いいですね。稼いだお金で、アステル
「良いアイディアね」
私たちは互いに笑い合う。
ふと窓に映った私とニーナの笑顔が似ていて、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
☨ ☨ ☨
そしてハプニングはあったものの《宝探し》は私やニーナのいるエアスタークラスが僅差で優勝した。
私たちは大量の薬草を持ち、寮の部屋に帰った。ベッドに横並びで座る。
「私たちが荒稼ぎしてなかったら、ドリトに負けてたなんて信じられないわ」
「今年のエアスターはレベルが低いですね」
「……同じことを思ったけれど、心にとどめておきなさい。もう、クラスメイトとのいざこざはごめんだわ」
ニーナは苦笑いを浮かべながら、小さな声で切り出した。
「そういえば――レオは書類上、退学処分となったそうですよ」
「書類上、ね」
この世界では『魔法による犯罪』は重罪だ。
人を簡単に殺められる魔法を使う者にはそれ相応の罰を。実に道理が通っている。
――しかしこの学園内では、少し違っている。
名家出身者が多いアカデミア内では、生徒が犯罪をした場合、外には情報を漏らさず、
家の名を汚さないためにアカデミア内ですべてを揉み消すのだ。
改めて考えると、魔法士界の闇が表れていると思う。
「まあ……処刑されないだけマシかしら。とにかく、これで本編との差が決定的になってしまったわ」
「そうですねぇ」
ニーナはにやりと笑い、私のほうに肩を寄せてきた。
花のようないい匂いがして、いつものようにくらくらした。
「クラウディアさまは何かお悩みが?」
「悩みだらけよ。何がバグで、何が正しいのか分からなくなってしまったんだもの」
「本編と違う、でも世界はまだ崩壊していない、それだけでいいんじゃないですか?」
その言葉に少しだけ、肩の荷が下りる。でもなんだかそれではいけない気がして、私は大きく息を吐いた。
「ニーナはずいぶんと楽観的ね」
「だって、クラウディアさまが隣にいらっしゃる。それだけで何でもできる気がします」
「そう言って大けがしたのはどこの誰だっけ?」
「い、意地悪ですよクラウディアさま!」
「ふん。私は悪役令嬢よ、忘れたの?」
私が鼻を鳴らすと、 ニーナは満足げにこちらを見た。そしてうやうやしく手を差し出してきた。
「――それでは、悪役令嬢のクラウディアさま。これからもハッピーエンド目指して、一緒に頑張りましょうね!」
「……仕方ないわね。こうなったら、最後まで付き合ってもらうわよ」
「はい、どこまででも!」
私はニーナの手を取った。
こうして――私たちは、また新たなシナリオを作り上げていくことになった。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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クローズドベータの悪役令嬢~悪役令嬢を演じてたのに、正ヒロインが女装男子でした~ 宰田 @zaida
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