12 悪役令嬢、主張する。

【クラウディアSide】


 倒れているニーナの傷口に手を当てる。

 簡単な回復魔法だったが、ニーナの傷はなんとかふさがった。まだ油断はできないが、死ぬことはないだろう。


 しかしニーナの顔はいつもより青白い。胸がずきりと痛んだ。


 シナリオ通りのハッピーエンドを目指していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 ――私が、欲を出したから。

 ――ニーナの言葉に乗せられたとはいえ。

 ――自分のために・・・・・生きようと思ってしまったから。


「……こんなんじゃ、悪役令嬢失格ね。震えが、止まらないもの」


 自嘲しながら、ニーナの冷たい手を握った。


「ごめんなさいニーナ、私のせいでっ……ごめんなさい――」


 強く握りしめていると、ゆっくりとニーナの指が動いた。


「クラウディア……さま……ほんもの、ですね……?」

「っ! ニーナ……」

「クラウディアさま、僕に……謝らないで」


 ニーナの白い指にわずかに力がこもる。


「こんなとき、だから、わがまま言いますね……? 謝る、代わりに……褒めて……ほしい、です」


 ニーナは、血で汚れた口元でほほ笑んだ。私は握っている手に力を込めた。


「……仕方ないわね、今日だけ褒めてあげるわ」


 私は涙をこらえ、空いているほうの手でニーナの頭を撫でた。


「よく頑張ったわね、ニーナ――いいえ、ニノ。果敢に戦ってくれてありがとう。おかげでレオが黒幕だと分かったわ。それに、死なないでいてくれて――、ぐすっ、わ……私、心配したんだから! もうこれ以上の無茶はしないでよ!」

「へへ、分かり……ました…………」


 ニーナは再びへらりと笑うと、ゆっくりと目を閉じた。

 回復魔法が効いているのだろう、傷口は淡い緑色に発光していた。


 ニーナを床に横たえたとき。後ろに人影を感じ、私は急いで振り返った。

 そこには変身が解けたレオが、杖を構えて立っていた。

 ニーナの攻撃でできただろう傷には、ノイズが走っている。


 もしかして、体力がゼロになったのに――バグで生きている?


 そんな仮説が、頭の中を駆け巡った。

 バグった相手にどんな攻撃が効く? 一種の無敵状態なんじゃないの?

 恐怖で、背中に冷や汗が流れる。


「クラウディア? 怯えてるみたいだけど、どうしたんだ?」


 レオは私よりも悪役らしく・・・・・笑った。

 私はそれに微笑み返し、杖を握って立ち上がった。


「……よくもこの世界の『中心』を傷つけて、のうのうと笑っていられるわね」

「むしろ死んでもらわないと困るんだよ」


 どうやらレオは訳アリのようらしい。

 もしかしたら――ニーナの言っていた「国家転覆を目論むやから」かもしれない。


「へぇ、あなたの事情は知らないけれど――『攻略対象』だからって容赦しないわ」


 ふと、昨日ニーナがくれたネックレスが熱を持った気がした。

 ぐん、と魔力が湧き上がるのが分かる。これなら、魔法を撃つよりも――


「こっちのほうがいいわね。獅子召喚ゲラード・リオン!」


 私は杖を振り、大きな召喚獣を呼び出した。

 召喚された白いライオンは、大きな咆哮を上げた。


 普段だったら魔力が足りないが、ネックレスのおかげで簡単に呼び出せた。


「ハハ。アンタら共々、オレの攻撃をまねっこするのが好きなのか? だったら受けて立つぜ? 獅子召喚ゲラード・リオン


 レオは私が召喚したのより二倍ほどは大きな、黒いライオンを呼び出した。


「ビビんねぇんだな」

「あいにく、魔力量には自信があるのよ」


 召喚獣同士の戦いとなる。これは純粋に「魔力」のぶつかり合いと同義だ。

 私と事を構えたってことは――相当自信があると言うこと。

 でも――


 私は、胸元で光るネックレスを握りしめた。


「今日の私はひと味・・・違うのよ!」


 魔力を一気に注ぎ込む。あたりに紫色の光が弾けた。

 私の白い獅子は大きな咆哮を上げ、黒獅子の耳を引きちぎった。

 黒獅子はぶるぶると震え、体を丸めた。こうして見ると――ちょっとかわいそうだ。


 白い獅子は勢いを殺さず、次のターゲットであるレオに向かっていく。

 襲われそうになり、レオはその場で後ずさる。

 しかし数歩動き――壁にぶつかった。猛獣の鋭い瞳に睨まれ、レオはへなへなと地面に崩れ落ちた。


 私は杖を振って、召喚獣を消した。

 堂々とした足取りでレオの元へ向かうと、倒れたレオをきつく睨みつけた。


「私の勝ちね」

「……ああ、降参だよ」


 レオはふっと笑い、両手を上げた。悪びれない表情に反吐が出そうだ。


「バグはあなたが引き起こしたのでしょう? 方法を教えなさい」

「――裏魔法さ」


 裏魔法。

 この魔法界では禁じられている、禁忌の魔法だ。

 威力が強大だったり、人を陥れたり、大犯罪を起こせる魔法の総称。

 裏魔法に属すものを使った時点で重大な違反のはずなのに。


「どうしてバレずに使えたのかしら」

そういう術・・・・・もあんだよ。オレの母さんは――オレがその術を使っているのに気付いた。だから口封じで目を覚まさないようにした」

「つまり……あなたが、アステル襲撃の犯人ってこと?」

「そうだよ。オレはまだ五歳とかだったからな、容疑者にはならなかったんだ」


 意気揚々と話すレオに、私はギリリと歯噛みした。


「今すぐ殺してしまいたいけれど――じゃあ次。ニーナと私をバグ空間に落とした理由を教えなさい」

「……オレは、この世界を『シナリオ通り』にしたいだけさ」


 まるで過去の私のような言葉だ。思わず息を呑んでしまう。


「どう、いうことよ」

「オレはこの世界が『ゲームの世界』だって知ってる。このゲームを遊んだことねぇから詳しくは知らねぇけどさ、ニーナの見た目だけは知ってたから、つけ狙った。あとはとにかく――ニーナが男なのが一番ネックだ」


 口の端を歪めながら、レオはつらつらと語り続ける。


「アステルの襲撃事件で、裏魔法を使うつもりはなかった。ただお屋敷のメイドとしてアステルに来たニーナを殺して、ニーナを作り直そう・・・・・としたんだ」

「――でもニーナが強かったのね?」

「ああ。だからニーナに逃げられそうになって、とっさに裏魔法を使った。その結果母さんが犠牲になった。母さんの記憶を消す魔法は覚えたからな、そろそろ目を覚まさせても良いと思ったんだ」

「ふん、根っからの外道じゃない」


 私は突きつけた杖から、小さな電撃を放った。ピッと音を立て、レオの頬に赤い線が走る。

 しかし頬の傷をものともせず、レオはにやりと笑った。


「オレとアンタの何が違う? アンタも悪役令嬢として振る舞ったんだろ? ――でも失敗した。あんなの・・・・が乙女ゲームの主人公じゃ、ゲームも進まねぇもんな」

「そ、れは……」

「失敗したからって、ニーナに諭されたからって、今さらシナリオを変えようとして何になる? アンタも大人しくシナリオ通りに進んで、事故死すれば・・・・・・こんなことにはならなかったんだぜ?」


 過去の私が、その通りだって頷いている。

 でも――!


 私はちらりと後ろを見た。そこにはずいぶんと顔色のよくなったニーナが横たわっていた。


 私は、彼女――いえ、彼の思いを無駄にしたくない。

 ニノは私に「私は私だ」と言ってくれた。

 自分の人生の一歩目を、踏み出させてくれた。


 本来は私が戦わなきゃいけない相手とも、こんなケガを負ってでも戦ってくれた。


 その思いに応える。それこそがクラウディア=キルケだろう!


 私は震える唇を、必死に動かす。


「わ、たしは……っ」


 強く拳を握り、私は大きく息を吸った。


「私は悪役令嬢クラウディア=キルケよ! 自分の道を自分で選び取り、周りなんか関係なく突き進む。それこそがクラウディアでなくって⁉ 例えこの世界を捻じ曲げても、私は私の道を進むのよ! 原作を知らない人間は黙って退場しなさい!」


 レオはぽかんとした表情の後、肩を震わせはじめた。


「……ハ、ハハハ! アハハハハハハハ‼」


 あたりにレオの笑い声が響く。レオは笑いすぎて出た涙をぬぐった。


「それはそれは、失礼したよ。他にも転生者はいるみたいだぜ? せいぜい気張れよ悪役令嬢サン・・・・・・

「っ……!」


 耳元でささやかれ、思わず距離を取る。

 その瞬間、レオの周りをエフェクトが包んでいく。

 そしてレオは「瞬間移動ハラハ・スキュティラ」と呟き、バグの空間から消え去った。


「マズいわね……殺せなかった……」


 私は拳を強く握った。


 レオを殺し、クラスが失格になろうともバグの芽を摘んだほうがよかったのか。

 それともレオを殺さず、穏便にイベントを終わらせたほうがよかったのか。

 正しいシナリオがない以上、判断が付かない。私は頭を抱えた。


 考えている間にも黒い空間が崩れ落ち、明るい光があちこちから差してくる。もうすぐ元の世界に帰れるのだろう。

 私は考えるのを止めた。今はとにかく、無事に戻ることを考えなければ。


 倒れているニーナを強く抱きしめ、私はバグが消え去るその時を待った。

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