11 悪役令嬢、青ざめる。

【クラウディアSide】

 

 私は急いで減速魔法を発動した。

 しかし間に合わなかったようで、地面に激突する。


 その衝撃で少し意識を飛ばしてしまっていたらしい。重い瞼を開くと、じわりと全身が痺れた。


「いっ、たた……」


 腰をさすりながら体を起こすと、真っ暗な空間が広がっていた。

 教室でも廊下でもないということは、老朽化で床が落ちたわけではなさそうだ。

 とにかく、ずっとここにいたら平衡感覚がおかしくなりそうな暗さだ。


 手探りで杖を探し、なんとか振り上げる。


「……光よ広がれレオハト・スパナン


 ふわりと辺りが明るくなる。しかし誰もいない。ニーナもレオも、別の場所に落ちてしまったようだ。


「それにしても、なによここ……」


 空間のあちらこちらに、色がずれたようなノイズが走っている。

 手を近づけるとバチバチ! と音が鳴ったので慌てて離した。


「見た目からして、バグ空間かしら……こんな場所があるなら、ニーナが説明してくれそうだもの……」


 暗い部屋の中をふらふらと歩いていると、木製の大きな扉があるのを見つけた。


「とりあえず、ニーナとレオと合流しないとね」


 私はホコリの溜まったドアノブに手をかけ、恐る恐るドアを開いた。




 ☨    ☨    ☨




【ニーナ Side】


 僕は真っ白な空間に落ちた。


 あの教室の下は廊下のはず。だからクラウディアさまが言っていた《バグ》の空間だろう。とにかく周りにクラウディアさまの気配がない。急いで探さなければ。


 そうやって頭を回しながら目を開けると――馬乗りになったレオに杖を突きつけられていた。


「これはこれは……何の冗談です?」

「アンタは殺さなきゃいけないんでな」

「へぇ。縛り付けてでも事情を教えてもらわないといけませんね。クラウディアさまを探しに行ったあとですけど」


 僕は無詠唱で、突きつけられたレオの杖に飛行魔法を掛けた。

 杖はプルプルと動き出し、勝手に上空へと飛んでいく。


「ハハ…! かなり上級の飛行魔法を無詠唱で――まさかアンタ《無属性》か。百年前に一度だけ現れた、全属性の魔法を操れるとかいう……」

「属性? 興味ありませんね。クラウディアさまを守れるかどうかだけが大事ですから」

「ブレないな、アンタ」


 笑いながら、レオは僕の上からどいた。僕も制服についた土埃をはたき、立ち上がる。


獅子召喚ゲラード・リオン


 広がった魔方陣から現れたのは、黒色の獅子ライオンだった。

 空気が震えるほど、大きな咆哮を上げた。


 僕は怯むこともなく、杖を振り下ろした。


「早くクラウディアさまを探しに行かせてください。お菓子屋さんクーキスミッタ


 ポポン! と軽快な音とともに、たくさんのお菓子が生まれる。杖を振り下ろし、お菓子を地面に散らばらせた。


「そんな初級魔法でなにができるんだよ。獅子よ、ニーナを襲え!」


 召喚された黒獅子は走り出す直前、目の前のお菓子に吸い寄せられ――食べた。

 そして走りだそうとしたが――苦しみだし、どさりと倒れこんだ。


「アンタ……いったい何を……」

「決闘の時と同じですよ。お菓子屋さんクーキスミッタと毒魔法と組み合わせたんです。見た目は美味しそうな――毒餌になるでしょう?」


 するとレオは肩を震わせて笑った。


「ハハ、その考え方はなかったな……余計な知恵を植え付けちまった」


 目を光らせると、杖を構え直した。


「こちらも本気に――なろうかしら」


 レオの髪が伸び、美しいブロンドに染まっていく。瞳も翡翠色になり、顔も変化していく。

 聞き覚えのある声。そして見覚えのある姿。


「……いえ、見覚えどころじゃないですね」


 目の前で変化したレオの姿に、全身が震える。恐怖ではない。怒りだ。


「その姿は、僕の愛する人――クラウディア=キルケのようですが?」

「よくわかったわね。さすがよ、ニーナ」


 声すらもクラウディアさまそっくりだった。


「……反吐が出る。その声でしゃべるな。それにクラウディアさまは僕のことをそんな風に褒めませんから」

「かわいそうなニーナ。私が抱きしめてあげる」

「黙れ。おおかた変身術でしょう」


 するとレオはくるりとその場で回って見せた。

 クラウディアさまそっくりの髪がふわりとゆれる。


「そうよ。私の裏属性は『動物』。召喚獣の扱いもだけど、動物である・・・・・自分の体を扱うのも得意なの」


 あくまでクラウディアさまの話し方を真似るようだ。本当に癪に障る。


「でも変身したところで、クラウディアさまの魔力を得られるわけじゃないだろう」

「ええ、でもあなたに攻撃ができるの?」

「……どういうことですか」

「あなたの大好きな『クラウディア=キルケ』の体に傷が付くのよ? 私をキズモノにする気?」


 艶めかしく言い放ったレオは、あろうことか自分の胸元のボタンを外し始めた。きめこまかな白い肌が、シャツの間から覗く。


「私のために死んでくれるなら、最後にいい思いをさせてあげるけれど?」

「……どこまで僕を怒らせれば気が済む? レオ=スレイマン!」


 血液が沸騰しそうだ。

 なりふり構わず、僕は杖を振った。


「てめぇみたいなゴミが、クラウディアさまの名を騙るな! エリスガルディ地に伏せろ!」


 初級魔法だが、思いっきり魔力を込めてやった。

 レオはぶざまに音を立てて地面に這いつくばった。僕は口元を歪めながら、彼を見下ろした。


「ふん。いい眺めですね、レオ?」

「……同じ魔法を使うとは、ずいぶんと舐められたもんだな」

同じ魔法・・・・? へぇ、あの暴走バグの中でも、掛けられた魔法を覚えていたんですか。意識を保っていたということは……あなたがバグを引き起こした張本人なのでしょう?」

「さぁね」

「あくまで口を割る気はないのですね。さっさと死にやがれ」

「ハハ、そう簡単には死なねぇよ」


 レオはゆらりと立ち上がると、杖を突きつけてきた。技は大体予想できる。

 僕はにやりと笑うと、同時に大声で唱えた。


「「アギス・ブリクスト・スペイラ雷の槍よ、襲え」」


 互いの魔法がぶつかり合う。

 空間が真っ白に光り、視界が奪われた。

 目が慣れてくると、クラウディアさま――の見た目をしたレオが髪をなびかせながら、こちらに微笑んできた。


「いたい、わね」


 翡翠色の瞳が

 ほろり、と涙をこぼした。


 ――その美しさに、思わず目を奪われてしまった。


 息を吞んだ瞬間、レオの放った雷が胸を貫いていた。


「……が、はっ」


 なすすべなく、僕は地面に倒れ込んだ。

 しくじった。目を奪われたと同時に意識が逸れ、押し負けてしまったらしい。


 息ができない。苦しい。熱い。

 詠唱をしようとしたが、口を開けば血だけが溢れてくる。

 ああ、クラウディアさまと食べたケーキとは大違いの味だ。クラウディアさまに僕の作ったケーキを食べてもらいたかった――。


 かすんでいく視界のなか、突然白い空間が切り取られたように見えた。空間は扉のように開き――そこからは見覚えのあるブロンドの髪が覗いた。


「クラウディア、さ、ま――?」


 目の前に映る、焦った顔のクラウディアさまは――きっと本物だろう。

 死の間際に見ている都合のいい夢じゃないことを祈ろうと思う。


 僕はゆっくりと手を伸ばし――意識を飛ばした。




 ☨    ☨    ☨




【クラウディアSide】


 扉を開けた瞬間――目の前の光景に、サッと血の気が引いた。


 ニーナが倒れている。それに変身が解けかけたレオも。

 レオの髪は半分ほど金色になっていて、緩いウェーブが掛かっている。

 十中八九、私に化けてニーナの油断をさそったのだろう。


 そしてニーナのほうを見ると――じわじわと血だまりが生まれはじめていた。


「ニーナっ!」


 私は慌てて駆け寄り、ぐったりとした体を抱き上げるのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る