10 悪役令嬢、落っこちる。

 扉の前に立つ、杖を構えた黒髪の男女ペア。

 十中八九、私たちの騒ぎ声を聞いてやってきたのだろう。

 これだから騒いでほしくなかったのに……と思わず頭を抱えた。


 もしゲームのシナリオ通りなら、ここでニーナと私が対立する。

 だけど――ニーナは私側にいるから、代わりに違う人物が宛がわれたらしい。しかも二人も。

 面倒だけど、イベントが起きたからには仕方ない。私は堂々と男女ペアの前に立ちはだかった。


「クラスと名を名乗りなさい」

「ニコラとアンダースです。……クラスは最下位ドリト


 ニーナ=アンブローズに近い名前の二人だった。偶然なのか、運命のいたずらなのかは分からないが、くすりと笑みがこぼれてしまう。


「へぇ……最下位ドリトの分際で、何のご用かしら?」


 私が笑いながら冷たい視線を送ると、二人の生徒はひるんだ。


 こんなか弱い生徒相手に、無駄な戦いはしたくない。

 立ち去ってほしい気持ちを込めて、私はあえて鼻を鳴らし、クラウディアらしい言葉を紡いだ。


「おバカなドリトに忠告してあげる。ここから立ち去るのなら、無理に決闘はしないわ。でも戦うと言うのなら――受けて立つわよ」


 私は杖を取り出した。すると二人の生徒も震える手で杖を取り出した。


「わ、私は逃げません! ドリトクラスは薬草一つで、三点もらえるんです。優勝のため、あなたと戦います!」

「僕も同じ考えだ!」


 なるほど、理解した。この《宝探し》は成績で分けられたクラス対抗だから、どうしても差が出る。だから差を埋めるため、ハンデが付けられているのだ。

 ……先生たち、そんな大事なこと教えてくれなかったな。どうなってんだ。


 私はため息をつくと、目の前の二人を真っすぐに見て杖を振った。


「ずいぶんと威勢がいいのね。それが口だけでないことを期待するわ。――結界の盾ヒオルス・スケルダ


 私たちの周りに、ドーム型のテントのような結界が生まれる。これで多少暴れても教室が壊れたりはしないだろう。


「ドリト相手なら、私一人で十分かしら。ニーナとレオは下がっていて」


 そう言って先制攻撃をしようとしたとき――ニーナが私の肩を抱いた。思わず杖を取り落としそうになり、慌ててニーナの顔を見た。

 鼻先が触れそうな距離に、思わず頬に熱が集まる。


「ちょ、ちょっと、なにするのよ!」

「お待ちください、クラウディアさま。《宝探し》の決闘は、同人数での戦いが必須と聞いています」

「そっ――そんな説明、あったかしら」

「ありませんでしたね。私も道すがらの噂で聞いただけなので」

「……ベリック先生め」


 私が呆れているのが面白かったのか、ニーナはふふ、と声を上げて笑った。


「とにかく、失格にならないためにも私も参加します」

「なぁ、クラウディアじゃなくてオレが参加――」

「魔力のコントロールもできない暴走野郎は下がっていてください」


 言葉を遮ったニーナは、まるで見せつけるように私の肩を抱き寄せた。なんだかニーナとレオの関係が悪化している気がする。一応は主人公と攻略キャラクターのはずなのに。

 とにかく、こうなったニーナを制したらまた面倒なことになりそうだ。


「レオ……悪いけど今回は審判役をしてくれるかしら」

「アハハ……分かったよ。大人しく見とくぜ」


 さすがにかなわないと思ったのだろう、レオはすごすごと結界の隅へと移動した。


「ではクラウディアさま、よろしいですか?」

「……ええ」

「ドリトのお二人もよろしいですね?」


 二人が頷くのを見て、ニーナは意気揚々と杖を構えた。


「僕らの愛の力、見せつけましょう!」

「落ち着いて。ただの連携スキルよ……」


 私は呆れながらも、目の前の二人に杖を向けた。


「せっかくだからハンデをあげるわ。ドリトの二人が先に攻撃しなさい。良いわよね、ニーナ」

「もちろん、それでこそクラウディアさまです!」


 私は結界魔法を常時発動しているから一層不利だ。それでもドリトに勝てる自信がある。

 なぜなら、味方にニーナ=アンブローズがいるから。


 ま、本人には絶対言ってやらないけど。


「ではお言葉に甘えて、私たちから攻撃します。氷の柱イス・スティルガ!」

風よ進めヴィンド・フラム!」


 言い終わると同時に、風の魔法に乗った超高速の氷柱つららが飛んできた。

 さっそく連携スキルを使ったようだ。二人とも内部進学者なのだろう、息の合った攻撃だ。


「へえ、以外とやるわね。ニーナ」

「はい。炎の盾フィア・スケルダ!」


 炎のエフェクトが私とニーナを包む。超高温の炎は、飛んできた氷を一瞬で溶かし、蒸発させた。


「次は私たちの攻撃ね」


 袖をまくり、ニーナの顔を見た。ニーナもこちらを向き、お互いの目線が交わる。

 ニーナはどんな魔法でも出すことができるはず。

 それなら私の好きにさせてもらおう。


「……氷の柱イス・スティルガ


 めったに使わない魔法だ。

 氷魔法は生まれ持った魔力との相性が合わないと、上手く発動しない。

 練習がてら使ってみたが――意外と正しく発動したらしい。美しい氷柱つららが空中に生み出されていく。


「相手と同じ技を使うのですね! では私も、風よ進めヴィンド・フラム!」


 ニーナが唱えた瞬間、ドリトの二人が放ったのとは比べ物にならない速さで氷柱つららが飛んでいく。


 ドリト生は慌てて炎の盾を作って防ぐが、防げなかった氷柱つららが体を傷つける。

 さらに紫色のエフェクト――毒を示すそれが、あたりに霧散した。


 しばらくして、ドリト生は二人とも床に転がった。私は遠巻きでその様子を見て笑った。


「ふふ、予想通りね」

「どう、して……」

「どうしてあなたたちの攻撃が効かず、私たちの攻撃が効くか? 簡単よ、氷柱つららに毒の魔力を入れたの。私の得意属性は毒だから」


 パチン、と指を鳴らすと、紫色のエフェクトが消える。

 しばらく毒状態は続くだろうが、軽く酒に酔った程度の効果しかない。重症にはならないだろう。


 ドリトの男子生徒は体調が落ち着いたのだろう、ゆっくりと体を起こした。


「ぼ、僕たちが炎の盾を使うのを、読んでいたんですね……」

「ええ。だから『高温になると毒ガスになる』毒の水を凍らせて飛ばしたのよ」


 私はドリトの男子生徒の腕を掴み、ゆっくりと立ち上がらせた。


「一手先を考える勉強になったでしょう? どう、降参する?」


 男子生徒は頷いた。


「そこまで!」


 レオの声と同時に、私は結界魔法を解いた。


「全員杖を下ろして。……特にニーナ」


 ニーナは鬼の形相で、ドリトの男子生徒を睨んでいた。


「あの男、クラウディアさまの腕を触っていました。切り落とさないと……」

「ニーナ、早く杖を下ろしなさい」

「腕を切り落とすくらいならルールも……」

「ニーナ、いい加減にしなさい!」

「……はい」


 私が一喝すると、ニーナは肩をすくめて杖を下ろした。


「えーごほん、審判としてジャッジを下す。今回の決闘は、ニーナとクラウディア――エアスターチームの勝ちだ」

「審判ありがとう、レオ。ではあなたたちは教室から出て行ってくださる?」

「わ……分かりました」


 まだ目を回している女子生徒を背負い、男子生徒はすごすごと教室を去った。

 ドリトの二人には申し訳ないが、早々に片付いてよかった。

 これでやっと本題に入れる。


「ここまでやって、この教室に何もなかったらお笑いよ。徹底的に探しましょう」

「いや、さっきの戦いの間にもう見つけたぜ」


 レオが指差した本棚の最上段に、金色に輝くなにかがあった。


「へーえ、暴走野郎にしては良くやりましたね」

「アンタと違って、オレは周りを見てるからな」

「なっ――!」


 ニーナは耳を赤くして、レオに駆け寄った。私は大きくため息をついた。


「二人とも、いい加減にしなさい。まだ《宝探し》は終わりじゃないわ。薬草を取ったあとに襲われるかもしれないでしょう。気を抜かないで」

「失礼いたしました」


 ニーナはしょんぼりとうなだれている。喝を入れすぎてしまっただろうか。

 ひとまず、口をへの字に曲げているレオのほうに目を向けた。 


「レオ。あなたが薬草を取りなさい。見つけたのはあなただし、持ち帰りたいんでしょう?」

「い、いいのか?」

「ええ。ニーナもいいわよね、も・ち・ろ・ん?」


 少し圧を掛けてみた。


 ニーナは反論する気満々だったのだろう。

 一瞬ビクッと肩を震わせたニーナは、眉を寄せながら渋々頷いた。


「……はい。エアスターの点数になるのには変わりませんし」

「っ、二人とも……ありがとうな!」


 レオは本棚に駆け寄り、輝いている薬草に手を伸ばす。




 その瞬間――周囲の床が突然抜け落ちた。




「――きゃあああああああああああ⁉」


 慌てて下を見ると、真っ黒な空間が広がっている。


 足場となる結界魔法を作る暇は――ない。

 飛行魔法を発動する暇も――ない。


 私たちは重力に従って、黒い空間に吸い込まれていった。 

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