09 悪役令嬢、参加する。
ついに合同授業――クラス
体育館には高等科の一年生、計六十人がずらりと並んでいる。全員制服だが、動きやすい靴に履き替えている者も多い。
私が体育館に入ると、ニーナがこちらを振り返った。
長髪をポニーテールにしている彼は、にこりと微笑んだ。
「クラウディアさま、こちらです! ……あれ、前髪を切られたのですね。よくお似合いです!」
前髪がうっとうしくて、五ミリ切っただけなのに……恐ろしい。愛が重い。
「そっ、そういうあなたも、髪型が違うじゃない」
「運動するときは髪が邪魔ですから。クラウディアさまはまとめられないのですか?」
「今日は暑くないから問題ないわ」
ちなみに、この学園にいる生徒のほとんどは長髪だ。
理由は簡単。髪が魔力の保管庫として便利だからだ。
昔から髪の毛には霊力が宿ると言われている。そして魔法に関する学問が発達した今も有用性が高いとされる。
だから今日のような動き回る授業のときは、ニーナのように結んだりまとめたりしている人も多い。
――そういう差分イラストが多いのも、ファンにとっては嬉しいポイントだったなあ……。
久々に前世に思いを馳せていると、ニーナが笑顔を見せながら話しかけてきた。
「そういえば、今日はどんな『シナリオ』なんです?」
私は何度も思い描いていた情景を、小さい声で言葉にした。
「私たち
「なんだか私、主人公みたいですね」
「すごくメタ的な発言ね……」
「めた、ですか? とにかく、前提条件がすでに違うってことですよね。それならクラウディアさまの心労も少し減っているのではないですか?」
「……むしろ胃が痛いわよ」
どんな結末になるか分からないから。
そんななかでバグなんか発生すれば、余計ややこしいことになる。バグかどうかの判別がつかないから。
それから不安を紛らわすため、たわいない話をしていると、今回の《宝探し》のまとめ役、飛行術担当のベリック先生が現れた。
ベリック先生は白い歯を見せて、ニッと笑った。
「全員揃ったみたいだな! じゃあルールを説明するぞ!」
声と同時に、ゴオと音を立てて風が巻き起こる。
少し間を置いて、頭上からハガキのようなものがふわふわと降ってきた。手を伸ばして掴むと、そこには『宝探しのルール』と書かれていた。
「今年は転入生も多いからな。改めて我が校伝統の《宝探し》のルールを説明する!」
よく通る声で、紙の内容が読み上げられる。
「基本ルールは、この学園の敷地内に落ちている《ゴルドの薬草》を一番拾ったクラスの勝ちだ。ゴルドの薬草は金色に輝いてるから分かりやすいぞ! ちなみに、ゴルド以外の草を持ってきたら失点だから注意な!」
ベリック先生は飛行属性の魔法が得意なはず。だから校舎だけでなく、上空に浮いている草もたくさんありそうだ。
「薬草を同時に見つけた場合は、今回に限り校舎内での決闘を許可する。ただし相手に後遺症を負わせたり、殺した場合はその時点でクラスごと失格になるから注意だ! じゃあ以上で――」
決闘、の単語にざわめく生徒たちをよそに、体育館に低い声が響いた。
「ベリック先生、魔法属性の説明はないのです?」
「ああ、忘れてました!」
アンドーヴァー先生に指摘され、ベリック先生は慌てて指を鳴らした。
ルールの紙に、追加の文字が浮かび上がる。もう文字を書くスペースが少ないからか、随分と小さい。ベリック先生のテキトーな性格が現れていて、思わず吹き出しそうになった。
「この宝探しは、君たち一人一人の魔法属性のチェックも兼ねている!」
すると、持っていたルールの紙がひとりでに動き出した。
悲鳴を飲み込んで手を離すと、紙は折りたたまれていき――小さな指輪になった。
「この指輪は宝探し終了まで必ずつけておいてくれ! どんな魔法を使ったか、魔力にどんな傾向があるか、あとは位置も把握できるようになっている。遭難してもこれがあれば心配無用だ!」
そんな大事なものを忘れていたなんて……。ガハハと笑うベリック先生をじとりと見てしまう。
「では説明は以上だ。変更があれば校内放送で知らせるから、決闘中でも必ず聞くように! それでは開始!」
号令に従うように、生徒たちはぞろぞろと体育館を出ていく。
「私たちも行きましょうか、クラウディアさま」
「え、ええ。探索中にバグが発生しなければいいけれど……」
「問題ありませんよ。二人の愛の前では、バグなんて形無しですから!」
やっぱり――ニーナの愛は重い。
私は返事の代わりにため息をつくと、校舎に向かって歩き出した。
☨ ☨ ☨
トワイライト・アカデミアの校舎は、迷路のように入り組んでいる。
大昔に襲撃事件があって多くの被害を出したことから、中心部の教室に簡単に侵入できないようになったらしい。
特に高等科の校舎は、洋風版九龍城とでもいうのだろうか。洋館が複数連なったような形になっている。
だから特に入学式の後は、校内で迷子になる生徒が続出する。
挙句の果てに、校舎の移動が面倒だからと
だから校内を覚えてもらうために始まったのが、この《宝探し》だ――とゲームの中の用語解説に書いてあった覚えがある。
そんなことを考えながら、私とニーナは入り組んだ廊下を歩いていた。すると後ろから声を掛けられた。
「おーい、クラウディア、ニーナ!」
足を止めて振り返ると、オレンジ色の髪を束ねたレオが駆け寄ってきた。
「せっかくだからアンタらと一緒に探索を――」
「ついてこないでください。私――いや、僕はクラウディアさまと探索します。貴方は一人で勝手に探してください」
「おいおい、そりゃねーだろ!」
笑いながら、レオはニーナの背中を叩いた。
「チッ……触るな、暴走野郎」
「おー、こわこわ」
……これが、本当のニーナ=アンブローズ、もといニノ=アンブローズなのか。
普段見せない毒が出ていて混乱してしまう。
乙女ゲームの主人公だった面影はどこにもないな――と肩を落とした。
「とにかく、レオはついてこないでください。行きますよ、クラウディアさま」
少し前を歩き始めたニーナを引き留めようと、私は慌てて声を掛けた。
「そっ、そういえば、ニーナは校内の構造に詳しいの?」
ピタリ、と立ち止まったニーナは、満面の笑みで振り向いた。
「もちろんです! クラウディアさまと同じ学園に通えるのが嬉しくて、パンフレットから立体模型を作っていましたから」
「……そう」
――私は考えるのをやめた。
咳払いをして、できるだけ爽やかな笑みを作った。
「じゃあ、できるだけ高いところにある部屋に先導してもらえるかしら。高等科の校舎内はまだ不慣れなの。私は探索系の魔法を常時発動しておくから」
するとニーナは頼られて嬉しかったのか、花が咲くような笑みを見せた。
「わかりました!」
ニーナが前を向いた瞬間、私はレオにこっそりと同行してくれと伝えた。レオは頷き、私たちの少し後ろをついてきてくれた。
しかしニーナはよほどうれしかったのか、レオの存在に気付かず先導してくれた。よかったよかった。
入り組んだタイル張りの廊下を進み、時には
しばらくして着いた先は――最上階の廊下の角にある、小さい教室だった。
どうやら物置になっているようで、箒と杖、たくさんの分厚い辞書などがホコリに覆われていた。
「こんな部屋があるのね。知らなかったわ」
「昔は懲罰部屋として有名だったらしいですよ」
「ハハ、物騒な学園だぜまったく」
本当に嫌な話だ。魔法界の闇を表しているみたいだ。
「昔は幽霊が出るとの噂があって、誰かが霊属性の魔法でいたずらしていただけだった――なんてこともあったそうですよ」
「そ……そう」
私よりも学園に詳しいニーナのことは深追いしないことにして、とりあえず《宝》を探さなければ。
「それより、レオはどうしてここに? 僕はついてくるなと言いましたが?」
「薬草探し、手伝ってくれるんだろ」
「……こちらはこちらでやります。だから貴方は一人でやれ」
「そんなに愛が重いと、いとしのクラウディアさまから嫌われるぜ?」
「ああ? なんだと⁉」
「ま、まあまあ。ニーナはもう少し歩み寄りなさい。レオも火に油を注がないで。あんまり大きな声で騒ぐと他のクラスが――」
――と言いながら、後ろを振り向いた時だった。
教室の扉の前に、杖を構えた黒髪の男女が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます