08 悪役令嬢、決意する。

「薬草が欲しい、ですか? お金に困っているのなら、今日のレッスン代を――」

「ハハ、ありがとう。でも違うんだ」


 レオは力なく笑った。


「……オレは宝探しでもらえる薬草で、母さんを治したい」


 レオは自分の手に目線を落とし、ぽつりぽつりと話しはじめる。

 少し長い話になりそうな気配がしたので、ニーナと私は近くの椅子に座りなおした。


「オレの母さんは優秀な魔法士だったらしい。でも昔から『お菓子屋さん』になりたかったんだって。だから政界へのオファーも断って、魔法もろくに使えない父さんと結婚して、このアステルを開いた」

「素敵な話ですね」

「でも七年前、事件が起きた。母さんが家に一人の時……襲撃されたんだ」

「襲撃⁉」


 私は思わず聞き返してしまった。


「ご、ごめんなさい。大きな声を出してしまって」


 慌てて謝るが、レオは気にしていないと笑った。


 アステルが襲撃された。

 そんな話、聞いたことがない。

 学園とそれほど離れていない位置にあるこの場所で、しかも学生にも人気のケーキ屋で、そんな事件が起きていたなんて。


「……知らなかったわ」

「ハハ、だよなあ。実は事件の後、緘口令が敷かれたんだ。この街で知ってるのはオレと捜査したやつぐらいじゃねぇかな」

「それは相当、訳アリのようですね」


 興味があるのか、ニーナがやや前のめりに尋ねた。


「さすがニーナ、察しがいいな。母さんが襲われた場所に、かなり高度な魔法を使った形跡があったんだよ」

「高度な魔法――それは《血統魔法》のことかしら?」


 血統魔法。

 伝統のある家が、代々引き継いでいるとても強力な魔法だ。上級魔法も打ち負かすほどの威力を持っているとも言われる。

 おおよそ犯人は、優秀な魔法士だったレオの母を倒しそびれ、顔を見られないように血統魔法を使った――安易だが、そういうことだろう。


 レオは誤魔化すように笑ったが、否定はしなかった。


「人手が足りなくて予約制になったのも、上流階級御用達のケーキを売れなくなったのも、母さんが入院しているからなんだ」

「そのお母さまを治すために、宝探しに本気なんですね?」

「ああ。宝探しでもらえる薬草があれば、免許がなくても治せる薬が作れるらしい」


 薬草の取り扱い免許が発行できるのは高等科三年、十八歳になる年からだ。

 少なくとも今のレオや私たちには取ることができない。

 今すぐにレオの母親を治すためには、宝探しだけがチャンスなのだ。


「まったく……そんな話を聞いた手前、断る訳にもいかないわ。レオ、私はあなたに協力するわ」

「クラウディア、アンタは初等科の頃から嫌味なヤツだと思ってたけど――実は良い奴なんだな」


 頭に重みが掛かる。

 慌てて見上げると、立ち上がったレオが私の頭を撫でていた。


「な、なにするのよ!」

「――おい、レオ=スレイマン。今すぐ手を離せ」


 地を這うような声が、横から聞こえた。

 ぎょっとして横にあるニーナの顔を見た。レオも目を見開いて、ニーナを見ていた。

 ニーナは黒いオーラを背中にまとっていた。


「え、えっとオレの理解が追い付いてねぇんだけど、ニーナ……なんだその声……」

「なにって、僕の声ですよ。クラウディアさまをたぶらかす奴に、けん制しようと思いましてね」

「……ハ、ハハハハハ! アンタ男の子だったのか! 顔もきれいだし、ちょっと良いなって思ってたのに!」

「僕はクラウディアさま以外に興味ありません。他を当たってください」

「あー悪いが、そうさせてもらうよ」


 レオはがっくりと肩を落としたかと思うと、こちらにウインクを投げてきた。まったく、油断ならない男だ。

 そういえば製品版では、レオのルートでニーナがヤンデレ化するバッドエンドもあった気がする。これだけ女の子に慣れていれば、妥当なエンドかもな、と小さく頷いた。


 少しだけ軽くなった空気の中、真っ先に口を開いたのはニーナだった。


「でもまあ……魔法を教えてもらった分くらいは、手伝ってやらなくもないですよ」

「本当か⁉」

「ふん、男に二言はない・・・・・・・ってやつですよ」


 ニーナはため息をつきながらも、口角が上がっていた。魔法が上手くなって嬉しかったのだろう。


「それではクラウディアさま、行きましょう。こんな狼がいるケーキ屋に遅くまでいちゃ、危ないですからね」


 そう言って立ち上がったニーナは、さっさと店を出てしまった。


「……ありがとう、レオ。また学校でね」

「ああ! よろしく頼むぜ!」


 屈託なく笑ったレオに笑みを返し、私はニーナの後を追いかけた。




 ☨    ☨    ☨




 外に出ると、すっかり暗くなっていた。

 月明かりとガス灯が、世界をぼんやりと照らしている。

 先に外に出ていたニーナは、髪をなびかせながら私を待っていた。


 それから私とニーナは夜風を楽しむように、言葉も交わさず、ゆっくりと歩いた。


 しばらく歩いたところで、私は覚悟を決めて立ち止まった。


「……ニーナ、目を閉じて、掌を出しなさい」

「な、なんですか急に」

「良いから早く。従わないなら魔法を掛けるわよ」

「わ、分かりました」


 ニーナは少しだけ頬を赤らめながら、両方の掌を前に出した。

 私は露天商から買ったものを取り出し、ニーナの少し大きな手に置いた。


「もう目を開けていいわ」

「こ、れは……ネックレスですか?」


 目を輝かせたニーナは、物珍しそうにネックレスを持ち上げた。月明かりで、緑色の宝石がキラリと光る。


「見覚えがあるんじゃない?」

「はい。でもどこで見たか記憶になくて……」

「無理もないわ、ずいぶんと昔の話だもの。私がお屋敷にいた頃、あなたのネックレスを壊したことがあったでしょう」


 黙り込んだニーナは、しばらくして目を見開いた。


「ああ! あの時の」

「ようやく思い出したようね。それと似たものが売っていたから、買っただけ。……別に許してもらいたいわけではないけれど。私なりのけじめを付けさせてほしい」

「ありがとうございます、クラウディアさま」


 ニーナは愛おしそうに目を細めると、ネックレスを握って呪文を唱えた。


複製錬成スミズ・コピア


 上級の錬成術が発動する。

 複製対象のネックレスには金属が使われているから、錬金術に近い高度な魔法だ。


 まばゆい光があたりに広がったかと思うと、ニーナの手には二つのネックレスが握られていた。


「ふふ、これでペアネックレスですね。ぜひつけてください」

「で、でも……」


 これはただの私の自己満足だから、もらう訳にはいかない。

 そう思って手で制していると、ニーナが私の手首を掴み、無理やりネックレスを握らせた。


「クラウディアさま。僭越ながら、貴女だけに贖罪メリットがあるのは不公平だと思いませんか? これをもらっていただくことで、僕にも『クラウディアさまにプレゼントができた』というメリットが増えます。それで平等としましょう」


 ぐうの音も出ず、私は唇を引き結んだ。


「それに、僕も毎日つけますから、クラウディアさまも肌身離さずつけてくださいね?」

「……分かったわ」


 私はしぶしぶネックレスを受け取ると、月明かりに照らした。


「石は紫色なのね」

「はい! クラウディアさまの美しい瞳と同じ色にしてみました」

「まったく、そういうところよ」


 天然たらし。

 センスの無駄遣い。

 ちょっと良いじゃんと思った自分にあきれつつ、私はネックレスを首から下げた。


「ところでクラウディアさま。アステルを出てから少し表情が暗いようですが、何かお悩みでも? もしかしてネックレスもお気に召されなかったでしょうか」

「……いいえ、違うわ。レオの話が気がかりで」

「襲撃事件ですか」


 私は大きく頷いた。


「あなたの言ってた魔法界の黒い噂が、こんな近くに害を及ぼしてるなんて知らなかったわ」

「学園は閉じられていますからね。僕は外にいた時間が長いので、色々な話を聞きましたよ。レオの話も、他の名家が襲われた話も」

「……ねえ、ニーナ。その犯人がバグを起こしている可能性はない?」

「なるほど。……その仮説、部屋で詳しく教えていただけますか?」


 ニーナは突然声のトーンを落とすと、人差し指を私の唇に当てた。

 突然の行動に、心臓が早鐘を打つ。


「すみません。誰かがこちらを警戒しています。急いで帰りましょう」

「走る?」

「いえ。僕に掴まっていてくださいね、瞬間移動ハラハ・スキュティラ


 一瞬で杖を取り出したニーナは、私の肩を抱く。私は照れながらも、ニーナのシャツを強く握った。


 瞬間移動の魔法が掛かる感覚は何度味わっても慣れない。

 熱さと冷たさ両方が全身に走り、口の中に少しだけ苦みが広がる。

 するとどこからか、ふわりと花のような香りがした。同時にニーナの顔が間近に迫ってきて、私は慌てて目を閉じた。


「安心してください。もうすぐ着きますから」


 その声と同時に、花の香りが去る。

 恐る恐る目を開くと、寮の自室に戻って来ていた。

 私は顔に熱が集まるのを感じながら、急いでニーナのシャツから手を離した。


「強く掴みすぎてしまったかしら。しわになってる。クリーニングにでも……」

「い、いえ。大丈夫です。こちらこそ失礼いたしました。手荒な真似をしました」

「……いいわ。それより、私たちを警戒していたのは誰?」

「すみません、そこまでは。ただ、僕たちが屋敷を出たときからつけてきていて――」


 言葉を切ったあと、ニーナは真剣な目でこちらを見た。


「クラウディアさまが《バグ》と言った瞬間、目を光らせていました」

「へぇ。それは良い情報じゃない?」


 バグという単語を、ゲームの中の住人・・・・・・・・は知らないはずだ。

 だから少なくとも私と同じような転生者が一人以上いると明確になった。

 誰かがわざとバグを引き起こしている、という過失の信ぴょう性が一気に上がった。


「自ら答え合わせしに来てくれるとはね」

「ええ、ですがそれほど自信があるのかもしれません」


 不安そうに言ったニーナに、私は胸を張って告げた。


「見くびらないでちょうだい! 私はクラウディア=キルケ。この世界をハッピーエンドにすると決めている悪役令嬢よ。どんな敵が現れたって、その決心は揺らがないわ」

「さすがです、クラウディアさま。弱気になってしまった自分が情けないです」


 にこりと笑ったニーナは、いつの間にかつけていた緑色のネックレスを撫でた。


「そういえば、ペアネックレスは学校にもつけてきてくださいね」


 脈絡のない言葉に、私は首を傾げながらも、渋々うなずくのだった。 




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次回は7/2(火)の午前7時7分に投稿予定です(第1章完結保証)

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