海辺の街で。 3話(完)

「こっちのほうは暑いだろ? 冷たいもの食べない?」

「良いですわね。さっぱりしたものが食べたいですわ」

「なら、レモンシャーベットがお勧めだよ」


 確かにとてもサッパリしていそうね。


 レグルスさまがお勧めしてくれたレモンシャーベットを食べるために、カフェに入った。


「ブレンお勧めの、レモンシャーベット店だよ」

「ふふ、ブレンさまのお勧めなら、とても美味しいのでしょうね」


 カフェの一番奥の席に座り、店員を呼んでレモンシャーベットを注文すると、すぐに持ってきてくれた。ガラスのお皿に丸く盛られたレモンシャーベットの色は黄色で、見ていて元気が湧くようだ。スプーンを取り、一口掬いぱくりと食べる。


「……美味しい……」


 爽やかなレモンの香りと味。酸っぱすぎない酸味とちょうど良い甘み。そして、冷たくて食べやすい。


「さすがブレン。食のことに関すると、あいつは本当に頼りになるよ」


 くつくつと喉を鳴らして笑うレグルスさまに、わたくしも同意のうなずきを返した。


 馬車の旅のときからそうだったけれど……、ブレンさま、様々な町のグルメに目がないようで手作りのパンフレットをたくさん渡してくださったの。


「本当に食べることが好きなのですね」

「子どもの頃からね。おかげで俺も結構詳しくなったよ」

「今度、レグルスさまのお勧めの料理を食べてみたいですわ」

「リンブルグについて落ち着いたら、案内するよ」


 約束、と右手の小指をこちらに向ける。こてんと首をかしげると、目を数回またたかせてから「ああ」と小さくつぶやいた。


「小指を絡ませるんだ」

「小指を?」


 小指を絡ませて「これが指きり。約束するときに使うんだよ」と教えてくれた。……約束を交わすときに、こういうことをしたことがないから、不思議な気持ちだわ。


 いつも、レグルスさまはわたくしに新しい感情を教えてくれる。


 小指が離れて、思わずじっと自分の小指を見つめていると、「溶けるよ」と声をかけられてハッとしてレモンシャーベットを口に運ぶ。


 ドキドキと鼓動が早鐘を奏でるのを感じながら、わたくしはゆっくりと息を吐いた。


 溶ける前にレモンシャーベットを食べ終え、カフェを出てレグルスさまと街を歩く。


 人々はとても楽しそうに仕事をしたり、遊んだりと生き生きしているように見えて、まぶしい。


「――とても、素晴らしい街なのですね」

「どうしてそう思うんだい?」

「すれ違う人たちが、生き生きとしていますもの」


 馬車で旅をして立ち寄った町々も、それなりに栄えていたし、暮らしに不満はないように見えた。でも、この街は違う。


 生きていることに誇りを持っているように思えた。目の輝きが違うから。


「平民も貴族も、暮らしやすいのが一番ですわね」

「確かにね。でも、その基盤を築くのは俺ら王族や貴族だ」


 ぴたりと足を止めたレグルスさまに、彼を見上げる。


 その瞳は真剣そのもので……レグルスさまは、リンブルグを背負う覚悟ができているのだとひしひしと感じ取れた。


「そろそろ時間だね。ブレスレット、取りにいこうか」

「……はい」


 目を閉じて、再び開けたレグルスさまのまなざしはいつものように優しく、こくりと首を縦に振って宝石店に戻る。


 気が付いていなかったけれど、結構な時間を過ごしていたみたい。


 レグルスさまと一緒にいると、時間があっという間に過ぎていくのね。


 宝石店に戻り、レグルスさまが「ちょっと待ってて」とわたくしを入口に待たせて中に入り、すぐに戻ってきた。


「カミラ嬢、もうちょっと付き合ってくれる?」

「え、ええ」


 日が暮れ始めたけれど、まだ明るいのでホテルに戻るのはもったいないな、と考えていた。だから、レグルスさまに私の心が見透かされたのかと考えたわ。


 でも、彼はほっとしたように表情をほころばせて、わたくしの手を取って歩き出した。


 どこに行くかは告げずに。


 わたくしはただ、レグルスさまに連れられて歩くだけ。


 夕日が辺りをオレンジ色に染めている。どこまで行くのだろうと思っていたら、レグルスさま「ちょっと失礼」とつぶやいてからわたくしを抱き上げた。


「きゃあっ」

「ちょっと急ぐから、しっかり掴まっていて」


 え? と聞き返す前に、レグルスさまが魔法を使って走り出した。そのスピードがすごくて、思わずぎゅっと彼に抱きついてしまう。


 だって、そうしないと落ちちゃいそうなんだもの!


「間に合った!」

「……?」


 トン、と軽い音を立てて、どこかに到着したらしい。レグルスさまの視線を追うように顔を向けると――オレンジ色の夕日が海に沈んでいくのが良く見えた。


「……きれい……」

「今日、晴れていて良かった。この光景、見せたかったんだ」


 沈んでいく夕日をじっと眺めていると、そっとレグルスさまがわたくしを下ろした。真っ直ぐに身体を向けてきたので、わたくしも同じように彼と向き合う。


「これを、きみにつけていいかい?」


 ホワイトコーラルとヒスイのブレスレットを見せてくれた。小さくうなずくと、そっとわたくしの左手にブレスレットを通した。左手首にぴったりのサイズのようで、なんだかどんどんと頬に熱が集まっていく。


「……大事にします」

「うん。――カミラ嬢。リンブルグでいろいろなことがあると思う。でも――俺は、きみを妃にしたい。ずっと俺が愛すると誓うから――」


 レグルスさまの真摯しんしな表情に、どうしようもなく胸が高鳴る。


「俺と、結婚してください」


 婚約、ではなく結婚を口にしたのは、きっと彼の中ではわたくしは『妃』と決定しているから。でも――なぜか、それが嬉しかった。


「――よろしくお願いいたします」


 すっと、カーテシーをすると、レグルスさまにぎゅっと抱きしめられた。そして、そのまま腰を掴まれてひょいと抱き上げられ、くるくるとその場で回る。


 まるで子どものようなはしゃぎぶりに、くすくすと笑ってしまった。ピタリと動きが止まり、わたくしを下ろすと「ありがとう」と微笑んでから、そっと唇をなぞり――


「触れても良いかい?」


 と、聞いてきた。かぁっと顔が赤くなった……と思う。唇に触れる、ということは……きっと、そういうことだから。


「……は、はい」


 彼を見上げてから、目を閉じる。レグルスさまはわたくしの額と頬にちゅっ、ちゅっ、と軽いリップ音を立てている。そして、ふにっと柔らかい感触が唇に……


 こつん、と額が重なりそっと目を開ける。レグルスさまが蕩けるような瞳でわたくしを見ていた。


「ずっと、大切にする。俺を選んでくれてありがとう」

「――レグルスさま。わたくし……自分の好きなものがどんなものなのか、わかりませんの」

「?」


 自分の好みを聞かれて答えられなかった。でも――……


「ですが、一つだけ、胸を張って言えることがあります」

「一つだけ?」

「はい。――わたくし、カミラは……レグルスさまのことを、心からお慕いしている、と」


 レグルスさまの目が大きく見開かれた。それから、すぐにふわっと微笑んでもう一度――いえ、何度もキスを繰り返した。


 唇が触れると、より深く彼のことを好きだと感じた。――自分の好みのことは、まだわからない。


 だけど――レグルスさまとなら、リンブルグで愛し愛される生活ができるのだと、信じている。


 レグルスさまの首元に腕を回し、何度も唇を重ねた。


 きっとわたくし――彼と出逢うために生まれて、公爵家で育ったんだわ。


 そう考えると、これからの人生――もっとたくさんの良いことが待っていそうな予感がして、胸の中がぽかぽかと温かくなる。


「レグルスさま……愛しています」

「ありがとう。カミラ嬢を、愛しているよ」


 愛の言葉をささやきあって、わたくしたちはまた唇を重ねた。


―Fin―

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【完結】トレード!! ~婚約者の恋人と入れ替わった令嬢の決断~ 秋月一花 @akiduki1001

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