海辺の街で。 2話
船の旅は案外快適だった。
美味しい食事に美しい旋律を奏でる演奏者たち、さらにわたくしたちが快適に過ごせるようにと気を遣ってくださる船員たちのおかげね。
ときどき、海辺の街に寄って観光もした。
「……観光旅行をしている気持ちだわ」
「今まであまり遊んでこなかったんだから、良いんじゃない?」
海辺の街で魚料理を楽しんだり、浜辺で遊んだり、今までできなかったことを一気にしている気持ちになってぽつりとつぶやくと、レグルスさまに声をかけられる。
砂を高く積み上げて、山を作っている子どもたちを見て、わたくしもやってみたくなって同じことをしているときに、だ。
びっくりして肩を震わせると、レグルスさまはくすりと笑ってわたくしの隣にしゃがみ込む。
「山?」
「え、ええ。あの子たちが作っているのを見て、やってみたくなって……」
子どもたちはキャッキャと楽しそうに砂を積み重ねて山を作り、真ん中に穴を開けようとしている。その姿を見ていたレグルスさまが、わたくしの作っている山に砂を積み上げだした。
「子どもたちは三人で作っているし、俺もカミラ嬢の山を作るの、一緒にしてもいい?」
「ふふ、もちろんですわ」
もくもくと山になるように砂を積み上げるわたくしたち。こんなふうに砂を触ったこと、あったかしら? 今までの人生を思い出して、眉を下げる。
「どうした?」
「こうして遊んでいるのが、とても不思議な感じがして……」
わたくしのちょっとした変化にも、すぐに気付いてくださるのね。
気遣ってくれているのが、良くわかる。こうして一緒に砂の山を積み上げてくれるのも、レグルスさまの優しさだ。
再びもくもくと山になるように砂を積み上げる。たまに水魔法で固めて、また砂を積み上げて、を何回も繰り返しているうちにしっかりと山の形になる。
「二人の合作だね」
「ふふ、そうですわね」
異性とこうして遊んだ記憶もないわ。
マティス殿下とは本当に形ばかりの婚約者だったな、と心の中でつぶやいた。
砂の山を見つめてから、レグルスさまに顔を向ける。彼は、とても優しいまなざしでわたくしを見ていて……、トクンと胸が高鳴る。
「カミラ嬢、ちょっと付き合ってくれないかい?」
「え、ええ。どちらに?」
「ついてからのお楽しみ」
レグルスさまはぱちんと片目を閉じて、口元に人差し指を立てた。
いったい、どこに連れていってくださるのかしら? とても楽しみだわ。
それから、せっかくだからとレグルスさまと一緒に作った砂の山にトンネルを作った。手と手が触れ合い、胸がきゅっと締め付けられるような感覚に、触れるだけでこんなにもドキドキするなんて……と自分の心が不思議だった。
だって、マーセルの身体で踊ったときは、こんな感じじゃなかったもの。
……きっとそれだけ、わたくしが彼のことを好きということなのね。
砂浜で遊んでことで汚れてしまったので、先にホテルでシャワーを浴びて着替えてからレグルスさまと一緒に彼の目的地へ向かう。
ホテルのすぐ近くだから、と歩いていくことにした。
「賑やかですわね」
「結構大きな街だからね。あ、ここだよ」
本当に近かった。歩いて十分も経っていない。ショーウィンドウには宝石が並べられている。どの宝石もきらきらときらめいているわ。
「……宝石店?」
「うん。見てほしいものがあるんだ」
宝石店の中に入ると、「いらっしゃいませ、レグルスさま。お待ちしておりました」と店員……いえ、店長らしき中年の女性がレグルスさまに声をかけた。
「久しぶり、ミセス。例のもの、用意してくれた?」
「はい、しっかりと。うふふ、レグルスさまが例の品を、なんて……お嬢さま、愛されていますわねぇ」
微笑ましそうに微笑む女性に、レグルスさまがこほんとわざとらしく咳をした。口元を手で覆い、くすくすと笑ってから奥の部屋に案内され、ソファに座る。
「こちらですわ。ホワイトコーラルのブレスレットです」
早速とばかりに差し出されたのは、まろやかな白さのブレスレット。ホワイトコーラル、ということは珊瑚、なのよね……?
わたくしが見てきた珊瑚は赤色が主だったので、じっと見つめてしまった。
「綺麗でしょう? このホワイトコーラルは、レグルスさまが見つけたのですよ」
「レグルスさまが?」
「運が良かっただけだよ。これ、他の石とも組み合わせられる?」
「もちろんですわ。ローズクォーツ、ロードナイト、ヒスイなどがお勧めです」
ホワイトコーラルだけでも綺麗なのに、他の石と組み合わせたらどんなふうになるのだろう? あまり想像がつかなくて首をかしげていると、店長がすっとなにかを取り出す。
「こちらをご覧ください。ホワイトコーラルと組み合わせた場合の相性でございます」
「相性、ですか?」
「ええ。石同士にも相性がありますから。……そうですね、お嬢さまなら、こちらのヒスイがお勧めですわ」
ヒスイとの相性を見て、顔に熱が集まった。『家庭に幸せな繁栄』と書かれていたからだ。だって、この場合の『家庭』って、レグルスさまとわたくしということよね……?
「あら、初々しい反応をありがとうございます。では、ヒスイと組み合わせてブレスレットを用意しますね」
「ああ、頼んだ。すぐできるかい?」
「今日中には。そうですね……夕方までには間に合わせます」
「そう。それじゃ、その頃取りに来るよ。さて、デートの続きをしようか、カミラ嬢」
デート、という言葉にレグルスさまを見上げる。……わたくしと、レグルスさまだけだものね、そうよね、これは……デートなのよね……!
レグルスさまがわたくしに手を差し出し、その手を取って立ち上がる。顔はずっと赤いままだと思う。それを微笑ましそうに見られて、なんだか恥ずかしかった。
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