真実の愛

「なに!?」


 王子たちの声が重なる。

 わたしも声が出たら同じことを言っていたと思う。

 シェイラの唇が、わたしの唇と重なっている。縋り付く腕が震えている。わたしはシェイラを抱き返して、自分からも舌を絡めて受け入れた。


「…………シェイラ……」


 唇が離れたとき、心の声が音になって零れた。

 目の前にある愛らしい顔が驚愕に染まり、大きな瞳が見開かれる。


「名も知らぬ方……声が……」

「うん……なんか、出るようになったみたい」


 なにがきっかけかって、たぶんシェイラのキスだよね。

 これも聖女の奇跡ってことでいいんだろうか。


「聖女が……私の聖女モノが、何処の馬の骨とも知れぬ侍女なんぞに……!」

「兄上のモノと決まってはいなかったでしょう。あれは皆のモノです」

「なんでもいいからさあ、早くアレ二つとも部屋に持って帰ってヤろうよ~」

「…………それが、あなた方の答えですか」


 あくまでも自分たちが遊ぶためのモノという態度を崩さない王子たちを睨み据え、シェイラは静かに言う。


「……わたくしはこの国を、あなた方を見捨てます。さようなら、愚かな王子たち。二度とこの国に聖女が訪れることはないでしょう」


 わたしを抱き寄せて、シェイラは聞いたことがないくらい冷たい声で言い放った。そして、王子たちがなにか言う前に小さく呪文を唱えると目を開けていられないほど鋭い光が辺りを包んで――――気付いたら、知らない部屋にいた。


「此処は……?」


 軽く見回してみた感じ、王城と比べるとだいぶシンプルだけど女の子の部屋だってわかるような小物や装飾がある、可愛い内装のお部屋だ。窓の外の景色が少し高い。そして海が目の前に見える。もしかしなくとも、灯台の一室だ。


「わたくしが元いた部屋です。わたくしは代々灯台守をしておりましたので」


 そういえば、ヒロインはそんな設定だった気がする。

 あまり本編に絡んでこないから忘れがちだけど、時折海を恋しがる描写があったりしたんだよね。何だか人魚姫みたいだなって思った記憶があるわ。


「美しい方、どうかお名前を教えて頂けますか?」

「わたしは……エリザヴェータ」


 一瞬元の世界の名前を名乗ろうとしたけど、やめた。説明が難しいし、この世界のわたしはあくまで王子が飼ってた馬だしね。不本意ながら。


「エリザヴェータ……あの……勝手なことをして、怒っていますか……? 今更ではありますが、わたくしの行いは彼らとなにも変わりないのではないかと……」


 まあ、見ようによってはそうかも知れない。

 無理矢理キスして連れ去ったと見えなくもないわけだし。

 でも彼らとは全然違う。比べるまでもない。


「ううん。うれしかったよ。相談にも乗れなくて、助けにもいけなかったわたしを、シェイラは選んでくれたんだもん」

「ああ……ありがとう……ありがとうございます……わたくしにとって、あの王城で唯一心安らげる存在があなただったのです……」

「そっか……うん、そうなれていて良かった」


 抱き合って、見つめ合い、そうしてまた唇が重なる。

 どちらからともなくベッドに倒れ込み、熱を帯びた素肌が触れ合う。

 優しく優しく、とろかすようにシェイラを抱いていたら、不意に大粒の涙を流してしゃくり上げ始めた。嫌なことしちゃったかなって焦るわたしに、シェイラは小さく首を振って。


「愛しい方と肌を重ね合うのって、こんなにも気持ちの良いものだったのですね……わたくし、初めて知りました……」


 そんなことを言うもんだから、また王子たちに殺意が湧いた。

 どんだけ苦行の日々だったんだ。平民の娘が王族や関係者に囚われて体を好き勝手使い潰されて、どれほどつらかっただろう。わたしの貧相な想像なんて一生及ばない苦痛だっただろうに。シェイラはわたしとの夜を喜んでくれている。

 行為自体がトラウマになっていたっておかしくないのに。


「わたしも、初めて知った。あったかくて気持ちいいね」

「エリザヴェータも、気持ちが良いのですね……うれしいです……」


 そっとわたしの背中に触れるシェイラの指が、遊ぶように肌を擽る。

 わたしは唇を重ねてから「もっとくなろうね」と笑った。


 * * *


 そして翌朝。

 わたしは、馬になってはいなかった。

 シェイラを抱きしめたまま目覚める朝は殊の外爽やかで、温かくて、しあわせで。やわらかな髪に顔を埋めていたら、クスクス笑う声がシェイラから漏れた。

 笑い声が出るようになった。ちゃんと笑えるようになったんだ。


「おはよう、シェイラ」

「おはようございます、エリザヴェータ」


 眩い笑顔を向けられて、思わずめまいをおこしかけた。

 推しの高解像度スマイルが、わたしの腕の中にある。こんなことある?


「ああ、そうだ。わたしのことはリズでいいよ。長いし、愛称で呼んでほしい」

「リズ……ですか? ふふ、うれしいです。ではこれからリズとお呼びしますね」

「うん」


 額にキスをすると、シェイラは少しだけ物足りなさそうな顔をした。


「お口にほしいの?」

「……はい」

「ふふ、いいよ」


 唇にキスをすると、シェイラはふにゃりととろける笑みを浮かべた。

 その顔の可愛いこと。


「リズ、あなたに聞きたいことがあるのですが……」

「うん? なに?」

「あの……悪夢のような城でのことです。リズはいったい……彼らの言う通り、あの城で働いていた方なのですか……? わたくしも夜にしかお見かけしなかったので、気になって……」


 ああ、そっか。そうだよね。謎だよね。

 満月の夜にしか現れない上に、城の中で全然見かけない人間だったんだもん。

 わたしはちょっとアレンジを入れつつ、かいつまんで説明した。

 元は一般市民の女だったこと。気付いたら王子が飼っている馬になっていたこと。シェイラが城に来てから、満月の夜にだけ人間に戻れるようになったこと。たぶん、聖女が近くにいたお陰で僅かながら加護があったんじゃないかということ。それからシェイラの心からの愛が籠もったキスのお陰で元に戻れたこと。

 この説明だと王子が村娘を自分の馬にして乗り回してた変態みたいになるけど……まあ、いいよね。八割嘘じゃないし。


「そんなことが……つらいのはわたくしだけではなかったのですね……それなのに、リズはわたくしを思って……」

「シェイラ、気にしないで。いまこうしていられるだけでしあわせなんだから」


 ――――風の噂で聞いた話。


 聖女を失った王家は焦って次の聖女候補を探したけれど、あの国の禊に耐えられる娘なんているわけもなく、しかも聖女の加護があるわけでもないただの町娘を乱暴に抱いたらすぐに壊れてしまうのは必然で。そんなことを繰り返し繰り返し、いつしか悪評が市井にまで広がって。

 最終的に民衆革命が起こって、王家は取り潰し。好き放題女の人を攫って乱暴して遊んできた王子たちは、全裸でさらし者にされた挙げ句生きたまま怪鳥の餌にされたらしい。神官長や神官たちも串刺しの刑に処され、禊を見物していた宰相たちも裸に剥かれて、魔獣を発情させるフェロモンを全身に塗られた状態で街道に晒されたって話だ。

 国のトップがあんなだから、国中の男がああいう蛮族なのかと思いきや、男の人も同じくらい怒っていたみたい。自分の妻や娘を使い捨てられた人は言うに及ばず。

 こんなところだけ中世ヨーロッパ感をお出ししなくてもと思う一方で、これくらいしたくもなるよね、という気持ちもある。


 シェイラとわたしは、隣国の灯台をいまも二人で守っている。

 時折船に乗ってお隣の噂が流れてくるけれど、いまはもう関係ない話だ。


「ね、シェイラはどう?」


 あのときしていたようにシェイラを抱きしめて、頬を撫でる。

 滑らかな肌が手のひらに吸い付いて、いつまでもこうしていたくなる。


「わたくしも、リズと共にいられるだけでとてもしあわせです」


 腕を、脚を、絡め合って、抱き合って。とけるように一つになる。

 しあわせを噛みしめながら、わたしたちは真実の愛を手に入れた。


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転生したら王子様の白馬だったので、最推しヒロインを迎えに行きます! 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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