孤独の聖女
翌朝目覚めたら、わたしはやっぱり馬で。
王子は決まった時間に遠乗りをしにきた。
わたしは遠乗りという決まった日課をこなすだけの日々で、特に変わった出来事があるわけでもなく、普段は厩で高級な飼料を貪っているか、放牧地で羊たちと一緒に放牧されている。
執務はちゃんとしているんだろうかとか色々気になるけれど、馬の身じゃどうすることも出来ないし、責務は果たしていると信じておこう。
そしてシェイラはというと、お祈りの時間には神官長と神官に抱かれ、朝食後には第一王子、昼食後には第二王子、お茶のあとには第三王子に抱かれ、眠る前に三人の王子に輪姦されているという。
元シナリオよりも抱かれる回数や相手が増えていることに違和感を覚えたけれど、どうすればいいのか全くわからない。相手を決めれば夜の相手も一人に絞られるからそうするのも手ではある。あるんだけど、でもこの最悪な状況で「わたし、この人と一生を添い遂げます♡」って言える? わたしは無理。全員嫌だわ。
月が一回りして、満月の夜が来た。
そしてわたしもまた、人間の姿になった。
水たまりで確認してみたんだけど、長い白髪と水色の瞳が綺麗な美人になってて、転生前の死にかけのセミみたいなひどい顔は何処にもない。
「…………ぁ……あなたは、この前の……」
か細い声が、わたしに向けられる。
シェイラは前回会ったときと同じように、裏庭の噴水傍にいた。
「此処に来たら、いつかあなたに会えるのではと思っていたんです……良かった……また会えましたね」
消え入りそうな細く掠れた声で、シェイラは言った。
わたしは真っ直ぐ彼女の前に歩み寄り、震える体を抱きしめた。
前回は必死すぎて気付かなかったけど、彼女から微かに男の臭いがする。
「今日も、お勤めを果たしてきました……わたくしにはその価値しかないからと……平民の娘が王族と同じものを食べ、同じ部屋で眠れるのだから、これくらいはやって当然だからと……わたくしは……ずっとこのままなのでしょうか……」
散々に泣き叫んだあとの、嗄れ尽くした声でシェイラは零す。
そんなことない。って言いたい。でも、声が出ない以前にそれは言えない。だって嘘になってしまうから。シェイラは……ヒロインは、たった一人の相手を決めるまで複数の人の相手をしないといけない。そうして真実の愛を見つけないといけない。
でも自分を嬉々としてレイプしてくる上にそれを『これだけがお前の価値だ』とか言ってくる相手に、愛が芽生えるとも思えない。
どうすればシェイラを救えるんだろうか。
「あなたは不思議な方ですね……わたくし、あなたといるときが一番落ち着きます。ずっと、こうしていられたらいいのに……」
震える声で、シェイラは言う。
夜風よりも微かな声なのに、切実な想いが伝わってきた。
わたしだって、シェイラの傍にいられるならそうしたい。心がすり減っていくのを黙って見ていることしか出来ないなんて、あんまりだ。
誰にも渡したくない。こんなに傷ついているシェイラを、また朝が来たら男の巣に放り出さなきゃいけないなんて。
ぎゅっと抱きしめて頬をシェイラの頭に寄せ、なにか出来ることはないかと考えていたら、人の気配がして顔を上げた。
「こんなところにいたのか」
声の主は、第一王子だった。
「寝室から逃げ出すとは、聖女としての自覚が足りないようですね」
「ヤり足りなくて部屋に行ったらいないんだもん。困るよ~」
第二王子と第三王子もいる。
彼らは綺麗な顔に獣のような情欲を映して、シェイラを見ている。
画面越しじゃない王子たちってこんなに雄臭い生き物だったの……?
まるで狩りの獲物を見る肉食獣のよう。彼らは、好きにしていいモノが自分の意に反したと、シェイラに怒りさえ覚えている。
「……待て。貴様は何者だ?」
今更気付いた顔で、第一王子が言った。
わたしはシェイラを背後に隠すようにして立ち塞がると、王子たちを睨んだ。
「外部の人間が入り込めるわけがないのですから、どうせ侍女の誰かでしょう。私はアレを使った覚えはありませんが」
「何でもいいよ~。てかさあ、ソイツも一緒にヤッちゃえばよくない? 見た感じ、体は八十点くらいだし? いい声で鳴いてくれそ~」
ケラケラ笑って、第三王子が近付いてくる。
「…………う……ゃ…………」
そのとき、背後から小さな声がした。
声に気を取られた一瞬で第三王子がわたしの手首を掴み上げ、逆の手で胸を全力で鷲掴みにした。
痛みに顔を歪めたのを見て、第三王子がうれしそうに笑う。
「え~? いまので感じちゃうとか超淫乱じゃ~ん」
んなわけあるか!!
なにこいつら。もしかして、シェイラもこんなふうに抱いたの? 自分がやりたいように好き勝手やって、彼女が感じてるかどうかなんてお構いなしだったの?
信じらんない。性格がゲームとは全然違う。口調はそっくり同じだけど、ゲームで見たときは凄く優しくて、紳士的で、誰を選んでも恨みっこなしだよってシェイラに言ってくれたりして。本当にいい人たちだったのに。
なのに、此処にいるのはただのヤリたいだけの雄猿だ。
「もう嫌! わたくしはあなた方の誰も選びません!!」
襟元に手が伸びてきたとき、背後から破裂したような声が響いた。
さっきまで死にそうな声しか出せていなかったシェイラの、渾身の叫びだ。
「別に構いませんよ? 選ばない限り、我々の相手をし続けるだけですから」
第二王子が蔑むように嗤う。
「な~んだ、つまり聖女も乱交好きってことでしょ~?」
第三王子が、自分に都合のいい解釈をしてヘラヘラ笑う。
「私を選ばせてみせると思っていたが……そうか。そういうのが好きなら仕方ない。聖女がそう言うなら譲歩してやろう」
第一王子が、我儘を窘めるような顔で溜息を吐く。
そしてシェイラは、
「わたくしは、この方と共に生きます!」
わたしの腕を掴んでいた第三王子の手を叩き落として、わたしに抱きついてキスをした。
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