転生したら王子様の白馬だったので、最推しヒロインを迎えに行きます!

宵宮祀花

転生したら王子様の白馬でした

 突然だが、異世界転生というものをご存知だろうか。

 そう。現実世界で死亡したオタクやら腐女子やらがファンタジーの世界に転生し、勇者やらヒロインやら悪役令嬢やらに生まれ変わり、推しとキャッキャウフフするという、あの異世界転生だ。

 現代社会に疲れ果てた人間が見る末期の夢だと言われているけれど、もしも夢なら早急に覚めてほしい。納期が迫ってるんだから。

 わたしの最後の記憶は、会社でデスマーチをしていたときのこと。最早何本目かも覚えていないエナドリをキメた直後、自分でもヤバいと思うレベルの動悸に襲われて救急車を頼んだのだけれど、上司の「そんなヒマあるか!」という無慈悲極まりない恫喝を聞いて――――そこで、途切れている。

 だからこれは夢なのだと、そう何度も思おうとした。でも、だめだった。だって、頬に当たる風は優しいし、陽光は眩しいし、草木の音は静かで心地良い。こんなのが夢なんて信じられない。夢ってもっとゾンビに追い回されるとか、仕上げたと思った仕事が終わってなかったとか、上司に詰められるとか、そういうものでしょう?


 わたしはわたしを自覚してからというもの、だいぶ混乱している。

 さっきから冷静につらつら現状を語っているように見えるかも知れないが、自分を落ち着かせるため饒舌になっているだけだったりする。まあ、喋ってるのは脳内だけなんだけども。


 何故って。だって。


(いやいやいや、おかしいでしょ! 異世界転生っていったらヒロインとか、せめて悪役令嬢とか、それが無理ならモブでも何でもいいから女の子じゃないの!?)


 心の叫びは『ブルルッ』という言語ですらない音に変わる。


 なにせわたしは――――馬に生まれ変わったから。

 其処、寒いとか言わない。他に言い様がないんだから仕方ないじゃない。


「エリー、今日も一緒に遠乗りをしよう」


 冷静になろうと努めるわたしの前に、それを突き崩す元凶その一が現れた。

 サラサラの金髪に、宝石みたいな翠色の瞳。美術品のような白い肌に、優しそうな微笑。長い睫毛は瞬きの度に風が起きそうなくらい。

 お伽噺の王子様そのものな美の塊が、その尻が、わたしの背中に乗る。

 鞍越しではあるけれど、そんなのは関係ない。イケメン様の尻が背に乗って冷静であれるオタクがいるだろうか。いや、いない。

 しかしわたしは、十年間会社でオタバレを回避し続けた鉄の女だ。顔にも態度にも出さず、王子様との遠乗りという任務を無事果たして見せましょう。それがたとえ、目がくらむような美男子であったとしても。

 まあ、顔は馬の顔だから、表情なんかわかりっこないんだけど。


「エリー、少し緊張しているようだけど、大丈夫かい?」


 いや伝わってんのかーい!!


 大丈夫と言う代わりに小さく嘶いてみる。

 やっぱり自分の口からは馬の声しか出てこない。ファンタジーの世界なんだから、少しくらいファンタジックなことが起きてくれたっていいのに。

 現実は非情である。


 この日も王子様と遠乗りをして、ぐるっと王都周辺を回って戻ったんだけど。その途中で王子様がこんなことを呟いた。


「ねえエリー。真実の愛って何だと思う?」


 突然哲学的なことを言い出して風邪でも引いたかしらと思えば、最近王城に迎えた少女に恋をしてしまったらしい。

 王子には家が決めた婚約者がいるし、その婚約者に瑕疵はないはずなのに。

 それでも出会ってしまうのは、やっぱり運命シナリオ通りなんだろうか。

 この世界がわたしの想像通りのゲームなら、遂にシナリオが始まったと言うこと。平民のヒロインが聖女として王城に召し抱えられ、三人の王子たちから言い寄られる展開が待っているのだ。

 物語の大筋としてはヒロインが真実の愛に目覚めると聖女の力が完全解放されて、本格的に覚醒した聖女は愛のために力を使うようになる。ありがちだけど、これだけ聞けばとてもハッピーな愛の物語だ。


「私は彼女を手に入れたい。そのためなら何だってするつもりさ」


 王子は一人で納得して一人で決意表明すると、わたしに駆け足を命じた。

 風を切り、いつものルートで王城に戻る。

 シナリオが始まってしまったことに、一抹の不安を覚えながら。


 このゲームは、実はR18の乙女ゲームだ。

 ヒロインは毎晩違う男に言い寄られ、夜這いをかけられて、王子様の夜のお相手をさせられる。ルートが決まる前からこの調子で、決まったらもうシナリオ一話ごとにおセンシティブでおセクシーなシーンが美麗スチル付きでお届けされる。声優さんの囁くような熱っぽい演技がダイレクトにお届けされる。それが毎晩。

 願わくば聖女が、この世界に染まりきったイケメン様たちとのえっち大好きド淫乱少女でありますように。


 ――――そう、願っていたのに。


 満月が美しい夜。

 ふと目が覚めると、わたしは人間の姿になっていた。

 なにを言っているのかわからないと思うが、わたしもなにが起きたのか全くもってわからない。取り敢えず馬を憐れんだ転生の神様(がいるのかわからないけど)から与えられた転生特典だと思っておこう。シナリオが始まる前はずっと馬だったことを考えれば、この状態にもなにか意味があるのかも知れないしね。

 せっかく久々に自由に二足歩行出来るのだしと、王城の庭を歩いてみる。すると、裏庭にある小さな噴水の傍で誰かが蹲っているのが見えた。

 夜着にストールを羽織った格好で、少し寒そうだ。もしかしたら具合が悪いのかも知れないと思い、近付いてみる。


「……っ!?」


 かさりと下草を踏む音に驚いた『誰か』が振り向いた。

 その人は、最近王城に連れてこられたという少女――――ヒロインだった。両目にたっぷり涙を溜めていて、目尻が少し赤くなっている。


「あ……ご、ごめんなさい……!」


 少女は慌てて涙を拭うと立ち上がって、踵を返そうとした。

 わたしは慌てて彼女の手首を掴み、首を横に振る。

 逃げなくていい。きっと部屋に居づらいんだろうし。


「あなたは……?」


 名乗ろうとしたけど、やっぱり声が出なかった。さっきも呼び止めようとしたのにただの一音すら喉から出てこなかったし、人型をしているだけで本質は馬なのかも。なんか嫌だけど……仕方ない。

 口パクしたら伝わったみたいで、少女は「声が出ないのですか……?」と訊ねた。それに頷くと、何故か少し傷ついたような顔になって、腕から力が抜けた。

 少女は噴水の縁に腰掛けると、自分の肩を抱くような格好になる。


「あの……少しだけ、お話を聞いて頂けますか……?」


 わたしは隣に腰掛けて、聞く姿勢になった。


 少女の名は、シェイラ・スティーリエ。ヒロインのデフォルト名だ。つい先ほど、彼女は三人の王子の夜伽相手を務めてきたという。

 突然王城に召し抱えられ、聖女だと言われ、王子や男の役人たちが大勢見守る中、裸で禊をさせられた。美しい陶器で作られた円形の浴槽にたくさんの花を浮かべて、其処に入る様をじっとりとした視線の群れが見つめていたらしい。侍女たちが全身を撫で回し、なまめかしく艶めいていく肌を、男たちが見守る儀式を禊だなんて。

 中には鼻息を荒くしている人も、ゆったりとしたローブ越しにもわかるほど股間を大きくさせている人もいて。シェイラは逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 恥じらう様さえ美しいと笑う顔が、悍ましくて仕方がなかった。

 王子が羨ましいと下品に讃える声が、穢らわしくて仕方がなかった。

 そうして、気色の悪い衆人環視の中で禊を済ませた夜。

 三人の王子が寝室を訪ねてきて、代わる代わるシェイラを抱いたのだった。


 ――――いや、悪夢か?


 元のゲームだったら『そういうもの』として出来るけど、自分の身に降りかかるとなれば話は別だ。そして王子たちはそういうものとしてシェイラを抱いたけど、彼女自身は全くこの『設定』を受け入れられていなかった。

 つまりこの世界は、彼女にこれが常識だと植え付けていなかったのだ。ゲームでは最初こそ嫌がるふりをしていたけれど、すぐに快楽漬けになっていたのに。だって、そういうゲームだから。女の子がずっと嫌だやめてと泣き叫んでいるような物語じゃ女性に広く受けないから。別にそういう趣味向けのゲームじゃないからね、これ。

 でも、いまのシェイラは恐怖で震えている。どうしてこんなことになったのかと、泣いて怯えている。

 異性を知らない乙女だったのにいきなり三人の相手をさせたら、そらそうなるわ。ゲームとリアルは別だもの。でもゲームの設定をそのまま使うならヒロインや王子も設定に沿った性格にしておいてくれればいいのに。なんでこう歪んでるんだろう。


 わたしは声が出せない代わりに彼女をそっと抱きしめて、頭を撫でた。

 そうしたら本格的に泣き出してしまって、わたしはずっと細い体を抱きしめながらせめていまくらいは安心していられるようにと祈った。

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