空木と雪の下
藤泉都理
空木と雪の下
待っていろよ。
俺が必ずおまえの仇を取ってやる。
父の客だと家政婦が邸に迎え入れた男を、男が背負う紅のチェーンソーを見た瞬間。
俺は、付け焼刃ではあるものの、最大級の炎の魔法を男に放ったのであった。
が。
「おいおい、坊ちゃん。いきなり。んにゃ。いきなりじゃなくても、人に魔法を放っちゃいかんでしょうよ」
へらり。
男はだらしなく笑った。
紅のチェーンソーで俺の最大級の炎の魔法をぶった切っては、刹那の内に消滅させて、だらしなく笑いながら、そう言ったのだ。
アジサイ科の落葉低木。
開花時期は五月中旬から六月中旬頃。
髄(茎や根の中心にある部分)が空洞になっているので、この名がつけられたという説もある。
材質は硬く、腐りにくい。
昔から木釘、楊枝、神事の時の
花の見た目が雪のようである事から「雪見草」ともいう。
「坊ちゃん。なあ、坊ちゃん」
「うるせえ坊ちゃん言うなついてくんなおまえなんか嫌いだどっかいけまた俺の家の木をその紅のチェーンソーでぶった切りに来たんだろ木殺しめくそいつか俺もおまえを」
殺してやる。
父親からこっぴどく叱られて邸の外へと飛び出した俺は、後ろからついてくる男に息つく暇なくそう言おうとした口を不意に閉じた。
本当に殺したいわけではないのだ。
ただ。
二年前にこの男がぶった切った空木の仇を討ちたかった。
殺したいわけではない。
痛みを与えたかったのだ。
「おまえが。おまえが空木をぶった切った。瘴気をたらふく宿していたからぶった切る必要があったからって、除去する必要があったからって、そんなの知らねえ。おまえは、俺の大切な空木をぶった切った。だから、俺は。おまえにも痛みを与える。不意打ちの痛みを与える」
「………宣言してちゃあ、不意打ちも何もないと思うんだけどねえ」
「うるせえ。近づくな。さっさと」
用事を済ませてこの邸から出ていけ。
その言葉もまた、身体の中に留めたまま。
用事を済ませるという事は、また、大事な木を、切る必要があるかもしれなくても、大事な木を、切られるという事だ。
知っている、わかっている。
瘴気を宿したままにしておけば、その内、他の木や植物も、他の生物も、俺たちすら瘴気に蝕まれて、命が絶えるという事も。
知っている、わかっている。
聖女に瘴気の浄化を頼んだが、もう手遅れだと匙を投げられた事も。
だからこの男が来た。
庭師でもあり植物の瘴気祓い屋でもある男が。
知っている、わかっている。
救っているのだ。
知っている、わかっている。
なのに、
赦せない気持ちがなくならないばかりか増大していく。
痛みを与えたい。
痛みをぶつけたい。
知っている、わかっている。
空木の痛みじゃない。
俺の痛みだって。
ぶつけたいのは、
「俺は痛いのは嫌だ。だから、おまえが何度魔法で攻撃してきたとしても、このチェーンソーでぶった切る。俺は、俺が必要だと判断したから、瘴気に蝕まれた木を、植物をぶった切る。謝罪はしない。感謝も要らない。ただ、すべき事をしているだけだ」
嫌いだ、この男が大嫌いだ。
この男が正しいと、知っているのに、わかっているのに、
「俺は今回、おまえの父親に頼まれて庭を見に来ただけだ。前回、瘴気に蝕まれた空木を切った時に、頼まれたんだ。定期的に来て、庭を見てほしいってな。もう、木をぶった切りたくないからってな。悲しむ息子を見たくないってな。まあ、瘴気に蝕まれていなくても、切る必要がある時もあるんだが。そのたんびに、毎回毎回、恨まれちゃあ、身体がもたねえし」
俺、断った方がいい。
前に回り込んできて俺の顔を覗き込んだ男は、へらりとだらしない笑みを浮かべていた。
来るな。
そう言って、男の顔に噛みついてやりたかった。
心底、そうしてやりたかった。
そうすれば、少しは気持ちが治まるかもしれない。
そう、思った、けれど。
「毎回来るたびに威力が増した俺の魔法を放ってやる!」
俺は男の額に頭突きをくらわして、睨みつけながら言った。
お~いてえ~。
男はだらしない声を出しながら俺の頭が当たった顎を手で押さえて、へらりと笑って、仕事を承りましたと言ったのであった。
嫌いだ。
俺は男が、大嫌いだ。
顔も見たくない。
だけど、
この男が植物も大切にしてるって。
知っているし、わかっているから。
この邸に足を踏み入れる事をゆるすんだ。
「なあなあ、坊ちゃん」
「坊ちゃんじゃねえ、俺は「俺もおまえじゃねえ、俺の名前は!」「俺が先に名前を言うんだ!」「いいや俺だい!」
(2024.5.9)
空木と雪の下 藤泉都理 @fujitori
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