第10話 2学期のはじまり

 2学期の始業日の朝、わたしたちは4人そろって登校していた。

 まだ朝なのに、太陽の光が強くてまぶしい。学校までは1キロくらいあるけど、そのあいだに倒れちゃわないか不安だよ。

「やだぁ〜、暑いー」

 玲奈ちゃんが情けない声を出す。

 わたしも、もうフラフラだよ。暑いと体力がうばわれちゃう。朝から気温が30度くらいあるんだもの。天気予報でも、熱中症に注意って言ってた。

 まだ家を出て10分くらいなのに、早くもひたいに汗がにじんでいる。ハンカチでふいてもきりがないから、あきらめてそのままにすることにした。

「玲奈、しっかりしろ。暑いなら、水筒のお茶を飲めばいいだろ」

 玲奈ちゃんの双子のお兄ちゃんである玲央くんは、弱音を吐かずに歩き続けている。妹の玲奈ちゃんに、あきれているようにも心配しているようにも見える目を向けた。

 玲奈ちゃんは玲央くんに言われて、むぅっとほっぺたに空気をためこんだ。

「そうだけどさぁ。なんで8月31日まで休みじゃないの? こんなに暑いのに……」

「……時間は有限だからじゃないの?」

 玲奈ちゃんの不満に、奏くんが真面目に答えた。

 奏くんも玲央くんと同様に、まったく「暑い」と言わない。けれど、たびたび小さなため息をついているから、わたしたちと同じように暑いと思っているんだろうな。

 でも、夏の暑さだけが理由じゃないのかも。奏くんの通学リュックが重そうに見えることが、ちょっと気になるんだよね。

「ねえ奏くん。リュックの中、何が入っているの? 始業日にしては重そうだね」

 わたしは奏くんに質問しながら、自分のリュックの中身を思い浮かべた。

 わたしのリュックに入っているのは、プリントの連絡事項に書いてあった、始業日に持ってくるものだけ。

 通知表と上靴と夏休みの宿題、それからぞうきん。あとは筆箱や水筒だ。

 これだけなら、奏くんのリュックみたいに重そうに見えないはずだけど……。

 首をかしげていると、奏くんはあごに手を当てて考える素振りを見せた。

「えっとね、教科書とかいろいろ……。あさってから授業が始まるでしょ。たくさん教材を持って登校するのは、リュックが重たくてすごくキツイから、授業がないうちに少しずつ持っていって置き勉しようと思って」

 うっ、奏くんかしこい……! わたしも、今日持ってきておけばよかったなぁ。

 この暑さだもの。たくさんの荷物を一度に持っていくのは、ものすごく大変だ。

「明日は、たしか実力テストだよね? 明日持っていったらいいんじゃないかな。テスト前の見直しにちょうどいいし」

「そっか、そうしよう! アドバイスしてくれてありがとう、奏くん」

 わたしがお礼を言うと奏くんは小さくうなずいて、リュックを背負いなおした。

「ああ……秋帆と奏は、けっこう平気そうだね」

 玲奈ちゃんのうらやましそうな言葉と声が聞こえて、わたしと奏くんは苦笑いする。

 玲奈ちゃん、本当にキツイみたい……。

「今日は午前で終わるから、帰って昼ごはん食べたらバンドの練習するんだろ? がんばろうぜ!」

「はあい」

 玲央くんが玲奈ちゃんを元気づけると、玲奈ちゃんはしぶしぶといった様子でうなずいた。



 学校に到着すると、靴箱で上靴に履きかえて教室がある4階に行く。

 学校の廊下にはクーラーがついていない。だから、外と似た暑さだった。太陽の光がないだけ、まだマシかな。

 この暑さで4階まで階段を登るのは、かなり大変だ。

 足を止めずに登りきって、教室についた。

「久々の教室だー!」

 一番乗りで教室に入ったのは、思ったとおり活発な玲央くん。わたしたちも、玲央くんに続いて教室に入った――その直後だった。

「わあ、アサガオのみんなが来たよ!」

 クラスメイトの1人が、わたしたちを見て言ったんだ。

 それをきっかけに、ほかの子たちも口々に話し始めた。

「フェス見てた! すごかったぁ〜!」

「めちゃくちゃ楽しかったよ!」

「最っ高だった!!」

 わたしたちを取り囲んで、みんなが褒めてくれる。

 星のようにかがやく目を向けられて、わたしたちはおどろきを隠せずに顔を見合わせた。

「玲央、ドラム格好よかったぞ!」

「玲奈ちゃんも、あれベース、だっけ? すごいね!」

「秋帆ちゃんって、ギターできたんだね。歌も上手だった!」

「無口くんも、マジですげーよ! ピアノ弾けるのも、あんなに歌がうまいのも!」

 今度は、ひとりずつに言葉をくれた。

 心から思ってくれているんだって、すごくうれしくなった。

「「ありがとう!」」

 玲央くんと玲奈ちゃんのはずむような声が、ぴったり重なった。声の調子も表情もそっくり。

 2人はこぶしをコツンと合わせて、グータッチした。

 これをしようって言わなくても思いが通じ合う2人は、やっぱりふたごなんだなと思う。

「みんな、ありがとう」

 わたしは照れくさくて、大きな声で「ありがとう」を言えなかった。

 ステージで歌うなんて初めての経験だったけど、うまくいってよかった。こうして面と向かって感想を伝えられると、顔が熱くなっちゃう。

 奏くんはどうかな……と思って、となりに立っている彼を見た。

「……」

 やっぱり、何も言えていないみたい。

 キュッとくちびるを引き結んで、リュックの肩ひもを強くにぎりしめた。

 急に性格を変えることはできないよね――と思ったけれど、今日は少しちがった。

「……あ」

 奏くんが、小さなかすれた声を出したの。

 みんなが奏くんに注目したことで、奏くんはギュウッと目を閉じてしまう。

 でも、ふるえながら口をひらいた。

「あっ……ありがとうっ……!」

 教室の音がなくなった。

 みんなは静かになって、奏くんを見つめる。

「奏くんっ、言えたね!」

 わたしは静かな教室で、ひとりだけ言った。

 だって、奏くんががんばって言葉を声にしたんだよ!

 フェスでの経験が、今に生きたんだ。

「うん……!」

 奏くんは大きくうなずいて、ほほ笑んだ。

 玲央くんと玲奈ちゃんも、目線を交わして笑い合う。

「あっ、あのねっ、僕、えっと……みんなともっと、仲良くなりたいんだ……! だから、これからは無口くんにならないように、がんばるから……その……仲良くしてほしい」

 一生懸命、自分の気持ちをクラスメイトに伝える奏くんは、すごくカッコイイと思った。

 クラスメイトのみんなは、おどろいた顔をして奏くんを見ていたけれど、にっこり笑ってくれた。

「もっちろん!」

 みんなが奏くんに向けた笑顔に、ウソはなかった。

 わたしたちの2学期は、こうしてスタートを切った。

 これからはバンドでも友だちとの関わりでも、最高の思い出をつくっていこう!

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