うぇあーあむあいなう

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

 未恵は左手で頬杖をつきながら右人差し指をぽちぽちとキーボード入力した。

「共感できない」

未恵は浮かび上がった文字を右目でぼやけて確認する。エンターキーを押して検索が開始される。ズラーっと色んな記事がある。未恵はその記事をスクロールさせながら見ていくが、その中身に思わず鼻で笑う。そして、頬杖していた左手で机をバンバンとリズミカルに叩いて

「そうじゃないだろ!」

と声を発した。そして背中を丸め顔を下に、俯いてイヒイヒと笑った。その後未恵は立ち上がってくるくる回り、目が案の定回って、敷いてあった布団にそのまま倒れ込んだ。うつ伏せの状態で顔を枕にうずめ、まだこの世界が言語化出来てない言葉を発した。

「ワッチェリャーネ!」

この言葉を未恵は四回発した。意味は「私はいまどこにいるの?」である。枕によだれがつき、それを手で拭いた。よだれの部分の臭いを嗅ぐと、未恵は自分が確かにここに存在していると実感ができてなんだか安心した。要するにしっかり臭いのだった。


 未恵の両親は去年に亡くなった。未恵にとっては嫌いな両親だったので、悲しみはやっては来なかった。しかし、亡くなった理由が、母が父を殺し、その後母が自殺をしたということなんだからそれなりにすんなりという訳にはいかなかった。何かが未恵の中にドロッと沈殿する。


 未恵の父は未恵に性的暴力をしていた。何度も何度もそういう行為をさせられ、そして母はそれに嫉妬をし、未恵を何度も何度も殴った。未恵は一般的に普通とはいえる家庭環境ではなく、それでも漫画やドラマや友達の話などからなんとか普通を肌では理解できなくても頭では理解をしていた。だから、友達の会話の「うちのお母さんってさー」という内容でも共感し、会話の空気を悪くしないで済んだ。


 だが、未恵にとってはやはりそれは現実ではなかった。今回の事件の件でそれを思い知らされた。SNSでの愚痴を見て、「ブラック企業どうたらこうたら」「チー牛どうたらこうたら」「日本終わったどうたらこうたら」未恵はこういうことを書いている人たちに思いっきりビンタをしたかった。

「それぐらいのことじゃあ、共感できねぇよ!」


 未恵は布団に寝転がりながら、ボーとし、ベランダの窓を見た。そこでここ半年、毎日かかさず行うことがあった。未恵は自分が飛び降りる姿を想像する。布団からは動かずに頭の中だけで、立ってしまうとどうなるかしれたことだ。右足を上げてまたがり、前へと体重を乗せ後は重力に身を任せ自由になる。その時遂幼い頃よく見てたアメリカのアニメを思い出しコミカルに想像してしまう。それをコミカルにしないでリアルにリアルにと修正をする。落ちていく自分、未恵はふわっとなった。このふわっとなる感覚が溜まらずに怖い。取り返しのつかない、後戻りのできない、所謂後悔まっしぐらという結論を毎回未恵は出していた。

「絶対落ちたら痛いだろうし、やっぱやめたと言いたくなるだろうな。」

未恵はベランダから飛び降りたくない理由を口に出して、自分を戒めた。


「未恵ちゃん、気にしないでいいんだよ」

「いいじゃないか、そういう経験はめったにできないことだよ」

「分かるわ。俺もな・・・・・・」

未恵はこいつらの後頭部をパンツが見えてもいいからハイキックしてやりたかった。未恵はバイト先で遂、漏れてしまった。それは暗くしんどいことだろう。だが、それの何がいけないと言うのだ。世間は———少なくともこいつらより未恵は辛い思いをしていた。黙って聞いていればいいだろうに。何故明るく切り替えなければならないのだ。こういうやつらに限ってしょうもない理由で愚痴って、「俺は頑張っている」だとか、「こういう人ってありえなくない?」「もっと相手の立場になって考えろよな・・・・・・」とかを言ってくる。


 だけど、周りはそういう意見に同調をする。安っぽい安っぽい。未恵は忘れるためにスマホを取り出し、毎回後悔するがニュースを見た。芸能人の不倫どうたらこうたらで人々がどうたらこうたらとコメントを残し、どれも未恵にとっては嘘でしかなかった。現実味がなく仮想的で、未恵はやはり自分だけが現実なんだと思った。どっかの国とどっかの国の戦争についてのニュースを見ると、辛かった。だって未恵はこれよりは辛くはないとはっきり言えるから、今のこの感情の正当性が薄れてしまう。少なくとも、この戦争よりかは自分の辛いことは大したことないと思わなければならなかった。苦しい。


 でも、それらは世間から同情される。安っぽい同情ばかりだが、安っぽいポジティブとか、戦争と友達の喧嘩をごっちゃにしているような、馬鹿な幸せしか感じたことないタレントの女の意見ばかりではある。未恵は何故このタレントの発言は炎上というつまらない現象が起きないのか疑問であった。結局は安っぽい自分を社会問題ブランドで飾りたいだけなのだろう。つまりは流行に乗っかっているだけだ。


 「そんなに簡単に共感されて嬉しいかね?」

ネットというのは見たくないもの、見て後悔するものに辿り着きがちだ。蜘蛛の網にでもかかったかのようにだ。何かをドヤ顔で頭がよさげな発言をして、それにただ納得感があるかないかで浅いか深いかを判断する。

「深いものがそんな簡単に理解できるのかね?」

未恵は自分が深いところにいると思っている。しかし、それは決していい景色ではなく暗いくらい深海。海女さんでも辿り着くことが出来ない深さに未恵はいた。きっと死体となって浮かび上がるまではみんながバシャバシャ燥ぐ浅瀬には行けないんだろう。なんとも寂しいことなのか、未恵は可愛い女の子か何故かピンクの自由自在に変形できるお父さんのお化けに抱かれたいと思った。


 未恵は仕方なく自分を自分で抱きしめてみた。胎児のごとく小さくなる。しかし母体回帰をしたところでいきつくところはあの女のところである。未恵は母体回帰を防ぐため体をねじらせた。体をピーンとさせ足を絡ませ、右手を左肩に左手を右肩につかんでぎゅうっとした。目を閉じて未恵はイメージをした。そこには深い深い深海に住む巻貝がいた。それは古代に生きていた、槍の様に細長い大きな巻貝で、人間の見解ではもう絶滅していた。しかし実は生きていた。独り寂しく暗いところで生き続けていたのだ。それが今の未恵であった。


「共感できない」

そう検索した時、「最初から共感ができない病を持つ人」という項目ばかりだった。しかし、未恵は違った。最初から未恵は古代に生きていた、独り寂しい槍のような巻貝ではなかった。色んな傷が化膿したりして、経て今に至る。


 未恵はまたベランダの窓を見た。自分が今いるところが分かり、今の自分が何者かと分かった今なら———

「今なら怖くないかも」


   


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うぇあーあむあいなう 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画