名誉ある戦死を遂げた俺が救済の戦女神に転生だって!? ~数多の戦場を駆け巡る戦女神になって、必ず俺を殺した戦女神をぶん殴ってやる~
雪広ゆう
軍人の意地ってのを見せてやる
戦場の女神……俗に言う
劣勢の軍勢に突如として加勢し、戦況を覆す圧倒的な存在。数多の世界線、数多の時間軸、数多の戦史に名を変えては姿を具現し、数多くの神話を作り出す。
……まあ所詮は神話、知覚の出来ない存在を女神と崇め奉るのは違うと俺は思うが。
「敵は堅牢な防御陣地を敷設している! 我が部隊は、敵軍の防衛線を突破し敵空軍施設を掌握する」
鬼軍曹の如き屈強な肉体を持つ部隊長が、部隊員に任務内容を告げる。
血塗ろの戦争から早四年、戦争の終結は秒読みの段階だ。次第に両軍の戦況は、兵器の生産能力が圧倒的な我が国が形勢逆転し、俺たちは最終決戦の地で命を賭している。
この部隊で俺は最古参だ。戦場での負傷や戦死で激しく入れ替わる隊員の中で、俺は開戦当初から部隊に在籍しているが……奇跡的に負傷の経験が一度もない。
そんな訳で同部隊内や他部隊でも『神の愛子』と言う二つ名が付いている状態だ。
「一二〇〇に空軍の航空支援が開始される。それを機に一気呵成に攻め込む」
(敵も最終決戦と理解しているのか抵抗は他の戦場の非にならない。空軍施設を掌握されれば航空支援が絶たれる……敵は丸裸だ。航空攻撃に対する反撃能力を喪失する)
そして三十分が経過し、友軍の航空支援の開始時刻が訪れる。
沖合に停泊中の数隻の航空母艦から数十機のレシプロ爆撃戦闘機に加えて護衛戦闘機が発艦、俺たち部隊の直上を耳を劈く程のエンジン音で通過し、その度に兵士達は声援を上げる。
前方の空軍施設から飛び立ったと思われる敵軍の迎撃戦闘機も複数目視できる。
接敵――友軍の護衛戦闘機が迎撃を開始、敵空軍機とのドッグファイトに突入する。
しかし数的有利の状況、敵の迎撃戦闘機の隙を突いて急降下爆撃を仕掛ける。対空砲を掻い潜り各爆撃戦闘機が満載の爆弾倉から700キロ爆弾を複数投下する。
その威力は凄まじい。破片や爆風で負傷する可能性を考慮して、俺たちは塹壕に身を隠す。そして数秒後、大地を震わせる爆音と爆風が戦場を駆け走る。
「行くぞ!! 突撃だ、突撃!!」
部隊長が号令を叫ぶと、俺たちの部隊、その他の先鋒部隊が一挙に前進を開始する。
敵の防御陣地は爆撃の影響で混乱を極めている模様、事実として粉塵や爆煙の影響で視界が遮られており敵軍の弾幕が薄い。俺たちは前進、只ひらすら前進を続ける。こう言う時、恐れを抱けば足が竦む。前進途中で友軍軽戦車部隊と合流し身を隠しながら駆け続ける。
防御陣地まで目と鼻の先の距離に迫る――しかし、突如として曇天が視界を奪われる程の煌めきを放った。そして雲影が真っ二つに瞬時に裂ける。皆は落雷と思ったが……全く違う。
俺の視界に映る光景、精神が逝かれたのかと思う程に異様な光景だ。
「戦場の女神……
煌々と放つ極光を纏いし女性、その姿はまるで戦場の女神と表現しても良い。
俺も含めて、恐らくこの戦場に存在する誰もが見蕩れる程の麗美な姿、艶やかな黒髪、心を魅了する黒衣を纏って、その女神様は敵防御陣地の後方に位置する丘の頂上に舞い降りた。
戦女神――その伝説が真実だとして、ならば彼女は紛うこと無き敵となる。
「――えっ?」
俺の隣に居た仲間の頭部が何かと衝突し吹き飛ぶと、彼は絶命し膝から崩れ落ちる。
敵の銃撃は視認出来なかったが……ならどう言う事だ!? 俺は咄嗟に周囲を見渡す、隣に居た戦友と同様に頭部が吹き飛び戦死する数多の兵士。俺は理解不能な状況に畏怖する。
敵の銃撃は間違いなく視認出来ない。なら彼女の攻撃か……それは誰もが直感で理解した。
「攻撃、攻撃だっ!! 撃て、撃て撃て!!」
「く、くそっ!」
全部隊が彼女の存在に畏怖し始める。
銃火器から放たれる無数の銃弾、軽戦車の砲弾、俺も短機関銃を構えて撃鉄を幾度も鳴らす。これで彼女は肉ミンチ状態になる。
いや恐らく彼女は人知を超越した存在、只の人間風情がその境地を理解できる筈もない。
俺たちの攻撃は、戦女神の目と鼻の先の距離で静止する。宙に浮かぶ銃弾や砲弾が静かに反転して、一斉に俺たちに降り注ぐ。
「た、隊長っ!!」
それら銃弾と砲弾の雨霰が降り注ぐ……軽戦車が爆発離散、数多の兵士が崩れ落ちる。
無慈悲な戦女神は丘から歩を進め始める。
絶対的強者の圧力、両手には二の腕程度の銃身を誇る大口径の
彼女に手も足も出ない絶望感……そして先鋒部隊と接触する。
「なんて……綺麗なんだ……」
此処は戦場、更に仲間を殺されている状況下だ。だと言うなのに……俺は何を。
華麗な戦女神の戦闘、先鋒部隊は数十名の兵士が残存し、着剣した銃火器で接近戦を挑む。戦女神は小柄な体躯を駆使して攻撃を華麗に回避し続けると、両手の拳銃から大口径弾を放ち、黒衣を翻しながら兵士の頭部を見事に吹き飛ばし続ける。
俺はその一方的な殺戮風景を直視する以外に術がなかった。恐らく彼女は、尚も前進を続ける。敵軍はその隙に乗じて防御陣地を再構築し、態勢を整えるだろう。
(武器を捨てる者は殺めない。武器を捨てなさい)
脳内に響く女性の声、しかし到底無理な話だ。武器を捨てる即ち、敵前逃亡だ。
周囲を見渡しても新兵を除く歴戦の兵士で武器を置く者は極少数。むしろ闘志を燃やしている。……戦女神は先鋒部隊の兵士の殆どを惨殺し、俺たちに歩を進め出す。
俺も退く気は毛頭無い……仲間の敵は取らせて貰う。
戦女神は歩を進めながら拳銃の撃鉄を鳴らす――大口径の銃弾が複数発放たれる。
その銃弾の標的は、俺の背後に位置する軽戦車数両、貫徹力のある銃弾は装甲をも貫き燃料タンクを直撃、瞬く間に炎に包まれる軽戦車から火だるま状態の搭乗員が脱出する。続け様に一両、二両と次々に歩兵部隊の戦力の要である軽戦車が撃破される。
怯むな……ここは戦場だ。俺たちは銃剣を着剣し、身を隠す
彼女は表情を一切変えず怯まない。まるで工場の流れ作業の様に大口径の銃弾を何発も何発も放つ。その銃弾はまるで魔法の如く全発命中、兵士の頭部が次々と吹き飛ばされる。
(これが女神だって? まるで悪魔じゃねぇか)
まあ敵軍からすれば天からの祝福か……俺には悪魔、死神としか思えないが。
俺は奇跡的に戦女神に肉薄する。ただ接近戦の距離ではない為、俺は彼女から少し離れた地点で伏せて短機関銃の標準を合わせる。この距離なら確実に直弾する。
「終わりだ!!」
撃鉄を鳴らす。何十発と、空薬莢が散乱する。放たれた銃弾が戦女神に向けて飛翔する。
だが銃弾はまるで自我を持つかの様に、戦女神を避け続ける。まるで掠りゃしない……至近距離であるにも関わらずだ。何故か一発も銃弾は直弾しなかった。
俺は絶対的な死を悟る――絶望的な状況、戦女神と視線が重なる。神の愛子か……皮肉も良いところだ。所詮は人間だ、人間如きが人知を超越した神に抗う術もない。
「人間、その雄志に免じて、貴方を苦しませず殺めよう」
「ああぁ……それは、大変有り難いね。麗しの女神様」
手が触れられる距離にまで迫る戦女神、彼女は俺の頭部に標準を定める。
折角、女神様がそう言っているんだ。これは運命、俺は瞼を閉じて己の死を戦女神に委ねる。そして大気を震わせる程の撃鉄が鳴り響くと、俺は彼女に頭部を吹き飛ばされて絶命する。
******
「はっ!? はぁあ……な、何だ、俺? い、生きている?」
確実に俺はあの瞬間、頭部を撃ち抜かれて名誉ある戦死を遂げた筈だ。
しかし瞼を開くと、白壁に囲まれた立方体の空間が視界に映る。
死後の世界……と言うには些か殺風景過ぎる。仮に此処が天国なら拍子抜けだ。そう考え耽っていると、突如として俺の眼前に現れた可憐な少女。まるでフランス人形の様な可憐な服装、流麗な金髪と何処か良い所のお嬢様としか思えない。
「人間、貴方の即時転生が承認された」
「は、はいっ? お嬢ちゃん、どう言う意味かな?」
「無数の戦場を駆け巡る戦女神、私もそう。でも戦女神は絶対的存在、無敵とは限らない。撃たれ刺されれば死ぬわ」
状況を読み込めない俺を尻目に話を続ける少女、ものの見事に俺の質問に一切の返答は無く、ただ自分の話だけを紡ぎ続ける。
まあこう言う時はとりあえず話を合わせる。これに限る。鬼教官の訓練で学んだ教訓だ。
「神様、なのにか? 神話だと女神も神様の一種じゃ無いのか?」
「白痴ね。神様は死なない? どんな幻想よ。所詮は貴方たち人間の思考であり、そんな浅はかな思考で神の存在を計らないでくれるかしら。そもそも主神が全知全能の存在であれば、人類と言う下等生物は消滅している。……はぁ、まあ何が言いたいって、神様も死ぬわ」
容姿に反して非常に辛辣な少女だ。
ただ俺を殺した戦女神の絶対的な力を鑑みれば、到底あれを殺せるとは思えないが。
「話を本題に戻すわ。今回、戦場で一人の戦女神が死を遂げた。つまり枠が空いた」
「枠とは? と言うか……結局のところ俺はどうなるんだ?」
「で最初の話に戻るけれども、即時転生……即ち貴方が戦死した戦場に転生させる。単刀直入に言えば、貴女は戦女神への転生を承認された訳よ」
「……は、はいっ!? 俺の性別は男ですが? 戦女神って元来女じゃ!?」
「突っ込むのはそこなのね……。性別なんて些末な問題、そもそも今の貴方の雄臭い男性の姿で転生させる訳がないでしょ? 戦女神の品位が落ちるわ。貴方に授ける肉体は、救済の戦女神=フレデリア、それが転生先よ」
「と言うことは……俺の記憶はどうなるんだ?」
「生前の記憶は残る。主神が用意したフレデリアの肉体は自我を持たない只の器、人格や精神、記憶の一切は今の貴方が器に注がれる」
「そ、そうっすか……。そもそも俺が何故戦女神に? あの戦場に連れ戻して俺にどうしろって言うんだ?」
そうだ。俺が救済の戦女神とやらに選定されたとして、俺にどうしろって言うんだ。
折角死んだのなら安らかに眠らして欲しい。正直言って俺は疲れたんだよ。何をさせたいのか知らないが……状況を飲み込めない俺は、眼前の少女に問い掛ける。
「小難しい話は抜きにして、貴方の雄志が主神に認められたの」
「当然だろ。軍人なら仲間が蠅を叩く様に殺されていく光景を見過ごせるかっ」
「まあ軍人精神は私に理解できないけれども、私の言葉通りよ。貴方の任務は、あの戦場に返り咲いて戦女神を殺す事よ」
「おいおい待て、戦女神って? 俺を殺したあの戦女神か!?」
「ご明察ね。今は元戦女神だけれども……彼女は緋弾の戦女神=オーベルテューレ。裏切り者、反逆者の一人、主神に牙を向く不敬者。独断で戦場に現れては、様々な戦史に改変影響を及ぼしている」
「そもそも俺に……あの戦女神を殺せるのか?」
「だから神力を与えるのよ。貴方が戦死した直後の時間軸に転生させてあげるわ」
……その時点に戻れるのなら戦況を覆し仲間を助けられる可能性がある。
海岸部に上陸済みの主力本隊が損耗しなければ、十分に敵軍を撃滅できる。と言うか、あんな無茶苦茶で絶対的な戦女神が牙を向いている以上、我が国の逆転敗戦も十分に有り得る。
別に国に対する忠誠心が高い訳じゃない……ただもう泥沼な戦争は終結させるべきだ。
無数の民間人、数多の両国の軍人、この戦争で多くの人間が死に過ぎた。
「……分かった。俺を戦女神に転生させてくれ」
「ええ、まあ貴方が拒もうと決定事項だったけどね。では貴方に主神の加護を授けます」
少女が指を鳴らす。するとその瞬間、視界が暗転し目映い光に包み込まれる。
そうして、どの程度の時間が経過したのか分からないが……突然に頬に触れる風を受けて、俺は自ずと瞼を開く。……上空を落下している? いや緩やかに舞い降りている。
下界の光景は、間違いなく俺が戦死したあの戦場だ。広大な島面積を誇る敵国の離島、細かくは視認できないが、海岸部に上陸済みの友軍主力本隊が戦闘状態にある。
(敵軍の姿はない……だとすればあの戦女神一人が相手か)
海岸部まで目と鼻の先の距離、数千の兵力を誇る主力本隊が一斉砲火を浴びせている。
あらゆる攻撃が通用しない戦女神を相手に、例え数で圧倒的に勝ろうとも倒す事は不可能に近い。急ぐ必要がある……俺が戦死した場所からそう遠くない地点に舞い降りる。
まず自分の姿を確認する。鏡が無い為に顔は分からないが、可憐なフリルが特徴的で更に華美な装飾が衣服全体にあしらわれた純白で重厚感のあるドレスを身に纏っている。血肉臭い戦場の風が吹き荒ぶ度に、身の丈程度の長さはある純白のレースが幻想的に靡く。
一切の淀みすら無い流麗な銀髪、まるで俺は天界から舞い降りた麗しの女神様ってか?
(何だか、自分の身体とは思えない……この容姿で俺の性格って、何だか申し訳なく思う)
とは言ってもこれが今の俺の容姿である以上、救済の戦女神=フレデリアに転生したのなら時間を掛けてでも受け入れるしかない。……二度も三度も死にたくないしな。
今後の話は後で考えるとして――俺は緋弾の戦女神=オーベルテューレに引導を渡す為に歩を進め始める。周囲を見渡せば、仲間の亡骸が散乱している。それら亡骸は等しく頭部が欠落している……死後間もない亡骸に鴉が群がって血肉を貪る。
敵軍の姿は一切見えない。恐らくこの好機にと防御陣地の再構築を行っているのだろう。
(俺の武器は……短剣か? 貧弱だな。……何かしら仕掛けはあるんだろうが)
著名な工芸家による芸術品と例えても過言ではない華美な装飾が施された短剣が二本、刀身はまるでルビーの様な鮮烈な紅色に煌めきを放っている。
まあ何となく『救済』と言う二つ名の時点で、戦闘タイプの戦女神でない事は薄々察してはいたが……大口径の拳銃を持つ戦闘狂を相手に、これで挑めとは酷な話だ。
だがまあ、今の俺は戦女神である以上、生前の俺と比較すれば勝機は全然あるだろ。
(緋弾の戦女神を捉えた……)
緋弾の戦女神、彼女も俺の姿を捉えた――ほんの一瞬だが俺の姿を視認して訝しむ。
瞬時に彼女の標的が俺に切り替わる。仲間の兵士に向けられていた銃口が、俺に標準を定める。……言葉を交わす暇もなく、彼女は大口径弾を挨拶代わりにとお見舞いしてくる。
これが戦女神の能力……銃弾の軌道を捉えられる。短剣を両手に構える――そして俺は大口径弾を容易く受け流した。何発も何発も、俺は手品の様に器用に受け流す。
だが防戦一方にも限界がある……これでは勝機の僅かな光も掴めない。
(フレデリア、聞こえる?)
俺を転生させた少女の声が脳内に響く。
絶え間ない銃弾の連続に返答する余裕もない。だが無様に犬死にする訳にもいかない。俺は少女の声に応えて、藁にも縋る思いで助けを求める。
(ああ、こ、こりゃ――勝てる気がしないんだが!?)
(前提として戦闘方法が誤っている。貴女の短剣は神具=レーヴァテイン、それは無数の複製が可能で、例えば縦横無尽に標的へと飛翔させる事も出来るの。個々に意思を有していて、所有者に危険が及べば堅牢な防御壁で護ってくれるわ)
(い、いや!? だ、だから、それをどうやるんだよ!?)
(これだから人間の知能は……想像よ、
そう簡単に言うが、先程まで元人間の俺に容易く言わないでくれ。
まあ事実として埒が明かないのは現状、咄嗟に想像する――数十本の短剣で防御壁を形成する姿を思い描く。すると複数の短剣が眼前で重なり六角形を形成、見事に銃弾を防ぐ堅牢な防御壁が出来上がる。
銃弾で貫けないと判断した敵は、俺に接近戦を仕掛ける為に駆け走る姿を捉える。
(無数の複製、縦横無尽に飛翔……なら強力な遠距離武器になり得る)
思考を回転させる。俺の背後に出現した無数の短剣が命令を待ち望み滞空する。俺は標的を指差した瞬間、無数の短剣が空を描く軌道で敵に目掛けて一斉飛翔する。
この短剣の嵐は彼女でも回避は不可能だろ。しかし俺の思考が浅はかだった……緋弾の戦女神=オーベルテューレは急制動で立ち止まる。すると二丁拳銃が淡い光に包まれて、一つの短機関銃へと形を変貌させる。
短機関銃を構える戦女神、何とも可笑しな光景だ。とも思うが、彼女は迫り来る短剣の嵐に標準を定めて撃鉄を鳴らし続ける。無駄弾が一切ない……的確に撃ち落とす。次第に短剣の弾幕は薄れてゆき、落とし切れない残存の短剣が到達すると黒衣で薙払い余裕綽々で攻撃を凌ぎ切る。
(テューレは五十神存在する戦女神の中でも歴戦の強者。戦闘経験は圧倒的、接近戦を挑まれればまず勝利は困難よ)
(そ、それを先に言っとけ!! そんな相手に俺が勝てるか!?)
(まだ距離はある。戦女神は固有の神技を持つ……それを発動するの。でも同一戦場で一度しか使用できない上に、相応の代償が伴うわ)
(勝てれば何でも良い……が、代償を一応聞いといてやる)
(神命を失う。まあ端的に言えば、貴女が人間に輪廻転生する道が遠ざかると言う事)
なんだその程度の事か……何れにしても此処で死ねばより悲惨な結末だろ。
少女の言葉通り距離はまだある。ならば神技とやらを使わせて貰おうか……正直言って不親切、発動方法も分からないが、俺はそれっぽい動作で短剣を天高く翳す。
曇天から無数の短剣が降り注ぐと俺の眼前で地面に突き刺さる。すると短剣一本一本が光に包まれて人型に変化を遂げる。現れたのは中世時代の騎士鎧を纏う麗しい女騎士の騎馬中隊、彼女たちは屈強な白馬に跨がり俺の命令を待っている様子だ。
(それが救済の戦女神=フレデリアの神技――奇跡の軍団=レギオ・ミラクロルム。彼女たちは戦神に匹敵する能力を持つ。ただ対軍神技である以上、敵が一人だと相当効率が悪いけども)
(対軍隊相手の必殺技か……微妙だな)
(でも何もしないより全然マシ。テューレが神技を発動する前に片を付けて)
簡単に言ってくれるな……眼前の一人の女騎士が俺に跪き命令を欲している。
多数の女騎士の中でも、明らかに騎士鎧に特徴がある。華美な装飾品、精巧な鎧細工――恐らく騎士団では隊長格を務めているに違いない。
「フレデリア皇女殿下、我ら
「えっ……あ、ああ。――我が命に従いし誇り高き騎士よ。眼前の敵を打ち砕きなさい」
さすがにおっさん口調では場の雰囲気が壊れる……思い付く限りの皇女口調で命を下す。
俺の言葉に笑みを浮かべる隊長格の女騎士、彼女は天に剣を突き翳す。そして騎馬部隊に下命すると屈強な白馬が一斉に駆け出した。何だか自分が物凄い人物と勘違いしてしまう。
その騎士中隊が迫り来る光景にオーベルテューレが抗戦を開始する。構えた二丁拳銃で何発も何発も撃鉄を響かせる。だが彼女たちは臆せず怯まない。少女の言葉通り女騎士の戦闘技術は目を見張るものであり、大口径弾をいとも簡単に受け流し続ける。銃弾で進撃を食い止める事は不可能だ。
この光景を眺めていて、俺は勝利の予感を心に抱く。
(か、勝てるんじゃ無いのか!? 俺って強いのか?)
(慢心は身を滅ぼすわ。そんな事言ってるから案の定の展開じゃない……テューレも神技を発動するわ)
(ですよね。まあ俺が使うのなら、向こうも使うわな)
敵は神技の発動を一瞬躊躇する様な表情を浮かべた様子に見えたが……曇天に向けて一発の銃弾を放つ。
その瞬間、曇天に漂う雲影が切り裂かれる様に割れて、巨大な魔法陣が現れる。
突如として魔法陣から具現する幾何学的な正二十面体の物体、何処か軍事兵器に見えるその巨大な物体は、宙を漂い続けている。
表面構造は複雑で、一面一面が宝石の様な輝きを放っている。
周囲を飛行する友軍の護衛戦闘機が機銃掃射を行う。だが物の見事に銃弾は一切の効果を与えられず、次の瞬間、物体の体面から多数の光線が放たれる。光線は急旋回を行い回避運動を取る護衛戦闘機を追尾し、無情にも全機撃墜される。
(あれがテューレの神技、対軍神技=アレキサンダーよ)
(おいおい……雲泥の差過ぎないか!? あんなのに勝てるのか)
(神のみぞ知る展開だね)
(いや君、腐っても女神様なんだろ!? 助けてくれ)
(はぁ……まあ念の為そちらに向かうわ。そもそも一つの戦場に複数の戦女神が介在するのは戦史に影響を及ぼし易いから避けたいのだけど。でも確かに初戦がテューレ相手と言うのも可愛そうね。主神に許可を貰うから耐えてて)
(御託は良いから急ぎで頼むっ!)
最初からそう思っているなら一緒に戦ってくれよと、不親切極まりないな。
「全隊、天を駆けろ!! 敵の急所は中央の核心だ。それを破壊すれば良い!!」
「はっ! フレシア騎士団長っ!!」
騎士団長の下命により騎士団員たちの屈強な白馬が宙を駆け巡る。
何とも非現実的な光景だな。いや何れ慣れるのかも知れんが……騎士団は尚も接近を続けるが、次第に敵の猛攻に団員の総数は目減りし続ける。
彼女らに焦燥感が漂い始める……懐に潜れる隙が全く存在しない。
「フレシア騎士団長、接近できませんっ!!」
「仕方ない……私が単騎突撃する。援護をお願い」
フレシア騎士団長は単騎特攻を決意する。
弓騎士が矢を射って光線を弾き返し、攻撃が手薄になった箇所を狙い懐に潜り込む。
鬼神の如き気迫で単騎特攻を決行する騎士団長、敵物体の
だが同時に、彼女は複数の致命傷を負って息も絶え絶えの状態だ。
「フ、フレデリア皇女殿下……後は、お任せ申し上げ――」
彼女は俺にそう言い残すと奇跡の軍団=レギオ・ミラクロルムと共に泡沫に消え去る。
同時にアレキサンダーも核心を破壊された影響で物体の崩壊が始まり虚空に消え去る。
戦況は再び一対一の状況に戻る。しかし先程と決定的に違うのは、俺も敵も神技の発動によって相当の神力と体力を消費し、お互いに継戦能力を失っている。
それでも彼女の瞳には尚も闘志の炎は消え去っていない。だが俺も俺で、転生した直後にむざむざと殺される訳にいかない……両手の短剣を強く握り締める。
次は俺から攻撃を仕掛けてやる。少女の忠告を無視するが……接近戦闘だ。遠距離戦闘は力が拮抗して埒が明かない
俺は神器=レーヴァテインを再び無数複製し、標的を彼女に定めて一斉飛翔させる。その攻撃の隙に乗じて、俺は一気呵成に駆け走り距離を詰める。
「さっき殺された恨みを晴らしてやる!! 軍人を舐めるんじゃねぇぞっ!」
接近を続ける俺に大口径弾を浴びせる戦女神、最後の力を振り絞り銃弾を防ぎ切ると、奇跡的に接近戦の距離にまで詰め寄る。
俺は短剣で敵の胸部を狙い突刺攻撃を仕掛ける。だが寸の所で敵の銃弾が手に握る短剣を吹き飛ばした……だが甘い。瞬時に複製し短剣を握り直す。
しかし単調な攻撃過ぎたのか、無情にも剣先を見切られてしまい難なく回避される。
なら次の手だ――俺はそのまま敵との距離を開ける。瞬時に無数の短剣を複製し、敵を覆い囲む様に全方位に短剣を配置する。俺は対象を短剣で突き翳して、一斉攻撃の号令を取る。
「これで終わりだっ!!」
これで回避は不可能だ……どう対処する戦女神様よ?
だが俺の浅知恵で歴戦の戦女神を殺せる筈もない。彼女は黒衣を翻して身体を完全に覆うと、黒衣が鉄壁の如く硬化し防護壁が形成される。無情にも短剣は一本も防護壁を貫けずに地面へと落下する。
俺の渾身の一撃を耐え抜いた敵は、すかさず大口径弾を俺にお見舞いしてくる。
その初弾は辛うじて受け流せたが、二発目が肩部の肉を激しく抉る……さすが大口径弾の威力だ。貫いた銃弾が肩部とその周辺の肉ごと吹き飛ばす。……銃創から滴る鮮血が、纏う純白のドレスを紅色に染め上げる。
神様だってのに……身体の基本構造が何ら人間と変わらないって欠陥過ぎるだろ。
おまけにクソ痛い。しっかりと痛覚も存在する。……この激痛が脳神経に到達し警告信号を発している。
「まだ片腕がある……が、くそっ!! いてぇ……」
「まだやる気? 前任のフレデリアも往生際が悪かったよ」
「御託を並べるのは……はぁ、俺に殺されてからにしろってんだ!!」
「珍しいね。器に注がれたのが男性の魂だなんて、興味深いよ」
脳裏に過る完全敗北、虚勢は張れども自分でも悟っている。勝敗は決したと。
だが軍人の意地の問題だ。俺は三度短剣を無数複製し、敵に向けて短剣の嵐を浴びせると、同時に片腕で短剣を握り締めて突刺攻撃に再挑戦する。しかし何度も同様の攻撃が通用する訳がない……拳銃が短機関銃に再び形を変えて、短剣を的確に撃ち落とし続ける。
だが今回は明確な隙が敵に生まれている。接近を続けて、突刺攻撃を――。
「フレデリア、止まりなさい」
「――!?」
突然に声が俺の脳内に響き渡ると、咄嗟に急制動をかけてその場に立ち止まる。
次の瞬間、寸の距離で落雷が発生する。そして俺を転生させた当の少女が姿を現した。先程の言葉通り救援の為に駆け付けてくれたのか。
「貴女、私が現れないと死ぬところだったわよ」
俺は敵に視線を向けると、既に銃口が俺の頭部に標準を定めていた。
余りにも必死になり過ぎて、戦況を完全に見失っていたのだ……我ながら致命的だ。
「何百年振りかしら? 緋弾の戦女神=オーベルテューレ」
「……ちっ。雷槌の戦女神=リフレインか。何故、お前が現れる」
「久々の再会を喜び合いましょ? 毎日転生業務ばかり……事務仕事に飽きたのよ」
「ほ、本当に助かった。マジで死ぬところだったぞ!?」
「ふふっ、それは困るわね。戦女神の死亡最速記録が塗り替えられていたわ」
今、少女の名前を俺は知る。
明らかにオーベルテューレの表情が陰り緊張感を抱いている。彼女すら畏怖する存在であるのなら、それ程にリフレインの戦闘能力は絶対的なのだろう。
でなければ困るしな。もう俺に戦闘を続ける体力も気力も残されていない――。
「テューレどうする? 私的には今、貴女を殺した方が好都合なのだけれども」
「……殺すのなら既に有無を言わせず殺している。それを私に問うと言う事は、慈悲か?」
「さぁね。でも面倒なのよ。貴女が死んで、新たな魂の選定と教育がね。だから主審の審判を受けるのなら生かしてあげる。私も主審に恩情をと、進言してあげるわ」
「そうか……分かった。死せば成せるべき事も成せない」
「お利口さんは大好きよ。五十神に復帰出来る様にも善処するわ」
(お、おい、リフレイン! それで良いのか!?)
(だってお利口さんだもの。反抗すれば殺すつもりだったけども……彼女は五十神の中でも原初の存在……最強格の一神よ。彼女を生かせておけば、仕事の手間も増えないし)
だからと言って、俺は俺で納得出来ないんだが……殺戮者を許せと?
……いや俺が意固地なのか。感情論を抜けばリフレインの言葉は恐らく合理的だ。殺された仲間も軍人である以上、死は覚悟していた筈だ。復習を果たして彼らが生き返る訳でもない。
なら今一度冷静になって、仮にも恩人である彼女の言葉に従うのが礼儀だろう。
「この戦場から立ち去る。現状の被害程度なら戦史通りに大戦は終結するわ」
確かに俺の復習は泡沫に消えたが……本題の主力本隊の損耗具合は軽微、多少ながら侵攻作戦に遅延は発生すれども、結末に大きな変化はないだろう。
結果的に俺が望んだ終戦の未来が訪れる……ならオーペルテューレを許す心も大切か。
彼らの名誉ある軍人としての死に敬意を払う。それが今の俺に出来る最大限の手向けだ。
「さあ、フレデリア。テューレも。ほら天界に帰るわよ」
リフレインが言葉を発した瞬間、俺の視界は心地良い極光に包まれて意識を消失する。
俺の今後はどうなるのだろうか……人間に輪廻転生を望むなら、恐らく今回の様な苦難の連続が待ち受けているのだろう。
それでも今は姿違えど元軍人だ――なら与えられた任務は必ずやり遂げてみせるさ。
名誉ある戦死を遂げた俺が救済の戦女神に転生だって!? ~数多の戦場を駆け巡る戦女神になって、必ず俺を殺した戦女神をぶん殴ってやる~ 雪広ゆう @harvest7941
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