死んでる……、死んでる……

明鏡止水

第1話

学校から帰ってくると、家族が死んでいた。

全員だ。

妹も、障がい者の弟も、両親も血だらけだった。


「死んでる……」


つぶやく。


「……死んでる……」


私の家族が。


父は真面目な人だったけれど、地方へと都会から転勤になって馴染めずに、私が中学生の時に失踪した。

母は最初こそどうしたら良いかと取り乱したが、すぐに気丈に振る舞い、元からキツイ性格がったので看護師の仕事を父の転勤先で見つけた。都会のそれよりずっとお給料は安くて夜勤もあり、その晩はいつも鍋に作ってあるカレーを白いご飯に盛り、電子レンジでチンして食べた。

母は荒んでいって、すいとんしか作らなくなっていった。


妹は新しい学校で馴染めず、障がい者の弟は上級生に噛みちぎった汚れたパンを持たされて帰ってきたり、教室で耳元で大声で叫ばれたりしていたらしい。


私は説明会を経て、行きたい高校を選び見事に合格したが、毎日片道二時間通学しなければならず、また都会からきた割にはオシャレなものを持っていない、という理由で田舎者よりもずっと都会の者の地位はなぜか低かった。


ある日、父が帰ってきた。


「やっぱり父さんには都会が合ってる。多くはないが貯金もあるぞ」


帰りたいー、ねえー、パパー。

だめよ、仕事を辞めるわけにはいかないわ。

郷に行っては郷に従え、もう少し辛抱して東京の学校に進学しなさい。

おとうさん、ぼく、うれしいです。

ねえ、お父さん、私の高校女子テニス部全然やる気ないんだけど先輩だけは怖いの。田舎だよね。


家族の団欒は不穏なようで、まとまりがあった。


帰ってきた。「家族」の「家庭」が帰ってきた!


ある5月の暑い日。

家に帰ると、むあっと、鉄錆と、自分の生理の時のナプキンの蒸れたような臭いが玄関から押し寄せた。


玄関の少し奥、短い靴下を履いた半袖半ズボンの妹が仰向けで血だらけで倒れている。


「×××」


名前をつぶやく。


ピクリともしない。

床は綺麗だった。

少し進んだ和室の入り口で弟が横向きに目を開いて倒れていた。


名前を呼ぶ。呼んでもしょうがないと思った。

妹より真っ赤で赤黒かった。


和室を通り過ぎて居間に行こうとすると、うつ伏せで背中をざっくりとされた父が、妹と弟の方へ、這っていたような形で、事切れていた。


「おとうさん」


居間でしばらく、じっとする。


なんでみんな死んでるんだろう。


まだ。


まだ、死なせた人がいるんじゃないの。


家を出ようと思い振り返ったら、その振り返りざま、居間の向こうの台所の、東京から持ってきた値の張る冷蔵庫が視界に映った。

母が、冷蔵庫にもたれるようにして、胸に刃物を突き立てられて、座るように、絶命していた。


「おかあ、さん?」


突き刺さったそれが抜かなければいけないものなのか。はやく、ここから出たほうがいいのか。


「死んでる……」


つぶやく。


「死んでる……ッ!」


犯人とか、殺人犯とか、凶器とか、助けとか、この田舎に、田舎でどうすればいいのか。なにも浮かばなかった。


みんなを置いて外に出たら、一気に呼吸の仕方がわからなくなって、携帯電話を開いて119番を押して待った。


「はい、警察です」


110番を無意識に押していた。


「死んでる……」

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死んでる……、死んでる…… 明鏡止水 @miuraharuma30

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